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リーナの章
⑥
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翌日。
リーナには見合いの場が設けられた。
相手はアルダート家と古くから懇意にしているダッペン子爵家。
貴族としての位はアルダート家よりも低いため、対等の関係ではない。
古くからの付き合いがなければ、とっくに関係も途切れている。
故に適度に関係だけばいいと、アルダート家は考えていた。
そして今、両家の関係を続けるための道具として選ばれたのは、リーナだった。
「初めまして、リーナ・アルダートです」
「グルドン・ダッペンです。ようこそ我が別荘へ。今日から私たちは婚約者です。仲良くしていきましょう」
「……はい」
明らかに歳は二回り以上離れている。
貴族らしくぶくぶく太り、やらしい視線でリーナの身体を眺める男。
こんな男と婚約し、しばらく一緒に暮らさなければならない。
リーナの心は深く沈んでいく。
同じ男でも、常に紳士的で頼もしかったアンセルとは明らかに違う。
下心丸出しで、今にも襲い掛かってきそうだった。
「部屋を案内しましょう」
「はい」
耐えられるだろうか。
リーナの頭はそれだけでいっぱいで、もしもアンセルの下で修業をつんでいなければ、今頃また逃げ出していただろうと考えていた。
しかし自分で選んだ道である。
アンセルたちに迷惑をかけないために。
彼女はここへ残ることを決めた。
「ここがリーナの……ああ、もうダメだ」
「え、きゃ!」
部屋へ案内された途端、グルドンはリーナをベッドへ押し倒した。
「グルドン様?」
「ああ、いい身体をしている。出来損ないの娘を婚約者にするなど、侮辱された気分だったが! これは喜ばしい誤算だ!」
「や、やめて!」
「抵抗するな? 自分の立場はわかっているだろう? 君はもう私の婚約者なんだよ。さぁ、その身体で私を楽しませてくれ」
グルドンはリーナのドレスを破り捨てる。
抵抗することはできた。
魔術の修業をした彼女なら、この程度の男など造作もない。
けれど、気力が付きかけていた。
ここで抵抗したところで未来はない。
アンセルたちの迷惑にかかるなら、いっそこのまま……。
――嫌だ。
それは煩悩だ。
未熟な彼女だからこそ、後悔と不安、恐怖が混み上がってくる。
そんな時に人は、もっとも大切で信頼できる人を思い浮かべる。
助けを求める。
「助けて……先生」
「呼んだか?」
「――え?」
「は?」
突然、部屋の窓が開いた。
夜風と共に姿を見せる。
誰よりも大切で、信頼している人が。
◇◇◇
どうやらタイミング的にはギリギリ間に合ったらしい。
リーナは押し倒されているが、まだ怪我されてはいない。
ホッとすると同時に、豚のような男に嫌悪を抱く。
「な、なんだ貴様は! どこから入ってきた!」
こんなゲス男にリーナの身体を触られている?
ふざけるなよ。
「お、おい! 応えろ無礼者!」
「邪魔だ。肉塊」
「ふげっ!」
デコピン一発。
盛大に手加減したが、男は拭きとんで壁に激突して意識を失った。
本当はもっと吹き飛ばしたかったが、さすがにこれ以上やると殺しそうだから我慢しよう。
「大丈夫か? リーナ」
「どうして……先生がここに」
「ん? 決まっているだろ? 弟子のピンチにかけつけない師匠がどこにいる?」
「――!」
リーナの瞳から涙があふれだす。
我慢していたのだろう。
怖かったはずだ。
気持ち悪い男に抑えられて、精神的にも辛かっただろう。
「もう大丈夫だ。アルダート公爵のほうもな」
「え? それって……」
「今頃、ロール殿下が、アルダート公爵を糾弾していることだろうな」
◇◇◇
「で、殿下!?」
「調べさせてもらいましたよ。随分と悪さをしていたようですね」
ロールはアルダート公爵に、不正の証拠がずらっと並んだ紙を見せつけていた。
ここ数日の間、アンセルと共に駆け回り、調べた証拠の数々は、貴族の地位を揺るがすほどの量だった。
加えてロールは王子の立場にある人間。
間違った行いをした貴族を正す権利と義務、そして何より権利がある。
「この件は父上にも報告させてもらいます。厳しい処罰が下されるでしょう」
「そ、それは……」
「ただ、ボクもいい人間はありませんので、一つだけ言うことを聞いてくれたら、見逃してあげてもいいですよ?」
ロールはニヤリと笑みを浮かべる。
アルダート公爵は慌てて尋ねる。
「な、何なりと! どのような要求でも叶えてみせましょう」
