上 下
3 / 43

プロローグ③

しおりを挟む
 お父様がなくなって、一週間が経過した。
 葬式が執り行われ、遺体は火葬された。
 酷い状態だったから、子供には見せられないと言われ、お母様だけがお父様の遺体を確認した。
 お母様は初めて見せるほど青ざめていた。
 当然だろう。
 大切な人の悲惨な姿を見て、平静でいられるはずもない。
 お母様は何度も謝りながら、私のことを抱きしめた。
 
 お父様がなくなったことで、ブレイブ家の当主はお母様が引き継いだ。
 当然ながら、今まで通りではいられない。
 ブレイブ家は騎士の家系だ。
 お父様の存在が、ブレイブ家を支えていた。
 今のブレイブ家は、大きな柱を失い、不安定な状態にある。
 騎士の家系に騎士がいない。
 それはそのまま、ブレイブ家の存在意義を失うことを意味する。
 放置すればいずれ、貴族としての地位も失われ、ブレイブ家の名は消えるだろう。

「大丈夫よ。私に任せて」
「お母様……」
「ミスティアは何も心配しなくていいわ」

 お母様は一人、ブレイブ家を存続させるために奮闘した。
 懇意にしてくれている貴族に支援を相談したり、新たな騎士を外から迎え入れられないかも検討した。
 しかし、当主を失ったブレイブ家に対する周囲の評価は冷ややかだった。

「当主を失ったんだ。ブレイブ家も終わりだろう」
「可哀想になぁ。確か子供がまだ十歳くらいじゃなかったか? その子が騎士になるのを待てばあるいは……」
「無理だろう。息子ならともかく、生まれたのは娘だ。女性の騎士は大成できない。そう甘い世界ではないよ」
「うむ。名門の一つがなくなるのか」

 元々、ブレイブ家の評判は落ちていた。
 理由は明らかだ。
 代々請け負ってきた王族専属騎士から外されてしまったことが大きい。
 お父様はブレイブ家の威厳を回復させるために、騎士として功績を積み、再び専属騎士の座に返り咲こうと奮闘していた。
 道半ばで命を落とし、残されたのは母と幼い私の二人だけ。
 周囲が終わりだと噂するのも当然だろう。
 それでもお母様は諦めていなかった。
 なんとかブレイブ家を建て直そうと必死に足掻いていた。
 私もお母様を支えたくて、何かできることはないかと考えたけど……。

「お母様! 私もお手伝いします! 何でも言ってください!」
「ありがとう。ミスティア。大丈夫、私に任せて」
「でも……」

 私は知っている。
 お母様は最近……お父様がなくなってからほとんど毎日寝ていない。
 寝ている時もうなされている。
 何度も、何度もお父様の名前を口にして、涙でベッドを濡らしていることに……。
 辛そうなお母様を見て、私も何かしたいと思う。
 ただ、お母様の力になるには、私はあまりにも幼く、弱かった。
 今の私にできることがあるとすれば、お父様の教えを忘れず、剣術の稽古に励むことくらいだ。

「頑張らなきゃ」

 一人で剣を振るう。

「一、二、三――」

 お父様に教わった剣の振り方を、何度も反芻する。
 始めた頃よりも、確実に上達はしているだろう。
 実感はある。
 けど、誰も褒めてはくれない。
 褒めてくれていた人は、もうこの世にはいない。
 訓練を終えて……。

「終わりました! お父さ……」

 よくやったと、言ってくれる優しい笑顔はどこにもなかった。
 なんて虚しいのだろう。
 涙が出そうになる。
 私はぐっとこらえた。
 辛いのはお母様も同じだ。
 泣いている私を見れば、きっとお母様はもっと無理をする。
 私がもっとしっかりすれば、お母様も頼ってくれるはずだ。
 早く大人になりたいと、心から思う。
 時間は残酷なほどに平等で、どれだけ願っても、一秒は縮まらない。

 そして……。

「お母様!」
「……大丈夫……よ……」
「だ、誰か! お母様が!」

 お母様は過労により倒れてしまった。
 度重なる疲労、睡眠不足とストレスが原因だった。
 一人で家を支えるため、お母様は頑張りすぎてしまったのだ。
 私はベッドで横になるお母様の手を握る。

「お母様……」
「大丈夫よ。すぐに元気になるから」
「……はい」

 私が力いっぱい手を握ると、お母様も握り返してくれた。
 離したくなかった。
 お父様のように、どこかへいなくなってしまう気がして。

 ただの疲労だった。
 休めば回復すると、お医者様もおっしゃっていた。
 けれど、不運は続く。
 歴史的にみる大寒波の影響で、外は雪が積もるほどの寒さに見舞われた。
 質の悪い流行病が流行し、使用人の一人が外から病を持ってきてしまったのだ。
 それが屋敷内でも蔓延し、お母様も病に倒れた。
 元々身体は強いほうではない。
 疲労で弱っている身体に、流行病は効果的に働いてしまった。
 お母様の容体は悪化の一途をたどり、あっという間に帰らぬ人となってしまった。

「ミスティアお嬢様、奥様は……」
「お母様! お母様! 返事をしてください! お母様ぁ!」

 何度呼びかけても、お母様は眠ったまま目覚めなかった。
 お父様がなくなって僅か半年のことだ。
 まるで後を追いかけるように、お母様もこの世を去った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

聖獣がなつくのは私だけですよ?

新野乃花(大舟)
恋愛
3姉妹の3女であるエリッサは、生まれた時から不吉な存在だというレッテルを張られ、家族はもちろん周囲の人々からも冷たい扱いを受けていた。そんなある日の事、エリッサが消えることが自分たちの幸せにつながると信じてやまない彼女の家族は、エリッサに強引に家出を強いる形で、自分たちの手を汚すことなく彼女を追い出すことに成功する。…行く当てのないエリッサは死さえ覚悟し、誰も立ち入らない荒れ果てた大地に足を踏み入れる。死神に出会うことを覚悟していたエリッサだったものの、そんな彼女の前に現れたのは、絶大な力をその身に宿す聖獣だった…!

婚約者に冤罪をかけられ島流しされたのでスローライフを楽しみます!

ユウ
恋愛
侯爵令嬢であるアーデルハイドは妹を苛めた罪により婚約者に捨てられ流罪にされた。 全ては仕組まれたことだったが、幼少期からお姫様のように愛された妹のことしか耳を貸さない母に、母に言いなりだった父に弁解することもなかった。 言われるがまま島流しの刑を受けるも、その先は隣国の南の島だった。 食料が豊作で誰の目を気にすることなく自由に過ごせる島はまさにパラダイス。 アーデルハイドは家族の事も国も忘れて悠々自適な生活を送る中、一人の少年に出会う。 その一方でアーデルハイドを追い出し本当のお姫様になったつもりでいたアイシャは、真面な淑女教育を受けてこなかったので、社交界で四面楚歌になってしまう。 幸せのはずが不幸のドン底に落ちたアイシャは姉の不幸を願いながら南国に向かうが…

追放された公爵令嬢はモフモフ精霊と契約し、山でスローライフを満喫しようとするが、追放の真相を知り復讐を開始する

もぐすけ
恋愛
リッチモンド公爵家で発生した火災により、当主夫妻が焼死した。家督の第一継承者である長女のグレースは、失意のなか、リチャードという調査官にはめられ、火事の原因を作り出したことにされてしまった。その結果、家督を叔母に奪われ、王子との婚約も破棄され、山に追放になってしまう。 だが、山に行く前に教会で16歳の精霊儀式を行ったところ、最強の妖精がグレースに降下し、グレースの運命は上向いて行く

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

処理中です...