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怠惰の章
④
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「いっぱい話をしたら疲れたわ。私はもう寝るわね」
「ああ、おやす――おい」
「何かしら?」
「なんでそこなんだ?」
ロール姫は俺の隣にピタリとくっついて、肩に寄りかかっている。
「リーナたちのほうへ行ってくれ」
「ダメよ。あの子たちは私のことを王子だと思っているんだから。男が近くにいたら不安でしょ? 男同士で近くにいたほうが自然だわ」
「この距離感は不自然だろ」
「いいじゃない。ここが落ち着くのよ」
俺はまったく落ち着かない。
リーナたちは王子だと思っているが、俺は普通に彼女を女の子として認識している。
女の子に寄りかかられて眠るとか、初めての経験なんだが?
「おい。いいから離れ――」
「スゥー……」
「もう寝てる」
数秒前には会話していたのに。
狸寝入り?
いや、寝息の感じが本当っぽいな。
「安心しきった顔しやがって」
王都から俺がいた道場まで、どれほどの距離だろう。
彼女は敵に襲われ、追われながらたった一人で俺の元までたどり着いた。
見せなかっただけで、ずっと気を張っていたんだろう。
「安心する……か。ふっ」
悪くはない気分だ。
弟子以外の誰かに頼られるというのも。
「偶にはいいか。こういうのも」
「そう? じゃあこれからもよろしくね?」
「――! お前……」
やっぱりこいつ、魔性の女だ。
◇◇◇
道場を出発して約十日後の午後。
俺たちは第一の目的地、リッシェルの街にたどり着いた。
王都に並ぶ大きな街。
観光名所としても知られている綺麗な街並みが魅力的で、幻想的な雰囲気を漂わせる。
今は余計に、異質な空気が漂っていた。
「ここがリッシェルか」
「ええ」
街は大堀で覆われていて、入り口は北と南の二か所のみ。
大きな門を潜って中に入るのだが、門は半分開いていて、門番らしき者もいない。
あまりに不用心だ。
外の街というのはこういうものなのだろうか?
ロール姫に質問すると、彼女は首を横に振って応える。
「本来なら、街を王国の騎士が警備しているわ」
「騎士の姿は見当たりませんよ?」
リーナがおでこに手を当て、遠くを見渡す。
俺たちは北門の前に訪れていたが、騎士の姿はなく、半開きになっているドアの先が見えている。
シアンがドアの先を見ながら言う。
「中に人も見えないわね」
「でも人の匂いはたくさんするよぉ~」
スピカがクンクンと鼻を動かす。
獣人である彼女は人間よりも五感が鋭く、嗅覚が発達している。
離れた距離でも人間の痕跡を辿ることができ、彼女の感覚は中に人がいることを教えてくれた。
俺も目を凝らし、魔力の痕跡を辿る。
「……確かにいるな」
姿が見えないだけで、かなりの数の人間が中にいる。
しかし弱っている?
感じられる魔力が弱々しく、流れも不自然だ。
人は動いていないのに、魔力だけが流れ出て、どこかへ集まっているような……。
「そういうことか」
「先生?」
「師匠は何か気づいたのね」
「さすがせんせー」
スピカが無自覚に身体を摺り寄せてくる。
集中力がそがれるから離れてほしいが、幸福感もあって抗い難い。
しかし今は弟子の前。
完璧な師匠を演じてみせよう。
「お前たちはここに残れ。ここから先は俺一人で行く」
「え、どうしていですか? 先生!」
「理由がわからないことが理由だよ。ここに踏み込めばどうなるか、三人ともわかるかい?」
俺が尋ねると、三人は考え込み、答えは出なかった。
リーナがしょんぼりして言う。
「わかりません……」
「魔力知覚を鍛えないといけないね。この街全体が、呪具の魔力に覆われているんだよ」
「街全体!? そんな広く?」
「そうだよ。お前たちが気づけなかったのも、魔力がこの地と同化しているからだ」
驚くシアンにそう説明し、俺は荷物を地面に置く。
ここから先は、呪具使いのテリトリー。
何が起こるか俺にもわからない。
魔力知覚が未熟な三人を連れて行けば、確実に敵の術中にはまるだろう。
「もし一時間以内に戻らなかったら、三人とも道場へ戻るんだ。いいね?」
「はい」
「気を付けて、師匠」
「ちゃんと帰ってきてね?」
「もちろんそのつもりだよ」
心配してくれる三人の頭を一人ずつ撫でる。
彼女たちが自立するまではしっかり育てると決めている。
それが師匠として、彼女たちの人生を預かる身として当然のことだから。
俺は彼女たちに背を向け、歩き出す。
呪具……欲望が支配する街へ。
「ああ、おやす――おい」
「何かしら?」
「なんでそこなんだ?」
ロール姫は俺の隣にピタリとくっついて、肩に寄りかかっている。
「リーナたちのほうへ行ってくれ」
「ダメよ。あの子たちは私のことを王子だと思っているんだから。男が近くにいたら不安でしょ? 男同士で近くにいたほうが自然だわ」
「この距離感は不自然だろ」
「いいじゃない。ここが落ち着くのよ」
俺はまったく落ち着かない。
リーナたちは王子だと思っているが、俺は普通に彼女を女の子として認識している。
女の子に寄りかかられて眠るとか、初めての経験なんだが?