「では一つ、約束してください。金輪際、リーナには関わらないと」
「は? なぜそんなことを……」
「誓ってくれますか?」
ロールは笑う。
アルダート公爵はびくりと身体を震わせる。
「ち、誓います! アルダート家は今後一切、リーナとは関わりを持ちません!」
「ありがとうございます。それでは……」
ロールは公爵に背を向けて立ち去る。
「これは貸し一つだよ」
◇◇◇
「――というわけで、公爵にはお前の自由を保障させた」
「そこまで……」
「これでお前は自由だ。どう生きるかは自分で決めればいい。今のお前には無限の選択肢がある」
今ならロール姫の助力で、アルダート家の正式な貴族として戻り、不自由ない生活を約束させることだって可能だ。
アルダート公爵家に金銭的な支援をさせて、一般人として生活だってできる。
わざわざ過酷な旅に同行する必要もない。
彼女が望むなら、何にだってなれるし、俺は応援しよう。
「お前が選ぶんだ。自分の居場所は」
「――私の……」
彼女は沈黙し、俺を見つめる。
そうして静寂を破り、口を開く。
「先生はあの日……ここは仮宿だって言ってくれました。自分がいたい場所が見つかるまでの間、過ごすだけの仮宿だって」
「ああ」
「でも、先生……私にとって一番いたい場所は……先生とみんながいる場所です」
「そうか」
ホッとしている自分がいる。
彼女が何を望んでも、応援するつもりでいた。
それでも俺は彼女に、共に歩む道を選んでほしかった。
「なら、戻ってくるといい。お前の居場所はここにある」
「はい……はい! 先生!」
「お帰りなさい、リーナ」
「ただいまです。先生」
そっと手を引き、俺は彼女を抱きしめる。
出会った時よりもずっと、大きく成長した身体を。
力いっぱいに抱きしめて、伝える。
ここが、お前の居場所なんだと。
リーナには見合いの場が設けられた。
相手はアルダート家と古くから懇意にしているダッペン子爵家。
貴族としての位はアルダート家よりも低いため、対等の関係ではない。
古くからの付き合いがなければ、とっくに関係も途切れている。
故に適度に関係だけばいいと、アルダート家は考えていた。
そして今、両家の関係を続けるための道具として選ばれたのは、リーナだった。
「初めまして、リーナ・アルダートです」
「グルドン・ダッペンです。ようこそ我が別荘へ。今日から私たちは婚約者です。仲良くしていきましょう」
「……はい」
明らかに歳は二回り以上離れている。
貴族らしくぶくぶく太り、やらしい視線でリーナの身体を眺める男。
こんな男と婚約し、しばらく一緒に暮らさなければならない。
リーナの心は深く沈んでいく。
同じ男でも、常に紳士的で頼もしかったアンセルとは明らかに違う。
下心丸出しで、今にも襲い掛かってきそうだった。
「部屋を案内しましょう」
「はい」
耐えられるだろうか。
リーナの頭はそれだけでいっぱいで、もしもアンセルの下で修業をつんでいなければ、今頃また逃げ出していただろうと考えていた。
しかし自分で選んだ道である。
アンセルたちに迷惑をかけないために。
彼女はここへ残ることを決めた。
「ここがリーナの……ああ、もうダメだ」
「え、きゃ!」
部屋へ案内された途端、グルドンはリーナをベッドへ押し倒した。
「グルドン様?」
「ああ、いい身体をしている。出来損ないの娘を婚約者にするなど、侮辱された気分だったが! これは喜ばしい誤算だ!」
「や、やめて!」
「抵抗するな? 自分の立場はわかっているだろう? 君はもう私の婚約者なんだよ。さぁ、その身体で私を楽しませてくれ」
グルドンはリーナのドレスを破り捨てる。
抵抗することはできた。
魔術の修業をした彼女なら、この程度の男など造作もない。
けれど、気力が付きかけていた。
ここで抵抗したところで未来はない。
アンセルたちの迷惑にかかるなら、いっそこのまま……。
――嫌だ。
それは煩悩だ。
未熟な彼女だからこそ、後悔と不安、恐怖が混み上がってくる。
そんな時に人は、もっとも大切で信頼できる人を思い浮かべる。
助けを求める。
「助けて……先生」
「呼んだか?」
「――え?」
「は?」
突然、部屋の窓が開いた。
夜風と共に姿を見せる。
誰よりも大切で、信頼している人が。
◇◇◇
どうやらタイミング的にはギリギリ間に合ったらしい。
リーナは押し倒されているが、まだ怪我されてはいない。
ホッとすると同時に、豚のような男に嫌悪を抱く。
「な、なんだ貴様は! どこから入ってきた!」
こんなゲス男にリーナの身体を触られている?
