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24.三人の関係
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あれから約束していたとおり、エリックはケイシ―との買い物中に迎えにきてくれた。アイヴァン様と別れて、それほど経っていなかったのでケイシーは不満の声を上げた。
「ちょっと、早すぎない? 余裕がない男は嫌われるよ」
「もう十分だろう。さぁラリア、帰ろう」
嫌味を投げかけられても我関せずで私の手を引いたエリックだったが、
「だって邪魔が入ったんだもん! まだ満足にお店を周れてないんだから」
と、いうケイシーの言葉に足をピタリと止めたので、思いっきり背中にぶつかってしまった。
「わっぷ! ……急に止まらないでよ!」
鼻を押さえながら抗議の声を上げたと同時に、肩がガッシリと掴まれる。
「邪魔……? 一体何があったんだ……? 包み隠さず、全部話してくれ。ケイシーもだ」
一度己の肩を見てから、目の前のエリックへと視線を移して「ひぇっ」と、小さく悲鳴をあげてしまった私は悪くない。ケイシーも小さく「ごめん……ラリア」と呟いていた。大丈夫、招待状を貰った時点で、エリックへの報告は逃れられないのだから。寧ろ言い出すきっかけができてよかったと思うとしよう。
* * *
「クソッ!」
病気や体調不良などでまともに食事が取れなかったり偏りすぎた食生活を改善するために、様々な薬草の有効成分をギュギュッと濃縮した、栄養のたーっぷり詰まった魔法薬がある。ただしそれは途轍もなく苦く、気付けや眠気覚ましにも使われるほどだ。たまに罰ゲームなどにも……。
「……何度思い出しても忌々しい!」
エリックはそれを口いっぱいに含んだような顔をして悪態をついている。かれこれ何回目になるのかはもう分からない。
アイヴァン様に話しかけられて、お茶会に誘われた旨を説明をすると、エリックは顔を歪めて盛大に苦々しい表情をした。聞けば、彼のことは妹さんの件や、第二王子殿下の側近という立場も含めて知っていたらしい。
「俺がいないときを狙うとは卑怯な奴め……!」
「狙っただなんて……それにこんな往来では目立つよ! 抑えて!」
魔力が漏れてしまっているから、纏う空気がチリチリとひりつく。道行く人が避けているのが見え、慌てて手を取って窘めるように撫でれば、エリックは不承不承ながらも頷いた。
「……分かった。しかし今朝、魔導具を渡しただろう? あれに呼びかけるなり念じるなりしてくれれば、すぐに駆け付けられたのに」
「咄嗟だったからそこまで考えられなかったのよ。ごめんね」
ジトっとした不満げな言い方に、今までならば「しょうがないじゃない!」と強く反発していた。けれど大切にされていると実感した(させられた?)この数日のおかげで、素直になることができた。少し照れくさいけれど。
「確かにそれに関しては俺の認識が甘かった。改良が必要だな……ああ、そうか。ラリアが意識せずとも鼓動や体温の変化で気付けるようにすればいいのか」
ブツブツと物騒なことを呟いているが、殺気は抑えられたようでホッと胸を撫で下ろす。十六歳のエリックにもこうして素直になっていれば、もしかしたら意地を張り合わずにすんでいたのかもしれない。今更だけれど。
「うわぁ……そうやって新作の魔導具が発明されるってわけ?」
「なんだ、まだいたのか」
「ひどい!」
憤慨するケイシーに対してもエリックは通常運転で気に留めないから、苦笑して止めに入ろうとしたのだが。
「ん?」
不意に既視感を覚えた。私を挟んで交わされる言い争いをこうして間に入ったことがあった気がする。確かにエリックと私はよく一緒にいることが多いし、ケイシーも貴重な友人だからこの三人で行動することもあったはずだ。
「ラリア?」
「どうかした?」
