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大天才の素顔③
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王国きっての大天才は、今もぐっすり夢の中である。
あまりに気持ちよさそうに眠っているので、起こすのが少し躊躇われる。
相手はこの国の王子様だ。
無礼があってはいけない。
寝坊しているとはいえ、起こすときも経緯を払って……。
「殿下! いつまで寝ているおつもりですか!」
そんなことお構いなしに、ステラは殿下が被っていた布団を取っ払った。
びくっと震える殿下の身体は、奪われた布団を無意識に探す。
「寒い」
「朝ですよ!」
「眠い」
「いいから起きてください!」
ステラは殿下の両手首を掴むと、そのまま強引にひっぱり起こした。
私は少し慌てる。
「あの、そんな強引に起こしても大丈夫なんですか?」
「いいんです! これくらいやらないと起きないんですよ? このお方は」
「でも、王子……ですよね?」
「はい。第一王子様です」
「不敬罪とか……」
「そんなことを恐れていたら、殿下のお世話なんてできません!」
ステラはキッパリと言い切った。
その堂々たる態度と言動には、私も見習わなければと心に響く。
「揺らすな~ 俺はまだ眠いんだぁ」
「いい加減にしてください! 本日から新しい方もお見えになられているんですよ!」
「新しい?」
殿下は寝ぼけ眼で私のほうを見る。
目が合った気がしたので、私はピシッと背筋を伸ばして挨拶をする。
「ミスティア・ブレイブです! 本日より殿下の専属騎士に配属されました! よろしくお願いします!」
「……」
「あ、あの……」
「誰だ? お前は……」
「えぇ!」
まさかの反応に声を上げて驚いてしまった。
まだ寝ぼけているのだろうか。
私は必死にアピールする。
「ミスティアです! 昨日の試験で殿下と戦いました!」
「ん……あー、そういえばそうだった。あれのせいで無駄に疲れたんだ。今日は休ませてくれ。じゃ、おやすみ」
「殿下!」
布団を回収して眠ろうとする殿下を、ステラが無理やり引っ張り起こす。
しかし殿下は寝ようとやめない。
二人の攻防が白熱する。
「離せステラ。王族の眠りを妨げるなんて不敬だぞ?」
「もうすぐお昼ですよ! こんな時間まで寝ているなんて許されません! 殿下こそ、王子としての自覚を持ってください!」
「あ、あの……」
「ミスティアさんも手伝ってください!」
「は、はい!」
私はステラに加勢して、殿下をベッドから引きずり下ろした。
殿下はベッドの横にぐでんと転がる。
「くっ……二人ががかりは卑怯だぞ? 大体、扉はどうした? 鍵は?」
「ミスティアさんに協力してもらってこじ開けました」
「そっちもか。ちっ、ステラ一人じゃギリギリ開けられない強度に扉ごと作り替えたんだがな。今度から強度をもっと上げるか」
「無駄なことに魔法を使わないでください!」
鍵だけじゃなくて、扉ごと殿下が作り替えていたらしい。
本当に無駄な才能の乱用だ。
観念した殿下は立ち上がり、ポリポリと頭をかいて扉のほうへと歩み寄る。
「鍵を壊してくれたな」
「殿下が起きないからです」
「まったく、俺が相手じゃなければ不敬罪だぞ?」
「これで不敬罪なら、私はとっくの昔に牢屋行きですよ!」
物怖じしないステラの態度に、殿下はやれやれと首を振る。
壊れた扉の鍵に手をかざすと、一瞬にして修復された。
驚いた私は声に出す。
「回復した?」
「時間を巻き戻しただけだ」
「時間を!」
時間操作は、魔法の中でも上位に位置する高難易度だ。
使える人はほとんどいないはず。
それをいともたやすく、詠唱や魔法陣もなしに……。
「生物には使えないがな。この程度を修復するなど造作もない」
「……」
やっぱり、この人は天才だ。
「その才能をもっと王子として使ってください」
「使っているぞ? 俺が俺のために使っている」
「無駄遣いが多すぎます!」
「無駄かどうかは俺が決めることだ」
ステラは呆れた顔でため息をこぼす。
凛々しく強かった昨日の殿下とはまるで別人だ。
近寄り難さが薄れ、どこにでもいる普通の人間に見えてしまう。
果たしてどちらが本当の殿下なのか。
困惑していると、殿下と視線が合う。
「昨日はご苦労だったな」
「は、はい!」
「お前との戦いは中々楽しめたぞ。俺にあそこまで食い下がったのは、最近じゃお前くらいだ」
「光栄です!」
「そう畏まるな。俺は堅苦しいのは好きじゃない」
「そ、そう言われましても……」
相手は王族だ。
何か粗相をしてしまったら、せっかく手に入れたチャンスを失うかもしれない。
そう思うと怖かった。
私が感じていた恐怖を、殿下は感じ取ったのだろう。
不機嫌そうに言う。
「まさか俺が、不敬な態度に腹を立てる器の小さい男だとでも思っているのか?」
「い、いえ!」
「さっき不敬罪とおっしゃいましたよね?」
「気のせいだ」
じとーっと隣でステラが見つめるが、それを無視して続ける。
「立場を主張するために必要なもの、それは力だ。武力、財力、権力……様々な種類があるが、どれでもいい。お前の強さを証明できるならな」
「私の……強さ」
何だろう?
