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長女アイラ
Ⅳ
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大聖堂の扉が開き、一人の男性が姿を見せる。
一目見て、とても高貴な方なのだろうと察しがついた。
立ち振る舞い、容姿や服装が、王族らしさを醸し出していたから。
そして何より髪色と顔立ちが、彼にそっくりだった。
「やぁ、お邪魔するよ」
たった一言で、場が一瞬でピリピリした空気に包まれる。
今日もたくさんの人々が訪れている大聖堂で、こんなにも静かな瞬間が訪れるなんて、とても奇妙な感覚だった。
誰も声を発さない。
その代わり、膝をついて敬服する。
「かしこまらなくて良いよ。今の私はただのお客さんだ」
「そうおっしゃられても難しいでしょう。貴方様がメルフィス王子である限りは」
「はっはは、確かにその通りだね。ユレス司教、急に来てすまなかった」
私の前にユレスさんが立ち、皆が平伏する中で彼と話していた。
そうか。
やっぱりこの人が、ハミルのお兄さん。
この国の第一王子、メルフィス・ウェルネス様だったんだ。
大人びた感じは違うけど、見た目はよく似ている。
そんなことを考えて私は彼をじーっと見ていた。
本来ならば王族に対して、敬服もせずに見続けるなんて失礼なことだ。
でも私は、ハミルの重なって見えていた所為で、それを忘れていた。
メルフィス王子と目が合う。
ここでようやく、私は自分が堂々とし過ぎていることに気付く。
「ふぅん、そうか。君が噂に聞く聖女アイラかな?」
「は、はい! メルフィス王子、お会いできて光栄です」
「今さら畏まらなくてもいいよ。神の依代たる者が、軽々に他人に対して頭を下げるのも良くないだろう」
メルフィス王子はニコリと微笑んだ。
話し方は丁寧でおっとりとしている。
ハミルとは全然違うのに、同じような安心感を覚える。
これが兄弟というものなのかな。
「少し君と話がしたかったけど、間が悪かったようだね。また後で来るよ」
「は、はい! お待ちしております」
「うん、私も楽しみにしているよ。君が一体、どんなこと話してくれるのかをね」
そう言って、メルフィス王子は去っていった。
意味深な言葉を残して言ったけど、どういう意味なのだろう。
後から来ると言っていたし、そのときにわかるのかな。
それにしても――
「風のような人でしたね」
私がぼそりと呟くと、ユレスさんが言う。
「そうだね。二人とも」
「ええ」
ハミル王子と同じだ。
爽やかに吹き抜ける風のように、私たちの前を通り過ぎていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王城の一室。
机の上に山のように積まれた書類。
座っている彼は、せっせとその書類を片付けている。
「はぁ……」
特大のため息を漏らした。
ハミルはこきこきと首をならしてる。
仕事の疲れが身体に現れているのだろう。
大量にある書類の山は、とてもじゃないけど一日やそこらで片付く量ではない。
第一王子であるメルフィスが不在の分、第二王子のハミルに仕事が流れ込んできている影響だ。
トントントン――
「失礼します」
部屋の扉が開く。
ハミルが書類の山からひょこっと顔を出す。
入って来た使用人が、追加の書類を持ってきていた。
「ハミル王子、こちらの書類もお願いいたします」
「こ、こんなにか……」
「はい。陛下から殿下に、勝手に出歩いている分は働いてくれ、との伝言を預かっております」
「っ……父上らしいな」
好き勝手に出歩いていることを、ハミルの父である国王は知っている。
知った上で黙認しているが、甘いわけではない。
働かざる者食うべからずと言わんばかりに、大量の仕事を与えたりもする。
いろんな意味で平等かつ誠実な人だった。
「では失礼いたします」
「ああ」
使用人が去り、げんなりするハミル。
片付けた分の書類が、追加で増えてふりだしに戻った感じだ。
「これを全て片付けないと、次の外出は無理か……あいつに会えるのも、少し先だな」
ハミルは遠い目をして窓を見つめる。
彼にとって城外への行くことは、街の視察ともう一つの目的があった。
会いたい人がいる。
たくさん話をして、楽しく笑い合いたいと。
「あーいかんいかん! 二日前に会ったばかりだろう。今は集中しなくてはな」
パンと自分の頬をたたき、独り言で自分を鼓舞する。
すると、扉がガチャリと開く音が聞こえてきた。
さっきの使用人が戻って来たのかと思ったハミルは、仕事をしながら言う。
「まだ何か用か?」
「相変わらず仕事をため込んでいるようだな、ハミル」
「えっ、その声は――」
慌てて席を立ち、扉に目を向ける。
そこに立っていたのは、実の兄であるメルフィスだった。
「兄上! 戻られていたのですか?」
「ああ、少し用事があってね」
メルフィスは現在、周辺国家同士の対談に出席するため、隣国にある別荘で暮らしている。
ハミルは二か月は戻らないと予想していて、突然の訪室に驚きをかくせない。
「対談は?」
「まだ途中だ。明日には戻るよ」
どうやら一時的な帰国だったようだ。
「それに確かめたいこともあったからね」
「確かめたいこと?」
「ああ。お前から届く手紙に、面白いそうなことが書いてあったからな」
ハミルはここでピンとくる。
