上 下
7 / 30
怠惰の章

しおりを挟む
 俺は人生において大きな決断をした。
 元々少ない荷物をまとめて、カバン一つを手にして道場を見回す。
 殺風景で何もない。
 改めて見ると、よくこんな場所で生活できていたなと感心するほどに。
 娯楽はもちろん、日々に変化もなかった。
 全てを魔術師としての研鑽に割り当てた生活。
 煩悩との戦いも、これから新しい段階へと移る。

「ここともしばらくお別れか」

 多少の寂しさは感じる。
 師匠に拾われてから二十年余り、俺はここで過ごした。
 俺にとっての世界は、この道場が全てだった。
 そんな場所を飛び出し、世界へ旅立つのは少々の不安と、隠しきれない期待が胸にある。
 これも一つの煩悩だが、致し方ない。
 俺もどうやら男の子らしい。

「お待たせしました! 先生」
「準備出来たわ」
「重いよぉ~ せんせー代わりに持ってぇ」

 俺の下に三人の弟子たちがやってくる。
 三人とも荷物を持ち、俺と一緒に出発する準備は万端の様子だ。
 彼女たちとは別に、俺の背後から足音が一つ。

「本当に彼女たちも連れていくの?」
「そのつもりですよ」

 振り返るより先に声をかけてきたのは、王子様ならぬお姫様だった。
 彼女は手を後ろで組み、キョトンと首を傾げる。

「いいの? とても危険な旅になるよ」
「わかっていますよ。ですが、ここに彼女たちだけを残して旅立つほうが不安です。俺の傍にいるほうが安全ですから」

 姫様からの依頼。
 七つの呪具の残り六つを探し、取り戻す旅にこれから出発する。
 その旅に、彼女たちも同行させる決定をした。
 
「それに何分、旅をするのは初めてですので。戦い以外の面でも、彼女たちには支えてもらいたいのですよ。ここでも私生活に関しては、彼女たちに任せていましたから」
「そう。あなたが納得しているなら、これ以上指摘するのは無駄ね」
「ご理解いただけて感謝します」

 俺は軽く頭を下げる。
 姫様の懸念も理解はできる。
 危険な旅にわざわざ実力が乏しい彼女たちを同行させるのは、足手まといを増やす行為だと、言葉には出さずに伝えているのだろう。
 そんなことは百も承知だが、師は弟子を育てるために存在するもの。
 この旅で彼女たちが成長し、一人前の魔術師になってくれたら、俺の師としての役目も果たせる。
 そうすれば、彼女たちは自由だ。
 どこでも好きに生きて行けるし、俺も心置きなく送り出せる。
 全ては俺が、大賢者の後継者という立場から解放されるために必要なこと。
 そう、俺は決めたんだ。
 この旅が終わったら、賢者として振る舞うのをやめると。
 目的達成のためなら何だってしよう。
 多少の不条理は受け入れる。
 というか、彼女たちのことよりも、もっと理解できないことがあるんだが……。

「皆さん、準備はできましたね?」
「はい! これからよろしくお願いします! ロール殿!」
「こちらこそ、皆さんの成長と活躍に期待しています」

 なぜだ?
 リーナはハッキリ見たはずだ。
 彼女だけじゃない。
 あの時、ロール王子が男ではなく、女性だということに。
 しかし俺以外の三人は、今も彼女のことを男性だと思って接している。
 戦い後の記憶を失っているわけでもない。
 ただ、彼女に対する認識だけがズラされている。
 俺はロール姫にしか聞こえない声量で、ぼそりと尋ねる。

「これがあなたの術式ですか?」
「さすが大賢者、気づいたのね?」
「予測だけですよ。精神干渉系の術式……相手の認識を一部変える効果ですか」
「正解です。私は相手に自分は男だと誤認させる術式を身に付けています」

 おそらく常時発動するものではない。
 それなら今も、魔力の流れを感じるし、そもそも常時発動なんてしたら魔力が持たない。
 賢者に匹敵する魔力操作の技術もいる。
 彼女にそこまでの技量があるとは思えない。
 相手に女だと思われそうになった瞬間にのみ発動させ、認識をずらす術式か。
 効果と範囲を限定することで、能力を向上させている。
 中々理にかなった使い方だ。

「そこまで性別を偽りたいのですか?」
「仕方ないのよ。女は国王になれない、なんてふざけたルールがあるの。私は国民には王子だと思ってもわらないと困るのよ」
「俺にはバレていますよ?」
「あなたは特別。そもそもあなたに、私の術式が効くとは思えないわ」

 正解だ。
 俺に精神干渉系の術式は通じない。
 魂を知覚し、魔力を支配下に置いている俺は、他の術式効果の侵入を許さない。
 俺に精神干渉や幻術をかけられるとすれば、同等の魔力量、出力、捜査技量を持った魔術師だけだろう。

「王になりたいのですね。あなたは」
「ええ、どうしても」
「理由を聞いても?」
「内緒よ。旅が無事に終わったら教えてあげる。知りたいなら、しっかり目的を達成してもらうわ」
「……ふっ、言われなくてもそうしますよ」

 俺にだって目的があるんだ。
 この旅を無事に終えて、俺は全てのしがらみから解放される。
 
「リーナ、スピカ、シアン。行こうか」
「はい! 先生!」
「準備はとっくに出来てるわ!」
「しゅっぱーつ!」

 こうして俺たちは旅立つ。
 二十年間お世話になった道場に背を向けて。
 もしかすると、もう二度とここには戻ってこないかもしれない。
 俺は以前、突然いなくなった師匠に怒りを感じた。
 絶対に自分は同じにならないと誓いもした。
 けど……理由は異なるが、俺も師匠と同じように、この地を去ろうとしている。
 改めて思う。
 ここを旅立つ決意をした師匠は……どんな気分だったのだろうか。

 俺は少し、楽しみだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

大好きな彼女を学校一のイケメンに寝取られた。そしたら陰キャの僕が突然モテ始めた件について

ねんごろ
恋愛
僕の大好きな彼女が寝取られた。学校一のイケメンに…… しかし、それはまだ始まりに過ぎなかったのだ。 NTRは始まりでしか、なかったのだ……

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~

ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。 城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。 速人は気づく。 この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ! この世界の攻略法を俺は知っている! そして自分のステータスを見て気づく。 そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ! こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。 一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。 そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。 順調に強くなっていく中速人は気づく。 俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。 更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。 強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 カクヨムとアルファポリス同時掲載。

聖女と間違えて召喚されたので追い出されましたが隣国の大賢者として迎えられましたので好きにします!

ユウ
ファンタジー
常にトラブルに巻き込まれる高校生の相馬紫苑。 ある日学校帰り手違いとして聖女と間違えて召喚されててしまった。 攻撃魔法が全くなく役立たずの烙印を押され追い出された後に魔物の森に捨てられると言う理不尽な目に合ったのだが、実は大賢者だった。 魔族、精霊族ですら敬意を持つと言われる職業だった。 しかしそんなことも知らずに魔力を垂流し、偶然怪我をした少女を救った事で事態は急変した。 一方、紫苑を追い出した国は隣国の姫君を人質にすべく圧力をかけようとしていたのだが…。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

処理中です...