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〖剣帝〗がインストールされました⑤
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第十八階層は広い闘技場のような空間だった。
待ち構えていたのは、腕が六本ある仮想の武人。
ミノタウロスよりも一回り大きく、鬼のような仮面が前と左右に一つずつ。
顔が四つあると見ていいだろう。
ボスモンスターの中には、そのダンジョンにしか存在しない固有のタイプがいる。
今回はおそらく、そのタイプだ。
モンスターの知識はスキルで覚えているけど、こんなモンスターは初めて見る。
「さしずめ阿修羅だな」
「阿修羅?」
「とある世界の神格だ。顔が二つ、腕が六本ある武神、特徴的にはピッタリだろ?」
「武の神か……」
一筋縄じゃいかないだろう。
でも、今の俺には英雄の力がある。
恐れず行け。
「〖剣帝〗!」
英雄のスキルを発動させ、ボスモンスター阿修羅に突っ込む。
俺の存在に気付いた阿修羅が武器を構える。
六本の腕にそれぞれ異なる武器。
剣、槍、斧、大鎌、弓と矢。
中近距離どこで自由に戦える布陣、弓を使われる前に接近して、近接戦闘に持ち込む。
「その図体じゃ、俺の速度には追い付けないだろ!」
正面から攻めるフリをして、顔が唯一ない背後へ回る。
完全に虚をついた。
と思った俺の攻撃を、阿修羅は斧と大鎌で防御した。
「なっ……」
これに追いつくのか?
「――! いかんぞ! 一旦離れろ!」
ライラが叫ぶ。
その意味を理解するのに数秒かかった。
この阿修羅とかいうボスは、俺から魔力を吸収している。
「くそっ!」
距離をとる俺を阿修羅が追撃する。
攻撃を受ける度に鋭く、動きが加速していく。
魔力を吸収することで能力が向上しているんだ。
「だったら!」
吸収される前に倒す。
どんなモンスターも頭を潰せば終わりだ。
速度で完全に上回られる前に喉を斬る。
「――とった!」
俺の斬撃が阿修羅の喉を斬り裂いた。
真っ二つには至らなかったが、ほぼ胴体との連結は立たれている。
即死……のはずが、瞬時に再生される。
「なっ……!」
動揺した一瞬をつき、阿修羅の攻撃で吹き飛ばされる。
かろうじて魔力が身体を守ってくれた。
ただ、内部への振動までは防ぎきれず吐血する。
「魔力がこもった攻撃は効かないのか……こいつ」
よくない流れだ。
これじゃ〖剣帝〗で倒せない。
〖汪剣〗に切り替えても、魔剣の攻撃も通じるか微妙だな。
加えて戦うごとに相手の能力が上がっていく。
長期戦は不利。
魔力を用いず、こいつを殺せる技がいる。
「あるよ! うってつけの鬼が!」
俺の心を見透かすように、離れていたライラが叫ぶ。
視線が合う。
こっちに来るんだと彼女は言っている。
「わかった!」
信じよう。
ここまで来られたのは彼女のおかげだ。
俺は駆ける。
阿修羅もそれに気づき、背を追う。
止まれば捕まる。
だから振り返らず、俺は彼女の下へたどり着く。
「あーあ、二度目だよ!」
やれやれと笑いながら、彼女は唇を重ねる。
直後、記録が流れ込む。
◇◇◇
その男は、時代を生きる剣客だった。
同じ志を持つ動詞たちと共に組織を作り、戦乱の時代を駆け抜けた。
彼は天才だった。
小さな身体で振るう剣に、何十、何百という手練れが倒されていく。
幕末よいう時代で最強と呼ばれた剣士。
だが、彼が死したのは戦場ではなく、床の上だった。
最強の剣士も病には勝てなかったのだ。
悔しいのは病に倒れたことではない。
共に戦うと誓った仲間たちが散りゆく様を、何もできず床で眠るしかできなかったことに。
