記憶がありませんが、身体が覚えているのでなんとかなりそうです

羽鳥むぅ

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34.既視感のある二人

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 目を開けると、いつもの天蓋が見えた。今はもう慣れたエリックとの夫婦の寝室だ。瞬きを数回してから一度目を閉じる。

 えっと、今って朝? いつもの起きる時間だっけ? それにしては違和感があるような……。何時か確認してみようと、手をついてモソモソと起き上がる。
 
「ラリア!」

「わっ!」
 身体を起こした瞬間、急に抱き着かれてシーツに逆戻りした。フワフワと鼻先をくすぐる感触はケイシ―の髪の毛だ。
「ケイシー? え? どうしたの?」
「ラリア……ごめんね! 僕のせいで苦しい思いをさせて……。お断りの手紙を王子様に渡さなかったのは、考え直して欲しかったからだけど、ラリアに辛い思いさせたかったわけじゃないんだよ! 記憶が曖昧なことに気付いてたのに知らないフリして、こっそり連れていこうとした僕を許して!」
「え、えっと、ちょっと状況が理解できなくて……」
「ラリアとずっと一緒にいたかっただけなんだよぉ……」
 震える背中を撫でさすると、ギュッと抱きしめる力が強くなった。困惑しながらも辺りを見渡せば、ケイシーの背後にドス黒いオーラを纏ったエリックがいた。そこでふと思い出す。そうだ、お茶会の最中に意識が遠くなったんだ。倒れてから随分と長い夢を見ていた気がするが、どれくらい経ったのだろうか?
「そっか、お茶会で倒れちゃったのね。なんだか頭がまだぼんやりしているんだけど、もしかして長く眠ってた?」
「いや、あれからすぐ屋敷に戻ってきて、二時間ほどくらいか。それより、おい、いい加減離れろ。ここにだって本当は入れたくなかったんだからな」
「ぐぇっ! 苦しい! 服を引っ張るなって!」
 猫のように首根っこを掴まれたケイシーが私から離される。ギャンギャンとエリックに抗議しているが、彼は気にも留めずに水をコップに注いで差し出してくれた。一口飲むと、漸く頭が回り始めた。驚いた表情の殿下が脳裏に映る。

「あの場は大丈夫だった? 殿下にも驚かせてしまって申し訳ないわ」
「ラリアは何も気にしなくていい。ちゃんと話は付けてきたから。安心してゆっくり過ごしてくれ」
 エリックの掌が白く光り、ふわりと暖かな風が身体を掠める。怪我をしてから毎日行われている健康チェックである。大きく頷いているから問題はないのだろう。
「ねぇ、そんな高度な魔術、王家の健康状態を確認するくらいでしか……ってエリックの魔力じゃ関係ないか。まぁ、ラリアの健康に繋がるからいいけど」
 私だってケイシーのように初めは引いた。けれど人は慣れる生き物だ。それが毎日であればなおさら。
「ビックリよね。でもエリックがそれで安心できるみたいだから」
「なるほどねー。だったらこれからこの魔術使う人がいなくなっちゃうから、僕はここに残ってあげようか? 僕もできなくはないよ。」

「え……?」
 
 使う人がいなくなる? ケイシーの言い方だと、エリックがいなくなってしまうように聞こえる。エリックを見上げればフッと目元を緩め、ベッドに腰を下ろして私の頭を優しく撫でた。
「そんなに不安そうな顔をしないでくれ。けれどこれが最善の方法なんだ」
「ということはもしかしてエリックが私の代わりに……殿下についていくの?」
「ああ。優秀な魔術師をお望みのようだから、俺ならばその役を十分務めることができる。殿下は我が伯爵家の業務を心配されているが、不在の間でラリアに判断できないことがあれば、母と遊び歩いているだけの父が代わってくれることになった。元々魔術師として長期の任務がある場合はその約束だったんだ。二つ返事で了承してくれたよ」
「そんな、エリックと会えなくなるの……?」
「ッラリア! 心配しなくても、転移魔術で毎晩帰ってくるから気にしないで欲しい。こんなこともあろうかとササルタに留学していた時から、情報を集めて研究してきたんだ。万が一のために転移の拠点も確保してある」
 
