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〖剣帝〗がインストールされました③

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「この力があれば俺も……!」

 なんだ?
 急激に疲労感が押し寄せてくる。
 溢れ続けていた力がせき止められ、一気に力が抜ける。
 俺の下に歩み寄ってきたライラが言う。

「時間切れだよ」
「もう……五分経ったのか」

 体感よりもかなり早い。
 それだけ濃密な時間だということか。
 加えてこの疲労感……スキル発動中の五分間、全力ダッシュをし続けているようなものだ。

「英雄の力だからね。お前さんの身体が耐えきれないんだろう」

 そうか。
 五分間っていうのスキルの限界じゃなく、俺の身体の限界なのか。

「それなら、訓練すれば持続時間も伸びるんだな」
「お前さん次第だな。それから言い忘れていたけど、私に戦闘能力はないよ。あくまで私は記録媒体でしかないからね。もし私が消滅すれば、お前さんの中にある英雄の記録も消える」

 ライラが話している最中、一体、また一体と新たなモンスターが落下してくる。
 
「スキルは使用後、五分間は使用できない」
「それって……」

 瞬く間に増えるモンスターを前に、俺はごくりと息を飲む。

「全力で守っておくれよ、ナイト様。ま、今は逃げるしかないけど」
「そうだよね!」

 俺はライラの手を引き走り出す。
 引っ張って走ってはモンスターに追いつかれる。
 俺は彼女をお姫様のように抱きかかえる。

「スキルがなければ英雄の力は行使できない。でも、発動中に得た魔力や使用感は、発動後も残っている。何度か繰り返せば、そのうちスキルを使わなくても英雄の技能を模倣できるようになるよ」
「そんな解説今されても!」

 〖剣帝〗発動中、無尽蔵に湧き出ていた魔力はせき止められた。
 けれど俺の身体の中には、せき止められる直前までの魔力が残っている。
 魔力の近い方も、つたないながらも頑張って真似て、身体能力を底上げしていた。
 今はここが限界だ。
 次のスキル発動まで、彼女を連れて逃げ続けるしかない。
 のだけど……。

「ダメだ! このままじゃ追いつかれる!」

 せっかく力を手に入れたのに、これじゃ悔い殺されておしまいだ。
 なんとかしなきゃ。
 でもどうやって?

「スキルのインターバルを潰す方法は、異なるスキルを発動させること」
「それって!」
「〖剣帝〗以外にもう一つ、英雄の力を覚えればいい」
「そうか! いやでもこの状況……」

 もうすぐ後ろに魔物の群れが迫っている。
 のんびり英雄の記録を読み取る時間なんてない。
 
「わかってる。仕方ないなー、もう。こういうのはもっと親密度が上がってからすることなんだけどね」

 俺に抱きかかえられているライラが、俺の頬を両手で挟む。

「まったくスタイルの違う力を身に着けても負担が増えるだけだ。覚えるなら同系統、剣士がいい。私セレクトの一冊だよ。受け取れ」
「――ちょっ」

 顔が近づく。
 ギリギリで彼女が何をするのか理解した。
 走りながら、唇が重なる。
 その瞬間、数十年分の記録が、記録が脳内に流れ込む。

  ◇◇◇

 その男は海賊だった。
 見習いの下っ端で、与えられた役割は荷物番。
 まるで俺みたいな立場の少年は、ある時運命の出会いを果たす。
 それは海上での戦闘。
 海賊同士の戦いの末、少年は敵対している海賊船に取り残されてしまう。
 逃げるためにちょうどいい囮にされてしまったのだ。
 短い生涯が終える覚悟をした少年だったが、敵の海賊船の船長は、囮にされた少年を仲間に引き入れた。
 裏切りと略奪、それこそが海賊の本質。
 そんな誰も信じられないような世界で、少年は海賊とは思えないほどお人好しな船長と出会う。
 
 そうして少年の大冒険が始まった。
 七つの海を越え、悪い海賊たちから宝を取り返し、時に大騒ぎして。
 苦楽を共にする中で成長した少年は、一流の剣士になっていた。
 しかし、楽しい時間は長くは続かなかった。
 少年が元いた海賊団が勢力を拡大させ、かつての復習に乗り出した。
 激しい戦いの末、少年を助けた船長は無残な死を遂げてしまう。
 怒りと殺意に燃える少年に、恩人である船長が残した言葉は――

 自由に生きろ。
 何者にも縛られるな。

 遺言の通り、彼は自由に生きることに決めた。
 残った仲間たちを束ね、新たな船長となった元少年は、かつて恩人が語った夢……この世界の全てを見るという願いを引き継いだ。
 そうして大冒険は続き、全ての海を制覇した彼を、人々はこう呼ぶ。
 
 全ての青を手に入れた海域の覇者――〖汪剣おうけん〗。

  ◇◇◇

 唇が離れる。
 わざとらしくうっとり顔のライラが俺に言う。

「さて、君は誰だ?」

 俺は立ち止まり、彼女を下ろす。
 両手には特殊な形状をした特大のカトラスが二振り。
 かつての恩人から譲り受けた海の宝。
 魔剣――双月。

 【告】――〖汪剣〗をインストールしました。

「行くぞ!」

 迫るモンスターの群れに駆け出す。
 海域の覇者、その剣技は流麗なダンスのごとし。
 留まることない連撃、回転と華麗な足運びによってモンスターの中を舞い踊る。

「美しいね。まるで、岩だらけのこの場所に、海の波を顕現しているかのようだ」

 ライラの声が響く。
 波が凪、静けさと共にモンスターは倒れ、結晶となる。
 こうして俺は、二人目の英雄を味方につけた。
 剣帝と汪剣、どちらも剣士でありながら、その在り方はまるで異なる。
 英雄の数だけ物語があり、その生涯によって形作られた剣技は、まさに人生そのものだった。
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