記憶がありませんが、身体が覚えているのでなんとかなりそうです

羽鳥むぅ

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18.あとは記憶だけ……?

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「凶暴化の原因が分かった?」
 重い瞼をゆっくりと瞬かせながら、エリックの言葉を繰りかえした。甘く痺れる快感の残滓と忍び寄る睡魔に抗いながらも、いっそ受け入れる準備をし始めていたというのに。
「はぁ……もう、そんな大事な話は疲れ果てる前に言ってよ」
「すまない。俺を置いて出掛けると聞いてから寂しくて、つい熱が籠ってしまった。先に話そうとは思っていたのだが」
「もう、エリックってば、そんなに寂しがり屋だったっけ?」
「そうだ。だから俺以外とあまり長い時間出歩くのは勘弁してくれ」
 堂々と拗ねるエリックはいい大人なのに、私の知っているエリックよりも子どもみたいだ。 そういえば小さい頃のエリックはものすごく寂しがりだったから、置いてけぼりにされるのが面白くないのかと納得してみたり。それを知っているのは私だけなのだろうと思えば自然と笑みが零れる。
「ふふ、分かってるって。じゃあエリックの用事が終わったら待ち合わせて少し散歩しましょ」
「ああ、絶対に迎えに行く」
「じゃあ日にちが決まったら教えるわね。で、さっきの話だけど……」

「数年前のことだが、魔法薬の研究者たちが実験に使った魔獣を逃がしてしまったという記録が、最近になって見つかったんだ」
 ベッドの上でぐったりと横たわる私と違い、エリックはテキパキと就寝の準備をしている。ドロドロにされた私の身体は彼によって清められており、既にネグリジェに着替えさせられている。相変わらず無駄に手際がいい。慣れた手付きに、これが日常であると思い知らされて恥ずかしい。
「じゃあ、その魔獣が原因なの? それにしても数年前って……」
「いや、それ自体はすぐに探し出して、当時の研究者たちの手によって処分済みだと報告されている」
「だったらどうして?」
「しかし今回襲って来た原因の個体を分析したところ、逃げた魔獣と全く同じではないが、とてもよく似ていたようだ。どうやら捕まる前に野生動物と交配していたらしい」
 もしかしたら誰かに恨まれていたのだろうか? と考えなくもなかったから、偶然の可能性が高くなり肩の力が抜けた気がした。いくら人付き合いに頓着していなくても、理由も分からず嫌われたり憎まれたくはないし、なにより不気味だ。
 