「えっ? 毎晩? 海を渡るんだよ?」

 転移は魔術師にとって必須ではあるが、それは罠が仕掛けられた建物だったり敵に囲まれた時に抜け出すのに使うのが殆どで、移動手段でも使えなくはないが魔力の消耗が激しいため普段使いには向いていない。
「寧ろ海には障害物がないから魔力の消費もそれほどじゃない。昼間に会えなくなるのは辛いが……」
 抱きしめてきたエリックの肩越しに、呆れた顔のケイシ―と目が合った。肩をすくめる仕草に苦笑いで返す。
「ラリアがいないのに魔力暴走されても困るしさぁ。あと普通に『ラリアラリア』うるさいし、うっとおしいから。こんなの夜会うくらいで、ちょうどいいでしょ?」
「まだいたのか。お前がメソメソしながら洗いざらい話して、ラリアに謝りたいというから許可しただけだ。もう用が済んだなら帰れ」
「もう! そんな言い方しちゃだめよ」
「ラリア~。エリックってばほんと酷いよね。僕がササルタでこき使ってあげるからね」
 エリックのあまりの言い様に口を出せば、ケイシーは私の足元に頭を預けた。猫のような仕草が愛らしくて、柔らかい髪を撫で梳いた。言葉は辛辣だけれど。
「って、ケイシーもササルタに行くの? 帰っちゃうってこと?」
「たまには実家に顔を出すよ。心配しないで。終わったらここに戻ってくるから」
「戻ってこなくていい。お前の家は栄えているから忙しいだろう。人手が足りてないのではないか?」
 エリックの言葉にフンッと鼻を鳴らして顔を背けるケイシー。二人のやりとりは多分近くで何度も見てきたのか、見覚えがありすぎる。その時も今みたいに、苦笑いをしながらなだめていたはずだ。
 
「……ああ、そういえば、ラリアは僕との出会ってからを忘れちゃってるみたいだから、余計にエリックとの仲を誤解してたんだよね。蹴落としてやりたい気持ちはあれど、微塵も恋愛感情はないから心配しないで。もちろんラリアなら大歓迎だけど」
 ケイシーはおどけた調子で綺麗なウインクをした。不安な気持ちが表情に出てしまっていたのを察してくれたらしい。
「ラリアがお前をやたらと気に掛けているから俺も静観しているだけで、いつでも排除できる、ということを念頭に置いてもらおうか」
 確かに彼らの関係に不安を抱いたのは事実。しかし目の前で険悪になる二人は演技しているようにも思えないし、既視感がある。とても。
「二人を信じてないわけじゃないの。でもあまりにも仲がいいから不安になるわ」
「エリックに呼び出されてたの見たんだよね。あれからラリアの様子がおかしかったもん。あの時はさ、ササルタ行きの件でラリアと手紙でやり取りしていたのがエリックにバレて問い詰めてきただけだよ。見つめ合っていたんじゃなくて、睨み合ってたの」
「そうなんだ……」

「今言っても仕方のないことだが、不安なことがあれば俺に聞いてくれればいいものを。これからは遠慮なんてしないでくれ」
「エリックがラリアしか見えていないのなんて、全員が知ってることだから。ほんとーーに、心配しなくていいよ。でもそんなにラリアが不安なら僕はここに残ろっか? 優秀な魔術師様は王子様の御供をしなきゃ駄目だし」
「馬鹿を言え。ラリアの近くでお前を野放しになんてできるか」
「あーあ、これだからムッツリスケベは困る。僕はエリックみたいに野獣じゃないからね。すぐにそういうことに結び付けるの止めてくれない? 僕とは清らかな友情、ううん、それ以上の家族同然の関係だから」
「家族は俺だ! ……もういいから、窓から放り出されたくなければ、さっさと帰れ!」

 まだ全てを思い出せたわけではないし、相変わらず私の記憶の大筋は十六歳で留まっているけど、再び言い合いを始めた二人を見ていれば、いつか思い出せる気がした。
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