24 / 26
第一部
24.終わらない悪意
しおりを挟む
聖剣グラニカの一閃は、切断という結果だけが残る。
この世の万物でなくとも、形を保つことは出来はしない。
影の鎧ごとタクトの左腕は切断され、夜叉丸の刀身が折れている。
「ぐほっ!」
黒影の上に流れる鮮血。
血の赤が残り、影の黒は消失していく。
「勝負ありだな」
「くそがっ! こんな……」
タクトは折れた夜叉丸を俺に突き付けてくる。
威嚇しているつもりだろうが、覇気を全く感じない。
誰がどう見ても限界で、勝敗はついている。
「止めておけよ。その傷でまともに動くのは無理だ」
「ふざ……けるな! こんな所で僕がっ、世界に選ばれた僕が負けるわけない!」
「いいや、お前の負けだよ」
何とか影の力で出血を抑えている様子だが、その力も徐々に失われつつある。
妖刀を破壊した影響だろう。
影の力が消えれば、傷口を抑えておくことも叶わない。
力を消失した時こそ、彼の命が尽きるときだろう。
「お前はむやみに殺し過ぎたんだ。今お前が感じている痛みが、その報いだよ」
「報いだと? 僕は世界に選ばれてここに来たんだ! 僕が……僕が終わるなんてない。待ってろ……いずれ必ず君を殺す」
タクトはそう言って、懐から黒い球を投げつけた。
灰色の煙と一緒に、魔力が走ったのを感じる。
何かしらの魔道具だろう。
煙が晴れた時には、彼の姿はなくなっていた。
「転移の魔道具か?」
どこかへ逃げたか。
まさかそんな道具まで所持しているとは予想外だったよ。
とは言え、あの傷では長くもたない。
逃げた所で、彼の死の運命は決まっている。
「――ふぅ」
聖剣を戻し、一息ついてから空を見上げる。
下を見れば地獄だけど、空はいつも通りに広がっていて、見ると少しだけ落ち着く。
久しぶりに本気を出したから、思った以上に疲れているようだ。
俺はしばらく空を見上げてから、振り返って彼女を見る。
「終わったぞ、ルーリア」
「ジーク……ジーク!」
「うおっと、いきなり抱き着いてくるなよ」
彼女は全速力で駆け寄ってきて、俺の胸に飛び込んできた。
慌てて抱きかかえるように腕を回す。
ルーリアは半泣きのまま顔を摺り寄せ、俺の無事を喜んでいる。
「良かった……勝ったんじゃな」
「ああ、ちゃんと見てたか?」
「当たり前なのじゃ!」
「そうか。どうだった? 俺は格好良かったか?」
「うん! 世界一じゃ!」
俺は大きな声で笑った。
こんな状況で、本当なら笑うのは失礼かもしれない。
それでも笑わずにはいられなかったのは、ルーリアが笑顔でいてくれたから。
後になれば現実が押し寄せてくると思う。
だけど――
「帰ろう。俺たちの家に」
「うん!」
こうして今が笑えているのなら、きっと大丈夫だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
転移の魔道具は、アジトに帰る用に持っていた物だった。
タクトはそれを使い、ジークから逃走。
息を切らし、切断された左腕から血を流しつつ、とある場所に向っていた。
「まだだ……まだ終わらない」
彼には野望がある。
この世界の人類を滅ぼし、自分だけの楽園に変える。
その野望を達成するまでは、絶対に死なないという執念が、消えゆく力を保っていた。
しかし、それも限界が来ている。
夜叉丸は原型を失い、影も剥がれつつあった。
それでも彼は歩く。
僅かな……いいや、確かにある希望を掴むため。
向かったのは――
王都。
エイルワース家の本宅。
そこにはタクトを打ちのめした男の兄、ミゲルの姿があった。
「くそっ! あいつ…ジークの奴ぅ……」
魔王を倒した英雄として祭り上げられ、さぞ上機嫌かと思われたが、実際の彼は非常に荒れていた。
その理由は、王都では彼だけが知る事実にある。
意気揚々と戦場をかけ、余裕ぶって戦った挙句に惨敗し、あろうことか愚弟と罵っていた相手に助けられた。
そして、偽物の手柄をかぶって数々の賞賛を浴びている。
全ては自分ではなく、ジークの力であり成果。
プライドの高い彼にとって、それは耐え難いことだった。
腹が立つ。
きっと今頃、偽りの栄光に浸っているのだと、自分をあざ笑っているはずだ。
何ていう妄想を膨らませ、家の中の物に当たる。
その憎悪、その憎しみこそが、タクトにとっての希望。
彼には夜叉丸以外にもう一つ、世界から授かったスキルがある。
「力がほしいか?」
「誰だっ!?」
「問いに答えろ。君は……憎き相手を殺せる力を欲しているのだろう?」