動きを止めてこちらを窺う二人は美男美女でとてもお似合いに見える。冷たい印象はあるものの眉目秀麗なエリックと、ふんわりと柔らで可愛いケイシーは補い合っているようで。それに彼がここまで誰かを認識しているのも珍しい。エリックへの思いを自覚した今、小さい針で刺されたかのように胸が痛んだ。
「エリックって私以外と話しているのをあまり見たことなかったけど、ケイシーと仲がいいんだな、と思って……」
「「はぁ??」」
示し合わせたかのように重なった二人の声に我に返った。
「あ……」
なんて嫌な女なんだろうと自己嫌悪。でも恋愛経験なんて皆無だから、この気持ちをどうしたらいいのか分からない。いつもの『私』なら、何度も見てきただろうこのシチュエーションにどうやって返していたのか。こうやって胸を痛めていたのだろうか。
「えーっと……ごめん、なんか変なこと言っちゃって。気にしないで! さっ、とりあえず移動しよ? ね」
クルリと踵を返して足を踏みだろうとしたとこで、慌てた様子のエリックに手首を掴まれた。反対側にはケイシーが腕を絡ませる。
「ちょっと待て。俺もついていくから。どこに行きたいんだ?」
「いいじゃないの、エリックは家でもずっとラリアと一緒にいられるんだから、もう帰ったら? ちゃんと送り届けるからさ」
「それとこれとは関係ないだろう。寧ろお前が帰ればいい」
「関係なくもないと思うけど……まぁ、いいや。ねぇ、ラリア、次に行きたかったのはね……」
「おい、無視をするな」
私を挟んで言い争いをしている二人。やはり覚えがあるようで、でも靄が掛かったかのように定かではない。『私』はどうやって二人と関わっていたの?
――ああ、あの時、なんで無理矢理目覚めるようなことをしちゃったんだろう。なんて、もう何度もしてきた後悔が、また頭を過る。
「ラリア? どうかしたか?」
「ううん、何でもない」
気遣うようなエリックの声に、慌てて首を横に振った。これ以上心配をかけさせたくはない。 いくら鈍感な私でも、二人からそれぞれ大切に思われていることくらい分かる。だからこそいつもに増して、記憶がないのがもどかしかった。
「ちょっと、早すぎない? 余裕がない男は嫌われるよ」
「もう十分だろう。さぁラリア、帰ろう」
嫌味を投げかけられても我関せずで私の手を引いたエリックだったが、
「だって邪魔が入ったんだもん! まだ満足にお店を周れてないんだから」
と、いうケイシーの言葉に足をピタリと止めたので、思いっきり背中にぶつかってしまった。
「わっぷ! ……急に止まらないでよ!」
鼻を押さえながら抗議の声を上げたと同時に、肩がガッシリと掴まれる。
「邪魔……? 一体何があったんだ……? 包み隠さず、全部話してくれ。ケイシーもだ」
一度己の肩を見てから、目の前のエリックへと視線を移して「ひぇっ」と、小さく悲鳴をあげてしまった私は悪くない。ケイシーも小さく「ごめん……ラリア」と呟いていた。大丈夫、招待状を貰った時点で、エリックへの報告は逃れられないのだから。寧ろ言い出すきっかけができてよかったと思うとしよう。
* * *
「クソッ!」
病気や体調不良などでまともに食事が取れなかったり偏りすぎた食生活を改善するために、様々な薬草の有効成分をギュギュッと濃縮した、栄養のたーっぷり詰まった魔法薬がある。ただしそれは途轍もなく苦く、気付けや眠気覚ましにも使われるほどだ。たまに罰ゲームなどにも……。
「……何度思い出しても忌々しい!」
エリックはそれを口いっぱいに含んだような顔をして悪態をついている。かれこれ何回目になるのかはもう分からない。
アイヴァン様に話しかけられて、お茶会に誘われた旨を説明をすると、エリックは顔を歪めて盛大に苦々しい表情をした。聞けば、彼のことは妹さんの件や、第二王子殿下の側近という立場も含めて知っていたらしい。
「俺がいないときを狙うとは卑怯な奴め……!」
「狙っただなんて……それにこんな往来では目立つよ! 抑えて!」