彼が戻って来た理由の一つに、アイラが関わっていることを。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ファンタジー作品ですが、一作公開しています。
よければどうぞ。
一目見て、とても高貴な方なのだろうと察しがついた。
立ち振る舞い、容姿や服装が、王族らしさを醸し出していたから。
そして何より髪色と顔立ちが、彼にそっくりだった。
「やぁ、お邪魔するよ」
たった一言で、場が一瞬でピリピリした空気に包まれる。
今日もたくさんの人々が訪れている大聖堂で、こんなにも静かな瞬間が訪れるなんて、とても奇妙な感覚だった。
誰も声を発さない。
その代わり、膝をついて敬服する。
「かしこまらなくて良いよ。今の私はただのお客さんだ」
「そうおっしゃられても難しいでしょう。貴方様がメルフィス王子である限りは」
「はっはは、確かにその通りだね。ユレス司教、急に来てすまなかった」
私の前にユレスさんが立ち、皆が平伏する中で彼と話していた。
そうか。
やっぱりこの人が、ハミルのお兄さん。
この国の第一王子、メルフィス・ウェルネス様だったんだ。
大人びた感じは違うけど、見た目はよく似ている。
そんなことを考えて私は彼をじーっと見ていた。
本来ならば王族に対して、敬服もせずに見続けるなんて失礼なことだ。
でも私は、ハミルの重なって見えていた所為で、それを忘れていた。
メルフィス王子と目が合う。
ここでようやく、私は自分が堂々とし過ぎていることに気付く。
「ふぅん、そうか。君が噂に聞く聖女アイラかな?」
「は、はい! メルフィス王子、お会いできて光栄です」
「今さら畏まらなくてもいいよ。神の依代たる者が、軽々に他人に対して頭を下げるのも良くないだろう」
メルフィス王子はニコリと微笑んだ。
話し方は丁寧でおっとりとしている。
ハミルとは全然違うのに、同じような安心感を覚える。
これが兄弟というものなのかな。
「少し君と話がしたかったけど、間が悪かったようだね。また後で来るよ」
「は、はい! お待ちしております」
「うん、私も楽しみにしているよ。君が一体、どんなこと話してくれるのかをね」
そう言って、メルフィス王子は去っていった。
意味深な言葉を残して言ったけど、どういう意味なのだろう。
後から来ると言っていたし、そのときにわかるのかな。
それにしても――
「風のような人でしたね」
私がぼそりと呟くと、ユレスさんが言う。
「そうだね。二人とも」
「ええ」
ハミル王子と同じだ。
爽やかに吹き抜ける風のように、私たちの前を通り過ぎていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王城の一室。
机の上に山のように積まれた書類。
座っている彼は、せっせとその書類を片付けている。
「はぁ……」
特大のため息を漏らした。
ハミルはこきこきと首をならしてる。
仕事の疲れが身体に現れているのだろう。
大量にある書類の山は、とてもじゃないけど一日やそこらで片付く量ではない。
第一王子であるメルフィスが不在の分、第二王子のハミルに仕事が流れ込んできている影響だ。
トントントン――
「失礼します」
部屋の扉が開く。
ハミルが書類の山からひょこっと顔を出す。
入って来た使用人が、追加の書類を持ってきていた。
「ハミル王子、こちらの書類もお願いいたします」
「こ、こんなにか……」
「はい。陛下から殿下に、勝手に出歩いている分は働いてくれ、との伝言を預かっております」
「っ……父上らしいな」
好き勝手に出歩いていることを、ハミルの父である国王は知っている。
知った上で黙認しているが、甘いわけではない。
働かざる者食うべからずと言わんばかりに、大量の仕事を与えたりもする。
いろんな意味で平等かつ誠実な人だった。
「では失礼いたします」
「ああ」
使用人が去り、げんなりするハミル。
片付けた分の書類が、追加で増えてふりだしに戻った感じだ。
「これを全て片付けないと、次の外出は無理か……あいつに会えるのも、少し先だな」
ハミルは遠い目をして窓を見つめる。
彼にとって城外への行くことは、街の視察ともう一つの目的があった。
会いたい人がいる。
たくさん話をして、楽しく笑い合いたいと。
「あーいかんいかん! 二日前に会ったばかりだろう。今は集中しなくてはな」
パンと自分の頬をたたき、独り言で自分を鼓舞する。
すると、扉がガチャリと開く音が聞こえてきた。
さっきの使用人が戻って来たのかと思ったハミルは、仕事をしながら言う。
「まだ何か用か?」
「相変わらず仕事をため込んでいるようだな、ハミル」
「えっ、その声は――」
慌てて席を立ち、扉に目を向ける。
そこに立っていたのは、実の兄であるメルフィスだった。
「兄上! 戻られていたのですか?」
「ああ、少し用事があってね」
メルフィスは現在、周辺国家同士の対談に出席するため、隣国にある別荘で暮らしている。
ハミルは二か月は戻らないと予想していて、突然の訪室に驚きをかくせない。
「対談は?」
「まだ途中だ。明日には戻るよ」
どうやら一時的な帰国だったようだ。
「それに確かめたいこともあったからね」
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ハミルはここでピンとくる。
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よければどうぞ。
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