「……なぜそれを? お前は一体……」
「僕に任せてくれれば、君は誰より強くなれる。さぁ……この手を握ってくれ」
暗闇の中、タクトは手を差し出す。
明らかに怪しい誘い。
普通の人間であれば、応えることはないだろう。
だが、彼の中にある恨みは、底知れぬほど深く大きかった。
だから……彼はその手をとった。
「ありがとう。君の身体は、僕がありがたく使わせてもらうよ」
「なっ、うぅ……ぐおああああああああああああ」
ミゲルが悲鳴を上げる。
タクトの身体が泥になって消滅し、ミゲルの中へと入ってく。
スキル名――【浸食】
互いの同意を得たことを条件に、肉体を移し替えることが出来る。
こうして彼は、何度でも挑む。
「次こそ必ず……君を殺す」
世界から人類を消し去るまで。
その脅威は終わらない。
この世の万物でなくとも、形を保つことは出来はしない。
影の鎧ごとタクトの左腕は切断され、夜叉丸の刀身が折れている。
「ぐほっ!」
黒影の上に流れる鮮血。
血の赤が残り、影の黒は消失していく。
「勝負ありだな」
「くそがっ! こんな……」
タクトは折れた夜叉丸を俺に突き付けてくる。
威嚇しているつもりだろうが、覇気を全く感じない。
誰がどう見ても限界で、勝敗はついている。
「止めておけよ。その傷でまともに動くのは無理だ」
「ふざ……けるな! こんな所で僕がっ、世界に選ばれた僕が負けるわけない!」
「いいや、お前の負けだよ」
何とか影の力で出血を抑えている様子だが、その力も徐々に失われつつある。
妖刀を破壊した影響だろう。
影の力が消えれば、傷口を抑えておくことも叶わない。
力を消失した時こそ、彼の命が尽きるときだろう。
「お前はむやみに殺し過ぎたんだ。今お前が感じている痛みが、その報いだよ」
「報いだと? 僕は世界に選ばれてここに来たんだ! 僕が……僕が終わるなんてない。待ってろ……いずれ必ず君を殺す」
タクトはそう言って、懐から黒い球を投げつけた。
灰色の煙と一緒に、魔力が走ったのを感じる。
何かしらの魔道具だろう。
煙が晴れた時には、彼の姿はなくなっていた。
「転移の魔道具か?」
どこかへ逃げたか。
まさかそんな道具まで所持しているとは予想外だったよ。
とは言え、あの傷では長くもたない。
逃げた所で、彼の死の運命は決まっている。
「――ふぅ」
聖剣を戻し、一息ついてから空を見上げる。
下を見れば地獄だけど、空はいつも通りに広がっていて、見ると少しだけ落ち着く。
久しぶりに本気を出したから、思った以上に疲れているようだ。
俺はしばらく空を見上げてから、振り返って彼女を見る。
「終わったぞ、ルーリア」
「ジーク……ジーク!」
「うおっと、いきなり抱き着いてくるなよ」
彼女は全速力で駆け寄ってきて、俺の胸に飛び込んできた。
慌てて抱きかかえるように腕を回す。
ルーリアは半泣きのまま顔を摺り寄せ、俺の無事を喜んでいる。
「良かった……勝ったんじゃな」
「ああ、ちゃんと見てたか?」
「当たり前なのじゃ!」
「そうか。どうだった? 俺は格好良かったか?」
「うん! 世界一じゃ!」
俺は大きな声で笑った。
こんな状況で、本当なら笑うのは失礼かもしれない。
それでも笑わずにはいられなかったのは、ルーリアが笑顔でいてくれたから。
後になれば現実が押し寄せてくると思う。
だけど――
「帰ろう。俺たちの家に」
「うん!」
こうして今が笑えているのなら、きっと大丈夫だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
転移の魔道具は、アジトに帰る用に持っていた物だった。
タクトはそれを使い、ジークから逃走。
息を切らし、切断された左腕から血を流しつつ、とある場所に向っていた。
「まだだ……まだ終わらない」
彼には野望がある。
この世界の人類を滅ぼし、自分だけの楽園に変える。
その野望を達成するまでは、絶対に死なないという執念が、消えゆく力を保っていた。
しかし、それも限界が来ている。
夜叉丸は原型を失い、影も剥がれつつあった。
それでも彼は歩く。
僅かな……いいや、確かにある希望を掴むため。
向かったのは――
王都。
エイルワース家の本宅。
そこにはタクトを打ちのめした男の兄、ミゲルの姿があった。
「くそっ! あいつ…ジークの奴ぅ……」
魔王を倒した英雄として祭り上げられ、さぞ上機嫌かと思われたが、実際の彼は非常に荒れていた。
その理由は、王都では彼だけが知る事実にある。
意気揚々と戦場をかけ、余裕ぶって戦った挙句に惨敗し、あろうことか愚弟と罵っていた相手に助けられた。