魔力が漏れてしまっているから、纏う空気がチリチリとひりつく。道行く人が避けているのが見え、慌てて手を取って窘めるように撫でれば、エリックは不承不承ながらも頷いた。
「……分かった。しかし今朝、魔導具を渡しただろう? あれに呼びかけるなり念じるなりしてくれれば、すぐに駆け付けられたのに」
「咄嗟だったからそこまで考えられなかったのよ。ごめんね」
ジトっとした不満げな言い方に、今までならば「しょうがないじゃない!」と強く反発していた。けれど大切にされていると実感した(させられた?)この数日のおかげで、素直になることができた。少し照れくさいけれど。
「確かにそれに関しては俺の認識が甘かった。改良が必要だな……ああ、そうか。ラリアが意識せずとも鼓動や体温の変化で気付けるようにすればいいのか」
ブツブツと物騒なことを呟いているが、殺気は抑えられたようでホッと胸を撫で下ろす。十六歳のエリックにもこうして素直になっていれば、もしかしたら意地を張り合わずにすんでいたのかもしれない。今更だけれど。
「うわぁ……そうやって新作の魔導具が発明されるってわけ?」
「なんだ、まだいたのか」
「ひどい!」
憤慨するケイシーに対してもエリックは通常運転で気に留めないから、苦笑して止めに入ろうとしたのだが。
「ん?」
不意に既視感を覚えた。私を挟んで交わされる言い争いをこうして間に入ったことがあった気がする。確かにエリックと私はよく一緒にいることが多いし、ケイシーも貴重な友人だからこの三人で行動することもあったはずだ。
「ラリア?」
「どうかした?」
動きを止めてこちらを窺う二人は美男美女でとてもお似合いに見える。冷たい印象はあるものの眉目秀麗なエリックと、ふんわりと柔らで可愛いケイシーは補い合っているようで。それに彼がここまで誰かを認識しているのも珍しい。エリックへの思いを自覚した今、小さい針で刺されたかのように胸が痛んだ。
「エリックって私以外と話しているのをあまり見たことなかったけど、ケイシーと仲がいいんだな、と思って……」
「「はぁ??」」
示し合わせたかのように重なった二人の声に我に返った。
「あ……」
なんて嫌な女なんだろうと自己嫌悪。でも恋愛経験なんて皆無だから、この気持ちをどうしたらいいのか分からない。いつもの『私』なら、何度も見てきただろうこのシチュエーションにどうやって返していたのか。こうやって胸を痛めていたのだろうか。
「えーっと……ごめん、なんか変なこと言っちゃって。気にしないで! さっ、とりあえず移動しよ? ね」
クルリと踵を返して足を踏みだろうとしたとこで、慌てた様子のエリックに手首を掴まれた。反対側にはケイシーが腕を絡ませる。
「ちょっと待て。俺もついていくから。どこに行きたいんだ?」
「いいじゃないの、エリックは家でもずっとラリアと一緒にいられるんだから、もう帰ったら? ちゃんと送り届けるからさ」
「それとこれとは関係ないだろう。寧ろお前が帰ればいい」
「関係なくもないと思うけど……まぁ、いいや。ねぇ、ラリア、次に行きたかったのはね……」
「おい、無視をするな」
私を挟んで言い争いをしている二人。やはり覚えがあるようで、でも靄が掛かったかのように定かではない。『私』はどうやって二人と関わっていたの?
――ああ、あの時、なんで無理矢理目覚めるようなことをしちゃったんだろう。なんて、もう何度もしてきた後悔が、また頭を過る。
「ラリア? どうかしたか?」
「ううん、何でもない」
気遣うようなエリックの声に、慌てて首を横に振った。これ以上心配をかけさせたくはない。 いくら鈍感な私でも、二人からそれぞれ大切に思われていることくらい分かる。だからこそいつもに増して、記憶がないのがもどかしかった。
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