可愛すぎてつらい

羽鳥むぅ

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第一章

7.まるで別人のよう

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 瞼の裏に明るさを感じると、じわじわと意識が浮上しだす。しかし身体があまりにも怠くて、手首から先を動かすのが精いっぱいだった。こんなに寝起きが悪いことはあまりないのに不思議だ。どうも全身が重くて仕方がない。

 ゆっくりと瞬きをしながら覚醒を促す。いつもの寝室のベッドだが、チェルシーはいつも端っこで寝ているのに今朝はど真ん中にいた。寝相は悪くない方なのにここまで移動してしまったのだろうか?

 窓から差し込む陽はいつもより高い。寝過ごしてしまったのだろうかと、焦りつつも本日の予定を頭の中で思い出してみるが特に重要な予定はなかったから、あと少し頭が動くまでこのままでいよう。とにかく身体を動かしづらい……というのも初めて乗馬をしたときのような、普段使わない筋肉が悲鳴を上げているからだ。——原因は分かっている。

 再び目を閉じて浮かぶのは、眉根を寄せて少しだけ苦しそうなフレッドの表情。

 いつもの淡白であっさりとした行為とは真逆だった。そっくりな別人だと言われたほうが納得できるほどに。

 フレッドはいつも清潔感に溢れているし、必要以上にチェルシーにキスをしたり触ったりはしないから、潔癖なのかと思っていた。それが昨晩はどうだ。何度も何度も食べられるような口付けをされたし、チェルシーの全身をあますことなく味わっていた。

(でも……、ちっとも嫌じゃなかった……)

 体温を感じさせないような男なのに、その掌も、舌も、すべて熱くて。双丘の先端は弄られ過ぎてヒリヒリしてしまっていたから、
「お胸の……先っぽ、取れちゃいます……」
と、フレッドになんとか訴えれば慌てて口を離してくれた。その慌てっぷりを思い出すと、クスリと笑みが零れる。

 赤子のように乳房に顔を埋めているフレッドを見下ろすと、なぜか胸がキュンと高鳴った。それは刺激によるものなのかどうか、チェルシーに判断はできなかった。けれど今は刺激を受けていないのに、その光景を思い出すだけで胸が締め付けられるから、どうやら彼に対して思っていたらしい。

(だって赤ちゃんみたいで可愛らしかったもの)

 正直、可愛いのはチェルシーではなくてフレッドではないだろうか。『つらい』かどうかは今一つ分からないけれど。しかしどうやって説明をしていいか分からないから、誰にも同意を得ることはできないが……。

 そんな可愛らしい様子のフレッドなのに、次に足の付け根に移動しては、あわいを押し広げて猫がミルクを飲むように懸命に舌を這わせるのだ。胸への刺激に甘い声を上げ続けるチェルシーは息も絶え絶えで拒否をすることができなかったし、柔らかい湿ったものが秘裂を分け入ってから初めて、舌で愛撫されていると気付いたくらいだ。

 今までそんなふうにされたことがなかったから、チェルシーは狼狽えた。湯あみをしたとはいえ、キレイな場所とは言い難い。いつもは指で解されるだけなのに。
 指だといつも痛く感じてしまう花芽への刺激も、柔らかな舌で舐られるとあんなに気持ちいいなんて……。

「ひゃああ……」
そのことを思い出し、チェルシーは情けない声と共に軋む腕を動かして顔を両手で覆った。他には誰もいないけれど、羞恥でどうにかなってしまいそうだ。

(あ、あんなことまで……)

 それから舌の表面で擦られたり、吸われるとはしたない水音が響いていた。以前も指で解されるときに僅かながら滑りを感じていたので、そこは刺激を受けると蜜が出てくるのは知っていたが、あんなにビチャビチャとシーツが冷たく感じるほどに濡れてしまったのは初めてだった。

「も、もしかして……」

 ——今になって思えば、粗相をしてしまっていたのかもしれない!
 フレッドがいないから確かめようもないのだが。しかし二人の関係を思えば、それを尋ねるのは難易度が高すぎる。そうでないことを祈っておこう。
 それにしてもあんなに高みから落とされるような快感は初めてだった。過ぎたる浮遊感に、できることならばもう一度感じてみたいと思うけれど、それだってフレッドに言うのなんてあり得ない。
 もう一度舌で愛して欲しいなんて……。たとえ男女の情交に詳しくないチェルシーとて、途轍もなく恥ずかしいことだと分かる。

 いつもより熱く硬度を増したフレッド自身を埋められたときには、快感が背筋をゾクゾクと走って、チェルシーこそ猫になってしまったかのように高い声で啼いた。今までは痛みすら覚えていたのに、ただひたすらに気持ちいいだけだった。

 いつものように規則正しい律動ではなく緩急をつけてひたすらに揺さぶられ、しばらくすると楔を引き抜かれて指や舌がまた全身を這い、また打ち込まれる。そこからはあまり記憶がない。

「ハァ……」

 覚えている部分を思い出すだけでも下腹部が熱くなり、無意識に手を茂みにのばして気が付いた。

「私……裸だわ!」

 一気に現実に引き戻された。夜着を着た記憶はないから、裸のまま寝てしまったのだろうか。
 散々痴態を晒したあとだというのに、とても恥ずかしくなった。いつもは身体を合わせても意識がはっきりしていたから、身なりを整えてから就寝していた。こんなふうに寝落ちることなんて無かったというのに。


 そういえばフレッドはどうしたのだろう。回想を終えて、部屋にチェルシー以外の気配はないことに漸く気付いた。重い身体をなんとか起すと、ハラリとシーツがはだけて胸元が露わになる。やっぱり裸だった。

 這う這うの体でベッドから降りて夜着を手に取ろうとしたら、液体が太腿を伝う感触が。月のものかと思ったが赤ではなくて。けれどいつもよりやけに量が多くて止まらないから、使用人に心で謝罪しつつシーツで押さえて、部屋に付いている手洗い場へと急いだ。月のものと同じように、当て布で保護してから漸く人心地がついたのだった。

「あら?虫かしら……?」

 手を洗っていると洗面所の鏡に映った上半身、胸元にポツリポツリと赤い斑点を見つけた。昨晩湯あみをしたときはなかったと思うし、こんなに目立つ赤、気付かないわけがない。無口な彼は気付いても、わざわざ口に出さなかったのかもしれない。

 いつからあったか分からないが虫刺されの痕がある肌をあんなに舐めたくるなんて、フレッドの潔癖説はいよいよ怪しくなってきた。

 特に痒みもないが、あまり治らなかったらマリーに言って軟膏を出してもらおう。

「あっ!いけない!何時だったかしら?」

 湿らせたタオルで身体を軽く拭きとり、寝室に慌てて戻る。昨晩の残滓の処置で時間を確認するのを、すっかり忘れていたのだ。
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