そして、偽物の手柄をかぶって数々の賞賛を浴びている。
全ては自分ではなく、ジークの力であり成果。
プライドの高い彼にとって、それは耐え難いことだった。
腹が立つ。
きっと今頃、偽りの栄光に浸っているのだと、自分をあざ笑っているはずだ。
何ていう妄想を膨らませ、家の中の物に当たる。
その憎悪、その憎しみこそが、タクトにとっての希望。
彼には夜叉丸以外にもう一つ、世界から授かったスキルがある。
「力がほしいか?」
「誰だっ!?」
「問いに答えろ。君は……憎き相手を殺せる力を欲しているのだろう?」
「……なぜそれを? お前は一体……」
「僕に任せてくれれば、君は誰より強くなれる。さぁ……この手を握ってくれ」
暗闇の中、タクトは手を差し出す。
明らかに怪しい誘い。
普通の人間であれば、応えることはないだろう。
だが、彼の中にある恨みは、底知れぬほど深く大きかった。
だから……彼はその手をとった。
「ありがとう。君の身体は、僕がありがたく使わせてもらうよ」
「なっ、うぅ……ぐおああああああああああああ」
ミゲルが悲鳴を上げる。
タクトの身体が泥になって消滅し、ミゲルの中へと入ってく。
スキル名――【浸食】
互いの同意を得たことを条件に、肉体を移し替えることが出来る。
こうして彼は、何度でも挑む。
「次こそ必ず……君を殺す」
世界から人類を消し去るまで。
その脅威は終わらない。
0
お気に入りに追加
856
あなたにおすすめの小説
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
異世界召喚されたら無能と言われ追い出されました。~この世界は俺にとってイージーモードでした~
WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
1~8巻好評発売中です!
※2022年7月12日に本編は完結しました。
◇ ◇ ◇
ある日突然、クラスまるごと異世界に勇者召喚された高校生、結城晴人。
ステータスを確認したところ、勇者に与えられる特典のギフトどころか、勇者の称号すらも無いことが判明する。
晴人たちを召喚した王女は「無能がいては足手纏いになる」と、彼のことを追い出してしまった。
しかも街を出て早々、王女が差し向けた騎士によって、晴人は殺されかける。
胸を刺され意識を失った彼は、気がつくと神様の前にいた。
そしてギフトを与え忘れたお詫びとして、望むスキルを作れるスキルをはじめとしたチート能力を手に入れるのであった──
ハードモードな異世界生活も、やりすぎなくらいスキルを作って一発逆転イージーモード!?
前代未聞の難易度激甘ファンタジー、開幕!

石しか生成出来ないと追放されましたが、それでOKです!
うどん五段
ファンタジー
夏祭り中に異世界召喚に巻き込まれた、ただの一般人の桜木ユリ。
皆がそれぞれ素晴らしいスキルを持っている中、桜木の持つスキルは【石を出す程度の力】しかなく、余りにも貧相なそれは皆に笑われて城から金だけ受け取り追い出される。
この国ではもう直ぐ戦争が始まるらしい……。
召喚された3人は戦うスキルを持っていて、桜木だけが【石を出す程度の能力】……。
確かに貧相だけれど――と思っていたが、意外と強いスキルだったようで!?
「こうなったらこの国を抜け出して平和な国で就職よ!」
気合いを入れ直した桜木は、商業ギルド相手に提案し、国を出て違う場所で新生活を送る事になるのだが、辿り着いた国にて、とある家族と出会う事となる――。
★暫く書き溜めが結構あるので、一日三回更新していきます! 応援よろしくお願いします!
★カクヨム・小説家になろう・アルファポリスで連載中です。
中国でコピーされていたので自衛です。
「天安門事件」
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。

(完)仕方ないので後は契約結婚する
川なみな
ファンタジー
マルグリートは婚約破棄されたせいで子爵家に嫁ぐ事になった。
そこは、貧乏な子爵だけど。ちっとも、困りません。
ーーーーーーーー
「追放されても戻されても生き残ってみせますう」に出てたキャラも出演します!
3月1日にランキング26位になりました。皆さまのおかげです。ありがとうございます!!
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる