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「そんなことが……! 今すぐに戻ればまだ間に合うかもしれない」
「レント?」
「僕も協力しよう。君が女王に戻れるように」
「……いいわよ、そんなこと」
「え?」
「私は女王に戻りたいなんて思っていないわ」

 呆気にとられる彼に、私は本心を伝えた。
 彼は尋ねてくる。

「その気はないって……それだけされて、復讐しようとも思わなかったのか?」
「面倒臭いじゃない」
「面倒って……」
「だってそうでしょう? 私の代わりをしてくれるなら嬉しい限りだわ。私はずっと、女王なんて地位は望んでいなかった。ただ……自分がしたいように、生きたかっただけなのに……」

 それはきっと我儘なのだろう。
 王族に生まれたなら、自由なんて許されない。
 彼も王族だから理解できるはずだ。

「じゃあ君は、これからどうするんだ?」
「そうね……女王じゃない私として、普通に生きて、普通に幸せになりたい……それだけ」
「普通に……か。難しいんじゃないのか?」
「そうね。自覚してる」

 たとえ女王でなくなっても、今の私に普通は難しいことだ。
 すでに母国には戻れない。
 誰でもない私は、どこへ行っても馴染めないだろう。
 加えて呪いと魔力……不安な要素が多すぎる。

「どこか山奥でひっそりと暮らすしかないわね」
「それで幸せ?」
「……どうかな。わからないけど……」

 幸せは人それぞれだ。
 やってみたら案外、幸せと感じるかも……。

「俺の国に来ないか?」
「え?」

 突然のお誘いに私はびっくりする。
 冗談かと思ったけど、彼は笑顔で、さらに真剣だった。

「君も知ってると思うけど、うちの状況はよろしくない」
「アルザード王国ね」

 事情は把握している。
 隣国のことだ。
 女王として耳に入っている。
 アルザード王国は今、国が三つに分かれていた。

「何とかしたいんだけど、中々うまくいかなくてね……そこで、君の知恵を借りたいんだよ」
「まさか私に、女王になれとでも?」
「いわないよ。ただちょっとだけ力を貸してほしい。その代わり、君の衣食住と安全は俺が保証する。やりたいことは、これから見つければいいだろ?」
「……確かに」

 そういう生き方も、ありかもしれない。
 誰ともわからない人を頼るより、私を知ってくれている人に頼るほうが安心できる。

「でもいいの? 面倒になるわよ」
「かもな? けどここで君を見送ったら、後悔すると思うんだ」
「後悔……」
「天啓にしたがってここへ来た。これは女神の導き……なら、出会いは運命だろう?」

 運命……。
 確かにその通りで、奇跡的な出会いだった。
 私は彼に救われた。
 その恩もある。

「仕方ないわね。恩もあるし、ちょっとくらいなら手伝ってあげるわよ」
「本当か?」
「代わりに、約束は守ってよね」
「もちろん、君の生活と安全は、この俺が保証しよう。女神に誓ってね」

 その誓いに嘘はない。
 私はため息をこぼし、少しだけ気持ちが軽くなった。

「それじゃ、いつまでもこんな場所にいられないな」
「え、ちょっ!」

 彼は私を抱きかかえた。
 お姫様を連れ出すように、少し強引に。

「行こうか。アリエル」
「もうアリエルじゃないわ」
「そう? なら新しい名前を考えよう」
「そうね」

 新しい名前か。
 自分で考えるのは面倒だし、彼に考えてもらうとしよう。
 第二の人生の、第二幕。
 そのスタートには、ちょうどいい。

 この運命から、私の新たな人生が始まった。 
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