「おい。いいから離れ――」
「スゥー……」
「もう寝てる」
数秒前には会話していたのに。
狸寝入り?
いや、寝息の感じが本当っぽいな。
「安心しきった顔しやがって」
王都から俺がいた道場まで、どれほどの距離だろう。
彼女は敵に襲われ、追われながらたった一人で俺の元までたどり着いた。
見せなかっただけで、ずっと気を張っていたんだろう。
「安心する……か。ふっ」
悪くはない気分だ。
弟子以外の誰かに頼られるというのも。
「偶にはいいか。こういうのも」
「そう? じゃあこれからもよろしくね?」
「――! お前……」
やっぱりこいつ、魔性の女だ。
◇◇◇
道場を出発して約十日後の午後。
俺たちは第一の目的地、リッシェルの街にたどり着いた。
王都に並ぶ大きな街。
観光名所としても知られている綺麗な街並みが魅力的で、幻想的な雰囲気を漂わせる。
今は余計に、異質な空気が漂っていた。
「ここがリッシェルか」
「ええ」
街は大堀で覆われていて、入り口は北と南の二か所のみ。
大きな門を潜って中に入るのだが、門は半分開いていて、門番らしき者もいない。
あまりに不用心だ。
外の街というのはこういうものなのだろうか?
ロール姫に質問すると、彼女は首を横に振って応える。
「本来なら、街を王国の騎士が警備しているわ」
「騎士の姿は見当たりませんよ?」
リーナがおでこに手を当て、遠くを見渡す。
俺たちは北門の前に訪れていたが、騎士の姿はなく、半開きになっているドアの先が見えている。
シアンがドアの先を見ながら言う。
「中に人も見えないわね」
「でも人の匂いはたくさんするよぉ~」
スピカがクンクンと鼻を動かす。
獣人である彼女は人間よりも五感が鋭く、嗅覚が発達している。
離れた距離でも人間の痕跡を辿ることができ、彼女の感覚は中に人がいることを教えてくれた。
俺も目を凝らし、魔力の痕跡を辿る。
「……確かにいるな」
姿が見えないだけで、かなりの数の人間が中にいる。
しかし弱っている?
感じられる魔力が弱々しく、流れも不自然だ。
人は動いていないのに、魔力だけが流れ出て、どこかへ集まっているような……。
「そういうことか」
「先生?」
「師匠は何か気づいたのね」
「さすがせんせー」
スピカが無自覚に身体を摺り寄せてくる。
集中力がそがれるから離れてほしいが、幸福感もあって抗い難い。
しかし今は弟子の前。
完璧な師匠を演じてみせよう。
「お前たちはここに残れ。ここから先は俺一人で行く」
「え、どうしていですか? 先生!」
「理由がわからないことが理由だよ。ここに踏み込めばどうなるか、三人ともわかるかい?」
俺が尋ねると、三人は考え込み、答えは出なかった。
リーナがしょんぼりして言う。
「わかりません……」
「魔力知覚を鍛えないといけないね。この街全体が、呪具の魔力に覆われているんだよ」
「街全体!? そんな広く?」
「そうだよ。お前たちが気づけなかったのも、魔力がこの地と同化しているからだ」
驚くシアンにそう説明し、俺は荷物を地面に置く。
ここから先は、呪具使いのテリトリー。
何が起こるか俺にもわからない。
魔力知覚が未熟な三人を連れて行けば、確実に敵の術中にはまるだろう。
「もし一時間以内に戻らなかったら、三人とも道場へ戻るんだ。いいね?」
「はい」
「気を付けて、師匠」
「ちゃんと帰ってきてね?」
「もちろんそのつもりだよ」
心配してくれる三人の頭を一人ずつ撫でる。
彼女たちが自立するまではしっかり育てると決めている。
それが師匠として、彼女たちの人生を預かる身として当然のことだから。
俺は彼女たちに背を向け、歩き出す。
呪具……欲望が支配する街へ。
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