〖鬼子〗の天才剣士。
彼は無念の中で、短い生涯を終えた。
◇◇◇
悲しい話だ。
先に見た二人の英雄とも違う。
ただ、余韻に浸っている時間はない。
迫る阿修羅の攻撃が、俺とライラに振り下ろされる。
「私を守っておくれ――さぁ、君は誰だい?」
俺はライラを抱き寄せる。
片手には剣客の愛刀『加州清光』が握られていた。
振り下ろされた攻撃は、当たるものだけを見抜いて刀で受け流す。
魔力を用いない分、剣帝や汪剣のような身体能力はない。
しかしそれを補うに余りある剣技と観察眼が、阿修羅の攻撃を見切る。
「ライラは俺の後ろに」
「そうしよう。見せてもらうよ? 病に倒れた天才剣士の絶技を」
俺は距離を取る。
構えは独特、半身で切っ先を相手の左眼に向ける。
かつて〖鬼子〗と呼ばれた天才剣士が、唯一たどり着いた流派の奥義。
神速を謳われた三段突き。
天然理心流――
「無明剣」
無駄のない完璧な剣技と足さばきは、劣っている速度を補い、阿修羅の喉元を貫く。
ほぼ同時に三つの突き。
回避も防御も許さない天才の絶技によって、異世界の武神は倒れる。
「お見事! しかと見届けたよ。素晴らしい剣技だったね! 凄いじゃないか」
「……違う。すごいのは俺じゃない」
この手に握る力が、胸の奥に存在する英雄の記録が。
彼らの生涯と、死に様を俺に教えてくれる。
俺は結晶になった阿修羅を回収して、ライラに言う。
「出ようか、外へ」
「うん」
手を取り、出現した出口の扉に向かって歩き出す。
扉を開ければ、そこはもうダンジョンの外。
久方ぶりに浴びる太陽の日差しに、思わず目を瞑ってしまう。
「――ああ、久しぶりだな~」
「ライラもか」
「うん。だってずっとどこかのダンジョンの中にいたし、本のままじゃ光も風も感じられなかったからね。お前さんのおかげだよ。ありがとう」
「こちらこそ、おかげで生き残れたよ」
彼女のおかげで、俺は再び地上に戻って来られた。
十分すぎる土産も手に入れて。
「そういえば、まだお前さんの名前を聞いておらんかったな」
「ん? ああ、そうだっけ。忘れてたな」
「教えてくれるか? お前さんとは長い付き合いになるだろうからな」
「……そうだな。俺もそう思う」
彼女とは長い付き合いになる。
そうあってほしい。
「俺はレオルス。よろしく、ライラ」
「うむ! よろしく頼むぞ! これからも私を守ってくれ」
俺たちは握手を交わす。
太陽が沈み、オレンジ色に変わる景色を眺めながら。
待ち構えていたのは、腕が六本ある仮想の武人。
ミノタウロスよりも一回り大きく、鬼のような仮面が前と左右に一つずつ。
顔が四つあると見ていいだろう。
ボスモンスターの中には、そのダンジョンにしか存在しない固有のタイプがいる。
今回はおそらく、そのタイプだ。
モンスターの知識はスキルで覚えているけど、こんなモンスターは初めて見る。
「さしずめ阿修羅だな」
「阿修羅?」
「とある世界の神格だ。顔が二つ、腕が六本ある武神、特徴的にはピッタリだろ?」
「武の神か……」
一筋縄じゃいかないだろう。
でも、今の俺には英雄の力がある。
恐れず行け。
「〖剣帝〗!」
英雄のスキルを発動させ、ボスモンスター阿修羅に突っ込む。
俺の存在に気付いた阿修羅が武器を構える。
六本の腕にそれぞれ異なる武器。
剣、槍、斧、大鎌、弓と矢。
中近距離どこで自由に戦える布陣、弓を使われる前に接近して、近接戦闘に持ち込む。
「その図体じゃ、俺の速度には追い付けないだろ!」
正面から攻めるフリをして、顔が唯一ない背後へ回る。
完全に虚をついた。
と思った俺の攻撃を、阿修羅は斧と大鎌で防御した。
「なっ……」
これに追いつくのか?
