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色欲の章

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「――!?」
「三人がいなくなったよ!」
「油断したな……こういう面倒な仕掛けもあるのか」
 
 相手の領域に踏み込んだ瞬間だ。
 リーナたち三人が姿を消し、俺たちだけが残された。
 おそらくリーナたちは三人一緒に移動させられたか、どこかに隠された。
 俺とロール姫が一緒なのは、彼女が俺の手を握っていたからだ。

「どうするの? このまま進む?」
「しかないな。さっさと呪具を回収しよう。彼女たちなら大丈夫だ。幻術への対処法は心得ている」
「信頼しているのね」
「ああ。それに、彼女たちに何かある前に、俺が決着を付ければいいだけの話……?」

 街も霧のような煙で覆われている。
 人間の気配はなかった。
 しかし魔力は感じ取れる。
 魔力の中心が徐々に、こちらに近づいているのを感知する。

「姫様は俺の後ろに」
「何かわかったの?」
「まだ……でも、来るよ」

 コトン、と足音が響く。
 ここまで近づけば、ロール姫にも感じ取れる。
 煙の中から一人の女性が現れた。
 見た目でしかわからないが年上っぽくて、どこか妖艶で不気味な女性……。
 右手には煙管をもち、煙を吹かせている。
 
「驚いたわ。私の煙に逆らえる人間がいるなんて。全員捕えたつもりだったのに」
「――俺も驚いたよ。そちらから姿を見せるとは、よほど自信家らしいな」

 間違いない。
 あの煙管こそが呪具だ。

「煙管か。中々おしゃれな武器だな」
「そうでしょう? 私もこの見た目は気に入っているわ。【大罪法典】の中でも、これに選ばれたことは幸運だったわね」
「その幸運もここまでだ。呪具を渡してもらおう。女性相手に手荒な真似はしたくない」
「あら、優しいのね? それによく見たらとっても素敵な顔、好みのタイプだわ。ねぇ、あなた私の恋人にならない?」

 ……え?
 今なんて言った?
 聞き間違えか?

「何を言ってるんだ?」
「恋人になってほしいのよ。一目ぼれしちゃったわ」
「……」

 聞き間違えじゃなかった。
 告白されたぞ。
 人生で初めて女性から!
 いつになく心が高ぶり熱くなるのを感じる。
 
「惑わされないでよ」
「と、当然だ」
「じー……」
「大丈夫だ!」

 俺はこれでも大賢者の後継だ。
 心の乱れはそのまま煩悩。
 制御しろ。
 高ぶるな、静まれ。

「嬉しい誘いだけど、丁重にお断りさせてもらおうか」
「あら、残念ね。本気だったのよ?」
「っ……」
「ちょっと、惑わされてませんか?」
「平気だ」

 女性の誘いを初めて断ってしまった。
 なんという喪失感。
 しかし俺は動じない。
 相手は俺を誘惑し、心を乱そうとしているだけだ。
 そう、本気で俺に告白することなんて……ない……うわぁ、自分で考えるほど空しくなる。

「何を言われても俺は靡かない。大人しくそれを渡すんだ」
「残念。せっかく十五人目の恋人候補が見つかったと思ったのに」
「……十五人目?」
「ええ。素敵な男性は全員私の恋人にしているのよ。あなたもそうしてあげようと思ったのに」

 この尻軽女がぁ!
 俺を純粋な心を弄びやがったなこの野郎!
 と、心が荒ぶりそうだったのでぐっと堪える。

「でも安心して? あなたもきっと、私に魅了される……いいえ、何も考えなくてよくなるわ」
「――!」

 この甘い匂い……まさか。
 視界が歪む。
 油断だ。
 これまでの会話も、この匂いから意識を逸らすための演技だったのか。

「さぁ、夢の世界へご招待しましょう」
「くっそ……」

  ◇◇◇

 意識が目覚める。
 身体が少し重い。
 瞼も。
 ゆっくり目を開けると、そこは懐かしき道場、俺の寝室だ。

「ここは……」
「先生!」

 リーナがいる。

「師匠、こっち見てよ」

 その隣にシアンも。
 二人がいるなら当然、彼女もいる。

「せんせー、楽しいことしよーよー」
「スピカも……」

 三人がベッドで横になる俺の上に、裸で乗りかかっている。
 俺は瞬時に察する。
 これは幻だ。

「本物のお前たちは、そんなはしたない格好をしない」
「どうして?」
「師匠だってこうしたかったでしょ?」
「せんせーのこと、スピカたちは大好き! だから何されてもいいよ」

 俺を誘惑している。
 無自覚ではなく、意識的に。
 それが逆に、現実との乖離を生み、俺の中で確かな確信を抱かせる。

「無駄だ。俺を惑わすことはできないよ」

 俺を幻術にかけたことは驚いている。
 魔力を完全に制御している俺を惑わせる術があるなんて思わなかった。
 新しい体験だ。
 俺もまだまだ修行が足りないと自覚できたよ。

「もう終わりにしよう」
「いいのかな?」
「――ロール姫?」

 彼女が隣に立っている。
 当然のように彼女も裸で、女性であることを隠しもしていない。
 そんな彼女は指をさす。

「ほら、見て」
「――!」

 気づけば俺に誘いをかけていた彼女たちはいなくなり、見知らぬ男と幸せそうに抱きしめ合っていた。

「君が拒絶するから、みんな他の男に取られちゃったよ」
「……」
「私もほら、こんなに求めていたのに……残念ね」

 ロール姫も見知らぬ男たちに囲まれて、幸せそうな笑みを浮かべる。
 俺の元から、慕ってくれていた弟子たちが、頼ってくれた姫様がいなくなる。
 独りぼっちになり、他人と幸せな笑みを浮かべる彼女たちを見せられる。

 幸福からの、絶望。
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