ふざけるなよ。
「お、おい! 応えろ無礼者!」
「邪魔だ。肉塊」
「ふげっ!」
デコピン一発。
盛大に手加減したが、男は拭きとんで壁に激突して意識を失った。
本当はもっと吹き飛ばしたかったが、さすがにこれ以上やると殺しそうだから我慢しよう。
「大丈夫か? リーナ」
「どうして……先生がここに」
「ん? 決まっているだろ? 弟子のピンチにかけつけない師匠がどこにいる?」
「――!」
リーナの瞳から涙があふれだす。
我慢していたのだろう。
怖かったはずだ。
気持ち悪い男に抑えられて、精神的にも辛かっただろう。
「もう大丈夫だ。アルダート公爵のほうもな」
「え? それって……」
「今頃、ロール殿下が、アルダート公爵を糾弾していることだろうな」
◇◇◇
「で、殿下!?」
「調べさせてもらいましたよ。随分と悪さをしていたようですね」
ロールはアルダート公爵に、不正の証拠がずらっと並んだ紙を見せつけていた。
ここ数日の間、アンセルと共に駆け回り、調べた証拠の数々は、貴族の地位を揺るがすほどの量だった。
加えてロールは王子の立場にある人間。
間違った行いをした貴族を正す権利と義務、そして何より権利がある。
「この件は父上にも報告させてもらいます。厳しい処罰が下されるでしょう」
「そ、それは……」
「ただ、ボクもいい人間はありませんので、一つだけ言うことを聞いてくれたら、見逃してあげてもいいですよ?」
ロールはニヤリと笑みを浮かべる。
アルダート公爵は慌てて尋ねる。
「な、何なりと! どのような要求でも叶えてみせましょう」
「では一つ、約束してください。金輪際、リーナには関わらないと」
「は? なぜそんなことを……」
「誓ってくれますか?」
ロールは笑う。
アルダート公爵はびくりと身体を震わせる。
「ち、誓います! アルダート家は今後一切、リーナとは関わりを持ちません!」
「ありがとうございます。それでは……」
ロールは公爵に背を向けて立ち去る。
「これは貸し一つだよ」
◇◇◇
「――というわけで、公爵にはお前の自由を保障させた」
「そこまで……」
「これでお前は自由だ。どう生きるかは自分で決めればいい。今のお前には無限の選択肢がある」
今ならロール姫の助力で、アルダート家の正式な貴族として戻り、不自由ない生活を約束させることだって可能だ。
アルダート公爵家に金銭的な支援をさせて、一般人として生活だってできる。
わざわざ過酷な旅に同行する必要もない。
彼女が望むなら、何にだってなれるし、俺は応援しよう。
「お前が選ぶんだ。自分の居場所は」
「――私の……」
彼女は沈黙し、俺を見つめる。
そうして静寂を破り、口を開く。
「先生はあの日……ここは仮宿だって言ってくれました。自分がいたい場所が見つかるまでの間、過ごすだけの仮宿だって」
「ああ」
「でも、先生……私にとって一番いたい場所は……先生とみんながいる場所です」
「そうか」
ホッとしている自分がいる。
彼女が何を望んでも、応援するつもりでいた。
それでも俺は彼女に、共に歩む道を選んでほしかった。
「なら、戻ってくるといい。お前の居場所はここにある」
「はい……はい! 先生!」
「お帰りなさい、リーナ」
「ただいまです。先生」
そっと手を引き、俺は彼女を抱きしめる。
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