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憤怒 / シアンの章

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 【色欲】の煙管は無事に回収することができた。
 能力によって作り出された幻影の街も崩壊し、俺たちは草原に放り出される。
 俺や弟子たちに外傷はない。
 それぞれ幻術を突破する術を身に着けていたから。
 しかし一人、【色欲】の夢に魅せられ、心に深いダメージを追ってしまったのは……。

「先生、殿下は大丈夫でしょうか?」
「目覚めるまではわからないな」
「心配だぁ~」
「そうだな。早く次の街に移動してしまおう」

 混乱する彼女を無理やり眠らせた。
 あのまま放置すれば、より幻術の影響が浸透し、心を破壊されていただろうから。
 今も彼女は俺の背中で眠っている。
 彼女を担ぎ、地図にある次の街へ向かう。

「シアン、地図を見て先導を頼む」
「……」
「シアン?」
「あ、ええ、わかったわ」

 ぼーっとしていた彼女が慌ててカバンから地図を取り出し、現在地と一番近い街を確認する。
 いつもリーナ以上にテキパキ行動する彼女が、今みたいにぼーっとしているのは珍しい。

「……念のため確認するが、お前たちはどこまで見せられた?」
「夢の話ですか?」
「ああ」
「最初の幸福な夢だけだったと思います」
「そうか」

 俺が夢の中で発動した【十纏ジッテン】のけんは、術式効果自体を一時的に解除させる。
 その影響は俺だけではなく、術者である煙管の女自身に及ぶ。
 香りを嗅がせることで発動する夢の破壊。
 どうやら三人の弟子たちも夢を見始め、俺の術式によって解除されたようだ。
 つまり彼女たちの場合、自分の理想の光景のみを見せられた……ある意味いいとこ取りのような状態だったわけか。
 いくら彼女たちでも、夢の破壊が完全に発動していたら、精神的なダメージを受けていただろう。
 タイミングに救われたな。
 逆に彼女、ロール姫はギリギリ間に合わなかった。
 俺と同じタイミングで夢が始まったから。

「しくじったな」
「せんせー?」
「なんでもない。急ごうか」

 俺はロール姫を背中にかかえ、弟子たちと共に一番近い街に移動した。
 適当に宿屋を探し、部屋を借りて彼女をベッドに寝かせた。
 戦闘後からすでに半日が経過しているが、未だにロール姫は目覚めない。
 今なら文句も言われないし、別々の部屋をとってもよかったが……。

「さすがにできないな」

 俺とロール姫は同じ部屋を、弟子たちは三人部屋を借りる。
 すでに時間も遅く、日付も先ほど変わった。
 俺も少し疲れている。
 今日こそはゆっくり眠りたいところだが、彼女が目覚めた時、声をかけてあげられないのはよくないと思った。
 どうやら今夜も眠れない。
 しかし今は、俺の責任でもある。

「お母さん……か」

 夢の破壊を受けた直後、彼女は何度も呼んでいた。
 彼女の母親……。
 呪具の回収を俺に依頼するため、たった一人であの山奥までやってきた。
 女の子なのに男性のフリをしている。
 彼女には謎が多い。
 もしかすると、彼女の母親が大きく関係しているのかもしれない。
 知りたい気持ちはあるが、彼女次第だ。
 
「ぅ……アン、セル……?」
「――! 気が付いたか」

 ようやく、彼女がゆっくり目を開いた。
 ぼーっとしながら視線を動かし、俺の名前を呼んだ。

「ここは……?」
「あの場所から一番近い街の宿だ」
「……どのくらい、眠っていたの?」
「半日くらいかな」
「そう……」

 静寂。
 無言のまま数秒、彼女はゆっくり起き上がろうとする。

「無理するなよ」
「大丈夫、身体はどこも悪くないから」
「身体はそうでも……心は違うだろ?」
「……それも含めて平気」

 ロール姫は悲しそうに自分の胸に手を当て、呟く。

「あれは全部夢だって、もうわかっているから」
「……悪かった」
「……? どうしてあなたが謝るの?」
「俺の判断ミスだ。もっと早い段階で術式を発動させていれば、幸福な夢を破壊されることもなかった」

 どういう術式効果なのか、興味本位で体験してしまった。
 俺に幻術は通じない。
 どんな光景を見せられても、俺が本当の意味で取り乱すことはないだろう。
 その自信があったから、様子見をしてしまった。
 彼女の手を握っていたはずなのに、夢の中で共にいることを忘れていたことが、俺にとって一番の反省点だ。
 興味も煩悩の一種。
 俺は無関心を貫き、ただただ機械的に術式を処理するべきだった。

「あなたのせいじゃない。途中でも、助けられたから……ありがとう」
「……」
「聞いてもいいよ」
「え?」
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