「――! いかんぞ! 一旦離れろ!」
ライラが叫ぶ。
その意味を理解するのに数秒かかった。
この阿修羅とかいうボスは、俺から魔力を吸収している。
「くそっ!」
距離をとる俺を阿修羅が追撃する。
攻撃を受ける度に鋭く、動きが加速していく。
魔力を吸収することで能力が向上しているんだ。
「だったら!」
吸収される前に倒す。
どんなモンスターも頭を潰せば終わりだ。
速度で完全に上回られる前に喉を斬る。
「――とった!」
俺の斬撃が阿修羅の喉を斬り裂いた。
真っ二つには至らなかったが、ほぼ胴体との連結は立たれている。
即死……のはずが、瞬時に再生される。
「なっ……!」
動揺した一瞬をつき、阿修羅の攻撃で吹き飛ばされる。
かろうじて魔力が身体を守ってくれた。
ただ、内部への振動までは防ぎきれず吐血する。
「魔力がこもった攻撃は効かないのか……こいつ」
よくない流れだ。
これじゃ〖剣帝〗で倒せない。
〖汪剣〗に切り替えても、魔剣の攻撃も通じるか微妙だな。
加えて戦うごとに相手の能力が上がっていく。
長期戦は不利。
魔力を用いず、こいつを殺せる技がいる。
「あるよ! うってつけの鬼が!」
俺の心を見透かすように、離れていたライラが叫ぶ。
視線が合う。
こっちに来るんだと彼女は言っている。
「わかった!」
信じよう。
ここまで来られたのは彼女のおかげだ。
俺は駆ける。
阿修羅もそれに気づき、背を追う。
止まれば捕まる。
だから振り返らず、俺は彼女の下へたどり着く。
「あーあ、二度目だよ!」
やれやれと笑いながら、彼女は唇を重ねる。
直後、記録が流れ込む。
◇◇◇
その男は、時代を生きる剣客だった。
同じ志を持つ動詞たちと共に組織を作り、戦乱の時代を駆け抜けた。
彼は天才だった。
小さな身体で振るう剣に、何十、何百という手練れが倒されていく。
幕末よいう時代で最強と呼ばれた剣士。
だが、彼が死したのは戦場ではなく、床の上だった。
最強の剣士も病には勝てなかったのだ。
悔しいのは病に倒れたことではない。
共に戦うと誓った仲間たちが散りゆく様を、何もできず床で眠るしかできなかったことに。
〖鬼子〗の天才剣士。
彼は無念の中で、短い生涯を終えた。
◇◇◇
悲しい話だ。
先に見た二人の英雄とも違う。
ただ、余韻に浸っている時間はない。
迫る阿修羅の攻撃が、俺とライラに振り下ろされる。
「私を守っておくれ――さぁ、君は誰だい?」
俺はライラを抱き寄せる。
片手には剣客の愛刀『加州清光』が握られていた。
振り下ろされた攻撃は、当たるものだけを見抜いて刀で受け流す。
魔力を用いない分、剣帝や汪剣のような身体能力はない。
しかしそれを補うに余りある剣技と観察眼が、阿修羅の攻撃を見切る。
「ライラは俺の後ろに」
「そうしよう。見せてもらうよ? 病に倒れた天才剣士の絶技を」
俺は距離を取る。
構えは独特、半身で切っ先を相手の左眼に向ける。
かつて〖鬼子〗と呼ばれた天才剣士が、唯一たどり着いた流派の奥義。
神速を謳われた三段突き。
天然理心流――
「無明剣」
無駄のない完璧な剣技と足さばきは、劣っている速度を補い、阿修羅の喉元を貫く。
ほぼ同時に三つの突き。
回避も防御も許さない天才の絶技によって、異世界の武神は倒れる。
「お見事! しかと見届けたよ。素晴らしい剣技だったね! 凄いじゃないか」
「……違う。すごいのは俺じゃない」
この手に握る力が、胸の奥に存在する英雄の記録が。
彼らの生涯と、死に様を俺に教えてくれる。
俺は結晶になった阿修羅を回収して、ライラに言う。
「出ようか、外へ」
「うん」
手を取り、出現した出口の扉に向かって歩き出す。
扉を開ければ、そこはもうダンジョンの外。
久方ぶりに浴びる太陽の日差しに、思わず目を瞑ってしまう。
「――ああ、久しぶりだな~」
「ライラもか」
「うん。だってずっとどこかのダンジョンの中にいたし、本のままじゃ光も風も感じられなかったからね。お前さんのおかげだよ。ありがとう」
「こちらこそ、おかげで生き残れたよ」
彼女のおかげで、俺は再び地上に戻って来られた。
十分すぎる土産も手に入れて。
「そういえば、まだお前さんの名前を聞いておらんかったな」
「ん? ああ、そうだっけ。忘れてたな」
「教えてくれるか? お前さんとは長い付き合いになるだろうからな」
「……そうだな。俺もそう思う」
彼女とは長い付き合いになる。
そうあってほしい。
「俺はレオルス。よろしく、ライラ」
「うむ! よろしく頼むぞ! これからも私を守ってくれ」
俺たちは握手を交わす。
太陽が沈み、オレンジ色に変わる景色を眺めながら。
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