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「その反応はピンときていないようだね」
「だ、だってそんな……意味がわかりません。強いことがなんの理由になるんですか?」
「本当にわかっていないんだね。自分の異常さにも気づいていないのかな? それとも見下しているのかな?」
「な、なにを言っているんですか?」

 彼の言葉は一つも伝わらない。
 単語の意味はわかっても、込められた感情が理解できない。
 ただ、少しずつ感じていく。
 彼の言葉に、態度に込められている感情、その一部を。

 怒りと怯え。

「君は小さい頃から特別だった。僕より先に魔法の才能を開花させ、大人でも使えないような魔法を簡単に身に付けて……今やこの国最高の魔法使いになった。凄いことだよ。尊敬はしている……けど、同じくらい妬ましくもあった」
「シーベルト……」
「君には理解できないだろう。自分より遥かに優れた人が傍らにいて、どれだけ足掻いても追いつけない絶望を。どんな時も比べられて、共にいるだけで敗北感を味わい続ける惨めさを」

 彼の表情が強張っていく。
 心からあふれ出る本心が表情と現れている。
 そんな風に感じていたなんて、私はまったく気づかなった。

「最近はそれだけじゃないよ。君を見ていると恐怖すら感じるんだ」
「恐怖?」
「こればっかりは僕だけが感じていることじゃない。君の周りのみんなが思っている。魔物と戦う君の姿は……同じ人間とは思えない。恐ろしい程に強くて……まるで怪物だよ。君は知らないだろうけど、騎士団の中で君は赤い悪魔なんて呼ばれているんだよ?」
「あ、悪魔!?」

 初めて知った。
 そんなことを言われていたなんて。
 というより赤?
 私の身体に赤い箇所なんてほとんどない。
 髪も銀色で、目の色は青い。
 服装も騎士団の服だから白がメインで、赤は少しだけラインが入っている程度だ。
 一体どこから赤の要素がきたのか……。
 理由は彼の口から語られる。

「魔物の大群を相手に一歩も引かず、その返り血を浴びながら次々に魔物を蹴散らしていく。その様を多くの団員が目撃してきた」

 赤ってそういうこと?
 血の色ってこと?

「僕も何度か目撃している。僕じゃなくても、あれは人間じゃないと思ってしまう。人の形をした悪魔か怪物だとね」
「人間じゃ……そ、それは誰が言い始めたのですか?」

 数秒前まで悲しさが勝っていたのに、今の話を聞いて怒りが込み上げてきた。
 さっきから聞いていれば、悪魔とか人間じゃないとか。
 国のため全力で戦い貢献している仲間に対して、そんな風に思うのは失礼じゃないの?
 そもそも女性に対して怪物って……。
 私は苛立ちを表情に出してしまっていた。
 シーベルトはそんな私を見ながらため息をこぼす。

「はぁ……そういう短気なところも理由の一つだよ。気に入らないとすぐ表情に出る。目上の者に対しても平気で言い返す。君がそうやって怒りを見せる度に僕は、刺激しないように宥めようと必死だったよ」
「っ、そ、それは……」

 身に覚えがある。
 彼の言う通り、私は少々短気なところがある。
 何かの拍子に苛立った時は、特にシーベルトが私に優しくしてくれた。
 おかげで一度も怒りを爆発させずに済んでいる。
 彼の気遣いは感じていた。
 だけどそれが、私への愛情ではなく恐怖からきていたなんて……。

「ごめんなさい……」
「今さら謝られたって無意味だよ。僕はもう、君を女性としては見られないのだから」
「……そんな……」
「君はただの、恐ろしい魔法使いだ。僕にとってはそれ以上でもそれ以下でもない。僕にも君が怪物にしか見えないんだ。怪物を愛することなんて、人間にはできないんだよ」

 冷たい瞳、鋭く刺さるような一言。
 この数分で嫌というほど感じて、理解させられる。
 彼の瞳にはもう、私は人間として映っていない。
 私たちの関係はずっと前から破綻していたんだ。
 ただ、彼を責める気持ちにはなれなかった。
 だって仕方がないことだから。
 私は彼の心労に気付いてあげられなかった。
 知らぬうちに神経をすり減らし、作り物の笑顔を見せていていたことに、全く気付けなかった。
 そんな私が、彼を非難することなんてできるはずもない。

「シーベルト、今までありが――」
「シーベルト様!」

 最後に感謝を伝えようとした。
 その言葉を遮るように、明るく高い声が彼を呼ぶ。
 私もよく知っている人物の声へと視線を向ける。
 彼女は嬉しそうに元気よく手を振りながら、私たちのほうへと駆け寄ってきた。

「やぁ、来てくれたんだね」
「もちろんです。シーベルト様からのお願いなら、私はどこへだって駆けつけますわ」
「ははっ、嬉しいことを言ってくれるね」

 彼女はシーベルトの元へと歩み寄り、満面の笑みで応えていた。
 
「……シリカ?」
「こんばんは。お姉さま」
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