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 私は上級貴族シルバ家の長女として生まれた。
 本当なら、生まれた時から幸福な未来が約束される地位にある。
 だけど私には、あってはならない物がついていた。

「そ、そんな……我が家から、汚らわしい動物の混ざり物が生まれるなんて」

 先祖返りの特徴が現れたのは、私が三歳になった頃だった。
 それまで両親にも可愛がられていたけど、狐の耳と尻尾をみた途端に血相を変え、ひどく怒鳴られたことを覚えている。
 先祖返りは、種族によっては貴重な存在として注目を浴びる。
 ただし基本は、人間になりそこなった半端な生き物として、世間から冷たい目で見られていた。
 家から半端者を出したなど、上級貴族の恥でしかない。
 だから私は、本宅から遠く離れた別荘で隔離されて育った。
 自立するまでは面倒を見てくれたけど、途中から広い別荘で一人ぼっち。
 外に出れば笑われて、哀れまれる。
 
 いつしか私は、他人の顔を見るのが怖くなった。
 口を開けば悪口に陰口。
 誰も信用できない。
 両親も、妹も、肉親さえ私のことを笑うのだから。
 
 醜い、醜い、醜い……

 そう言われ続けて、ずっと生きてきた。
 
 運命の相手に、動物しか愛せない彼が映し出された時。
 驚きはしたけど、心のどこかで納得していた。
 だって私は……人間ではない半端者だから。
 
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「そうか。シルバ家……どこかで聞いた名だと思っていたが、先祖返りの娘というのは君だったんだね」
「はい……」
「しかしどうして、水を被った途端に変わったんだ?」
「それは私にもわかりません。小さい頃は人間の姿を保てなくて、大きくなるにつれてコントロール出来るようにはなったんです。でも……どうしてか水にぬれると戻ってしまって」
「ほう。先祖返りについてはわからないことも多いからな」

 私は彼に、自分のことを話した。
 見られてしまったら、説明しなくてはいけないから。

「申し訳ありません……黙っていて」
「別に良いさ。それより――なぜ泣いている?」
「だ、だって……私、また失敗して……こんな中途半端で醜い姿、見せたくなかったのに」
「……ああ、そうか。君もなのか」
「え?」

 ぎゅっと、温かさが伝わる。
 気付けば私は、彼の胸の中に包まれていた。

「で、殿下?」
「君も、人間が信じられないんだね」
「え、君もって……」
「俺もそうだ。少しだけ昔話をしよう。俺がまだ、王城で暮らしていた頃だ」

 知っての通り、俺には兄が二人いる。
 年は少し離れているが、全員が次期王の候補で、その資格を持っていた。
 誰が次の王になるかと、周りも色々話していた。
 だが俺には正直どうでも良かった。
 当時の俺はまだ幼くて、そういう責務とかしがらみを軽く考えていた。

 その頃から動物が好きだった俺は、よく王城を抜け出して遊んでいたよ。
 変わった生き物を見つけては、王城に連れ帰って、よくメイド怒られていた。
 特に仲が良かったのは、肩に乗るくらいの小動物だった。
 フィーと名付けたそいつは、狐と猫の中間みたいな見た目をしていて、白い毛並みが美しかった。
 たくさんの動物に囲まれて、ただ遊んでいるだけで幸せだった。

 だが……俺は思い知った。
 自分の立場と、それを快く思わない者がいることを。

 いつもように王城を抜け出して遊んでいた俺は、暗殺者に狙われた。
 護衛もいなかったから抗えなくて、心臓を一突きされた。
 正直もう駄目かと思ったよ。
 それでも生きているのは、フィーのお陰だ。
 フィーは精霊だったんだ。
 死にかけの俺の心臓を、フィーが自分の命と引き換えに治してくれた。
 
「その時の傷がこれだ」
「こ、これ……」
「酷いだろ? いや、本当に酷いのは……暗殺者を差し向けたのが、俺の兄だったことだよ」
「え……」

 王位継承権を争う兄が、俺を邪魔者だと判断して、殺すために暗殺者を雇ったんだ。
 それを後から知って、俺は絶望した。
 証拠があっても、相手は第一王子で、訴えた所でもみ消される。
 それだけじゃない。
 第二王子である兄上からも、食事に毒を盛られたり、色々されていた。
 
「うんざりだった……もう嫌だった。人間の欲に振り回されるのは」
「……だから、ここに?」
「ああ。王位に興味がないことを示し、無能を演じれば二人も俺を脅威とは思わなくなる。世間が見放してくれたお陰で、俺は狙われなくなったよ」

 そう言って彼は笑う。
 どことなく、悲しそうに。

「動物の言葉がわかるようになったのも、フィーに心臓を直してもらってからだ。彼らは本当素晴らしい。素直だし優しいから、一緒にいて落ち着くよ」
「……なら、私はやっぱりいないほうがいいですね」
「ん? なぜだ?」
「なぜって、私は人間でも動物でもなくて……中途半端で……醜いですから」
「……はぁ、君は馬鹿だな」
「なっ……」
「俺は誰よりも動物が好きなんだ。その俺が、今の君を見て醜いなんて思うわけないだろ?」

 殿下は私の髪に触れ、そのまま耳に触れる。
 他人に触られるなんて初めてで、くすぐったかった。
 それと同じくらい、優しい触り方だった。

「殿下?」
「良い、実に良いよ。すごく綺麗だ」
「へっ、き、綺麗?」
「ああ。先祖返りを見るのは初めてだが、とても魅力的だよ。これは大発見だな」
「魅力的……今の私がですか?」
「他に誰がいる? うーん、常にこのままでいてくれると嬉しいな。というか、今からそうしてくれ」

 このままでいて良い。
 ありのまま、先祖返りの姿を見せて。
 醜いと罵られてきた姿を、生まれて初めて褒めてもらえた。

「私……ここにいて良いんですか?」
「ああ、むしろいてくれ。俺も君も、人間の社会に馴染めない半端者で、人間を信じられない。だからこそ、俺は君なら信じてもいいかなと思えるよ」
「殿下……」
「アレクトでいい。君は……えっと、レイネシアだったな」
「はい」

 初めて彼が、私の名前を呼んでくれた。
 優しく頭を撫でてくれる。
 たぶん、動物に触れるような感覚なのだろうけど、それでも嬉しかった。
 優しくて、大きな手に触れて、安心感が包み込む。

「運命の相手か……」

 そして彼は、私に触れながらぼそりと口にする。

「確かに、運命を感じてしまうかもな」

 そう言って彼は笑顔を見せた。
 今まで見せてくれたどの表情よりも輝いていて、心が揺れる。
 まるで、真っ暗闇に差し込んだ光のように。

 この日、私は本当の意味で、運命の相手に出会えたのだろう。

「いやしかし可愛いな~ しっぽの付け根とかはどうなっているんだ? 見せてくれないか?」
「え、ちょっ、それは……」

 変態だけど、優しい彼に。
 
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