今の言葉を、いつか誰かに言われたような気がする。
「弱い奴の意見など誰も耳を傾けない。強さこそが存在証明だ。自分の価値を証明しろ。自分はここにいるのだと主張しろ。そうすれば――」
道は開ける。
七年前、私の道を示してくれた言葉と姿が重なる。
「お前はしっかり、それを証明したわけだ」
「――!」
もしかして……。
あまりに気持ちよさそうに眠っているので、起こすのが少し躊躇われる。
相手はこの国の王子様だ。
無礼があってはいけない。
寝坊しているとはいえ、起こすときも経緯を払って……。
「殿下! いつまで寝ているおつもりですか!」
そんなことお構いなしに、ステラは殿下が被っていた布団を取っ払った。
びくっと震える殿下の身体は、奪われた布団を無意識に探す。
「寒い」
「朝ですよ!」
「眠い」
「いいから起きてください!」
ステラは殿下の両手首を掴むと、そのまま強引にひっぱり起こした。
私は少し慌てる。
「あの、そんな強引に起こしても大丈夫なんですか?」
「いいんです! これくらいやらないと起きないんですよ? このお方は」
「でも、王子……ですよね?」
「はい。第一王子様です」
「不敬罪とか……」
「そんなことを恐れていたら、殿下のお世話なんてできません!」
ステラはキッパリと言い切った。
その堂々たる態度と言動には、私も見習わなければと心に響く。
「揺らすな~ 俺はまだ眠いんだぁ」
「いい加減にしてください! 本日から新しい方もお見えになられているんですよ!」
「新しい?」
殿下は寝ぼけ眼で私のほうを見る。
目が合った気がしたので、私はピシッと背筋を伸ばして挨拶をする。
「ミスティア・ブレイブです! 本日より殿下の専属騎士に配属されました! よろしくお願いします!」
「……」
「あ、あの……」
「誰だ? お前は……」
「えぇ!」
まさかの反応に声を上げて驚いてしまった。
まだ寝ぼけているのだろうか。
私は必死にアピールする。
「ミスティアです! 昨日の試験で殿下と戦いました!」
「ん……あー、そういえばそうだった。あれのせいで無駄に疲れたんだ。今日は休ませてくれ。じゃ、おやすみ」
「殿下!」
布団を回収して眠ろうとする殿下を、ステラが無理やり引っ張り起こす。
しかし殿下は寝ようとやめない。
二人の攻防が白熱する。
「離せステラ。王族の眠りを妨げるなんて不敬だぞ?」
「もうすぐお昼ですよ! こんな時間まで寝ているなんて許されません! 殿下こそ、王子としての自覚を持ってください!」
「あ、あの……」
「ミスティアさんも手伝ってください!」
「は、はい!」
私はステラに加勢して、殿下をベッドから引きずり下ろした。
殿下はベッドの横にぐでんと転がる。
「くっ……二人ががかりは卑怯だぞ? 大体、扉はどうした? 鍵は?」
「ミスティアさんに協力してもらってこじ開けました」
「そっちもか。ちっ、ステラ一人じゃギリギリ開けられない強度に扉ごと作り替えたんだがな。今度から強度をもっと上げるか」
「無駄なことに魔法を使わないでください!」
鍵だけじゃなくて、扉ごと殿下が作り替えていたらしい。
本当に無駄な才能の乱用だ。
観念した殿下は立ち上がり、ポリポリと頭をかいて扉のほうへと歩み寄る。
「鍵を壊してくれたな」
「殿下が起きないからです」
「まったく、俺が相手じゃなければ不敬罪だぞ?」
「これで不敬罪なら、私はとっくの昔に牢屋行きですよ!」
物怖じしないステラの態度に、殿下はやれやれと首を振る。
壊れた扉の鍵に手をかざすと、一瞬にして修復された。
驚いた私は声に出す。
「回復した?」
「時間を巻き戻しただけだ」
「時間を!」
時間操作は、魔法の中でも上位に位置する高難易度だ。
使える人はほとんどいないはず。
それをいともたやすく、詠唱や魔法陣もなしに……。
「生物には使えないがな。この程度を修復するなど造作もない」
「……」
やっぱり、この人は天才だ。
「その才能をもっと王子として使ってください」
「使っているぞ? 俺が俺のために使っている」
「無駄遣いが多すぎます!」
「無駄かどうかは俺が決めることだ」
ステラは呆れた顔でため息をこぼす。
凛々しく強かった昨日の殿下とはまるで別人だ。
近寄り難さが薄れ、どこにでもいる普通の人間に見えてしまう。
果たしてどちらが本当の殿下なのか。
困惑していると、殿下と視線が合う。
「昨日はご苦労だったな」
「は、はい!」
「お前との戦いは中々楽しめたぞ。俺にあそこまで食い下がったのは、最近じゃお前くらいだ」
「光栄です!」
「そう畏まるな。俺は堅苦しいのは好きじゃない」
「そ、そう言われましても……」
相手は王族だ。
何か粗相をしてしまったら、せっかく手に入れたチャンスを失うかもしれない。
そう思うと怖かった。
私が感じていた恐怖を、殿下は感じ取ったのだろう。
不機嫌そうに言う。
「まさか俺が、不敬な態度に腹を立てる器の小さい男だとでも思っているのか?」
「い、いえ!」
「さっき不敬罪とおっしゃいましたよね?」
「気のせいだ」
じとーっと隣でステラが見つめるが、それを無視して続ける。
「立場を主張するために必要なもの、それは力だ。武力、財力、権力……様々な種類があるが、どれでもいい。お前の強さを証明できるならな」
「私の……強さ」
何だろう?
今の言葉を、いつか誰かに言われたような気がする。
「弱い奴の意見など誰も耳を傾けない。強さこそが存在証明だ。自分の価値を証明しろ。自分はここにいるのだと主張しろ。そうすれば――」
道は開ける。
七年前、私の道を示してくれた言葉と姿が重なる。
「お前はしっかり、それを証明したわけだ」
「――!」
もしかして……。
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