「なるほど……その子どもが変異を起こしたんだ?」
「ああ。ラリアの隊の一人が魔獣をおびき寄せるために、奴らが好む匂いの薬草を身に着けていただろう? そこで凶暴化した魔獣が釣られ、ラリアが庇った」
「色んな偶然が重なったわけね」
「人為的ではないかも調査しているが、発端が数年前だから偶然だと考えるほうが自然だ」
 支度を終えたらしいエリックも眼鏡をサイドテーブルにおいて、私の真横に寝転んだ。
 腰に手を回してピッタリとくっ付くように引き寄せられる。先ほどまでも散々くっ付いていたというのにドキドキと緊張してしまうのは、まだこの状況に慣れていないから。しかし同時に安堵もしているから不思議な感覚ではある。
「もう少し調査は継続されるようだから、何か分かれば教える」
「そっか……でも、なんだかそれって結局手を加えたのは人間なのよね。複雑な気持ちになるわ」
「しかし研究を行うことで、その結果得た知識を一般市民にも与え、彼らが魔獣の対策を取る上で必要なことではある」
「それもそうよね。まぁ、襲われたのが私たちで良かったと思うしかないわね」
「結果ラリアが怪我をしたから良くはないが……」
 不満を隠しもしないエリックの声に思わず吹き出してしまう。一緒に暮らしてみて、エリックの分かりづらい可愛さを発見しつつある。それは何度も愛されて絆されたのか、実際の私の深層心理なのか定かではないけれど、胸がキュンと甘く締め付けられるのだ。
「なんだ?」
 笑いが止まらない私を訝し気に見るエリックだけれど、頬を撫でると嬉しそうに瞳が緩む。こういうところが可愛いのだが、口で説明するのは難しい。
「好きだなって思っただけだよ。エリックって格好いいだけじゃなくて可愛いのね」
「は……?」
 一瞬で眉間の皺がなくなる。でも痕がちょっと残ってるなぁ、と指の腹でなぞれば手首が掴まれた。あっという間に仰向けにされ、視界がエリックでいっぱいになる。
「やっ、ちょっと!」
 顔中にキスの雨が降ってきて、あまりのくすぐったさに身を捩った。が、彼の手が身体を這い始めたので慌てて頬を手で挟む。
「どうした?」
 少し突き出た唇は頬を抑えているのが原因だが、声色は完全に拗ねている。それすら胸が鳴るけれど、さすがにもう無理だ。体力はもう限界に達しているのだから。
「どうしたって、それはこっちの台詞! 折角さっぱりしたんだから、もう寝るの!」
「また綺麗にすればいいだろう?」
「良くない! そんなことしたら当分エリックとは一緒に寝ないんだから!」
「……分かった」
 手が身体から離れ、エリックは再び横に寝転がった。不承不承といった仕草なのは解せない。
「体力どうなってんの? 今日なんて朝から任務に行ってきたんだよ?」
「近場だし難易度低かったからな」
「そういう問題!?」
「ラリアだってそうだろう?」
「じゃなければこんなことできなかったよ」
 フイッと顔を背ければ、再び引き寄せられる。私は抗えずに吸い寄せられ、エリックに抱きついた。胸がときめくし鼓動も早くなって落ち着かないけれど、でもとても安心できる場所。額や頭頂にキスをされるのも、くすぐったくて嬉しくて幸せだ。けれどこんな関係に至るまでの記憶がないことが、切なくて仕方がない。
 
「あとは私の記憶だけかぁ~」
「回復中に余計なことをして抗わずに、大人しく身を委ねていれば良かったんだがな」
「仕方がないよ。その時点でこの記憶の状態の私だったんだもん。エリックとはずっとライバルだったから負けたくなくって」
 そこまで言ってから、はたと気づくいてガバっと起き上がった。昼間のケイシ―との話を思い出したのだ。
「どうした?」
「あのさ、気になったんだけど、私かエリックってササルタに留学した?」
「突然だな。気になった経緯が逆に気になるが、留学はしたよ。ラリアも俺も」
「そうなんだ!エリックが行くのは当然だろうけど……私も行けて良かったぁ」
 では次があるならササルタに行くのは二回目、ということになる。未だにどうして行くことにしたのだろうかは全く分からないけれど。
「ああ、ケイシーがササルタの出身だ。そこで留学中に知り合って、俺たちが帰国するとき、逆にこちらへ留学してきたんだ。そしてそのままここの魔導師になって居座ってる」
「ええ!聞いてない!」
「あー、今更説明するという頭がなかった。すまない」
 ということはケイシーは今回、帰郷するということなのか。今度出かけるときに聞いてみたいけれど、それだと今の『私』が知らないのはまずいだろう。うんうんと、考えこむ私の頭上に影が落ちる。見上げればエリックも上半身だけ起き上がっていた。
「え……どうしたの?」
 背筋に嫌な汗が伝ったのは、逆光で表情が読めないにもかかわらず、言い知れぬ圧があるからだ。
「次は俺の質問に答えてくれ。どうして留学したかなんて気になったんだ? ケイシーに何か言われたのか?」
「あー、そう。そうなんだよね。ササルタの話になって」
「その話とは?」
「ええっと……」
 私がエリックに詰め寄られて隠し通すことなんてできるはずがない。ケイシーと話したときにササルタの話題が出て、全く分からずに困ったことを話したのだった。けれどあまりに気迫に、内緒で行くことになっていたらしい、とは言い出せなかった。
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