上 下
38 / 46
長女アイラ

しおりを挟む
 大聖堂の扉が開き、一人の男性が姿を見せる。
 一目見て、とても高貴な方なのだろうと察しがついた。
 立ち振る舞い、容姿や服装が、王族らしさを醸し出していたから。
 そして何より髪色と顔立ちが、彼にそっくりだった。

「やぁ、お邪魔するよ」

 たった一言で、場が一瞬でピリピリした空気に包まれる。
 今日もたくさんの人々が訪れている大聖堂で、こんなにも静かな瞬間が訪れるなんて、とても奇妙な感覚だった。
 誰も声を発さない。
 その代わり、膝をついて敬服する。

「かしこまらなくて良いよ。今の私はただのお客さんだ」
「そうおっしゃられても難しいでしょう。貴方様がメルフィス王子である限りは」
「はっはは、確かにその通りだね。ユレス司教、急に来てすまなかった」

 私の前にユレスさんが立ち、皆が平伏する中で彼と話していた。
 
 そうか。
 やっぱりこの人が、ハミルのお兄さん。
 この国の第一王子、メルフィス・ウェルネス様だったんだ。
 大人びた感じは違うけど、見た目はよく似ている。

 そんなことを考えて私は彼をじーっと見ていた。
 本来ならば王族に対して、敬服もせずに見続けるなんて失礼なことだ。
 でも私は、ハミルの重なって見えていた所為で、それを忘れていた。

 メルフィス王子と目が合う。
 ここでようやく、私は自分が堂々とし過ぎていることに気付く。

「ふぅん、そうか。君が噂に聞く聖女アイラかな?」
「は、はい! メルフィス王子、お会いできて光栄です」
「今さら畏まらなくてもいいよ。神の依代たる者が、軽々に他人に対して頭を下げるのも良くないだろう」

 メルフィス王子はニコリと微笑んだ。
 話し方は丁寧でおっとりとしている。
 ハミルとは全然違うのに、同じような安心感を覚える。
 これが兄弟というものなのかな。

「少し君と話がしたかったけど、間が悪かったようだね。また後で来るよ」
「は、はい! お待ちしております」
「うん、私も楽しみにしているよ。君が一体、どんなこと話してくれるのかをね」

 そう言って、メルフィス王子は去っていった。
 意味深な言葉を残して言ったけど、どういう意味なのだろう。
 後から来ると言っていたし、そのときにわかるのかな。
 それにしても――

「風のような人でしたね」

 私がぼそりと呟くと、ユレスさんが言う。

「そうだね。二人とも」
「ええ」

 ハミル王子と同じだ。
 爽やかに吹き抜ける風のように、私たちの前を通り過ぎていった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 王城の一室。
 机の上に山のように積まれた書類。
 座っている彼は、せっせとその書類を片付けている。

「はぁ……」

 特大のため息を漏らした。
 ハミルはこきこきと首をならしてる。
 仕事の疲れが身体に現れているのだろう。
 大量にある書類の山は、とてもじゃないけど一日やそこらで片付く量ではない。
 第一王子であるメルフィスが不在の分、第二王子のハミルに仕事が流れ込んできている影響だ。

 トントントン――

「失礼します」

 部屋の扉が開く。
 ハミルが書類の山からひょこっと顔を出す。
 入って来た使用人が、追加の書類を持ってきていた。

「ハミル王子、こちらの書類もお願いいたします」
「こ、こんなにか……」
「はい。陛下から殿下に、勝手に出歩いている分は働いてくれ、との伝言を預かっております」
「っ……父上らしいな」

 好き勝手に出歩いていることを、ハミルの父である国王は知っている。
 知った上で黙認しているが、甘いわけではない。
 働かざる者食うべからずと言わんばかりに、大量の仕事を与えたりもする。
 いろんな意味で平等かつ誠実な人だった。

「では失礼いたします」
「ああ」

 使用人が去り、げんなりするハミル。
 片付けた分の書類が、追加で増えてふりだしに戻った感じだ。

「これを全て片付けないと、次の外出は無理か……あいつに会えるのも、少し先だな」

 ハミルは遠い目をして窓を見つめる。
 彼にとって城外への行くことは、街の視察ともう一つの目的があった。
 会いたい人がいる。
 たくさん話をして、楽しく笑い合いたいと。

「あーいかんいかん! 二日前に会ったばかりだろう。今は集中しなくてはな」

 パンと自分の頬をたたき、独り言で自分を鼓舞する。
 すると、扉がガチャリと開く音が聞こえてきた。
 さっきの使用人が戻って来たのかと思ったハミルは、仕事をしながら言う。

「まだ何か用か?」
「相変わらず仕事をため込んでいるようだな、ハミル」
「えっ、その声は――」

 慌てて席を立ち、扉に目を向ける。
 そこに立っていたのは、実の兄であるメルフィスだった。

「兄上! 戻られていたのですか?」
「ああ、少し用事があってね」

 メルフィスは現在、周辺国家同士の対談に出席するため、隣国にある別荘で暮らしている。
 ハミルは二か月は戻らないと予想していて、突然の訪室に驚きをかくせない。

「対談は?」
「まだ途中だ。明日には戻るよ」

 どうやら一時的な帰国だったようだ。

「それに確かめたいこともあったからね」
「確かめたいこと?」
「ああ。お前から届く手紙に、面白いそうなことが書いてあったからな」

 ハミルはここでピンとくる。
 彼が戻って来た理由の一つに、アイラが関わっていることを。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ファンタジー作品ですが、一作公開しています。
よければどうぞ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

妾の子と蔑まれていた公爵令嬢は、聖女の才能を持つ存在でした。今更態度を改められても、許すことはできません。

木山楽斗
恋愛
私の名前は、ナルネア・クーテイン。エルビネア王国に暮らす公爵令嬢である。 といっても、私を公爵令嬢といっていいのかどうかはわからない。なぜなら、私は現当主と浮気相手との間にできた子供であるからだ。 公爵家の人々は、私のことを妾の子と言って罵倒してくる。その辛い言葉にも、いつしかなれるようになっていた。 屋敷の屋根裏部屋に閉じ込められながら、私は窮屈な生活を続けていた。このまま、公爵家の人々に蔑まれながら生きていくしかないと諦めていたのだ。 ある日、家に第三王子であるフリムド様が訪ねて来た。 そこで起こった出来事をきっかけに、私は自身に聖女の才能があることを知るのだった。 その才能を見込まれて、フリムド様は私を気にかけるようになっていた。私が、聖女になることを期待してくれるようになったのである。 そんな私に対して、公爵家の人々は態度を少し変えていた。 どうやら、私が聖女の才能があるから、媚を売ってきているようだ。 しかし、今更そんなことをされてもいい気分にはならない。今までの罵倒を許すことなどできないのである。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

私が死んだあとの世界で

もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。 初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。 だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。

わたしを捨てた騎士様の末路

夜桜
恋愛
 令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。  ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。 ※連載

ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?

ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。 一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...