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 それから、殿下の屋敷で新しい生活が始まった。
 と言っても、大して今までと変わらない。
 殿下からは――

「俺は君に興味がない。決まりだから一緒にいるが、極力関わらないでくれ」

 そう言われている。
 要するに、勝手に一人で生活してくれ、ということだった。
 別にそれは良い。
 屋敷の物は好きに使って良いし、足りない物は買ってくれるそうだから、以前よりも快適ではある。
 ただ……

「興味ないって……さすがに酷いよ」

 元からそんなに期待はしていなかった。
 それでも、真正面から言われると、さすがに悲しくなる。
 私は一人、中庭で腰を下ろしてため息をこぼす。
 するとそこへ、ベイルウルフがテクテクと歩み寄ってきた。

「え、あ、あの……こんにちは?」

 襲ってくる様子はない。
 私はびくびくしながら挨拶をすると、ウルフは小さく頷いたように見える。
 そのまま私の前で伏せる。

「え、え?」

 すごく近くまで来た。
 手の届く距離にいて、風で毛並みが揺れる。
 見た目だけでも、ふかふかしているのがわかって、ちょっと興味が湧いた。

「さ、触ってもいいの……かな?」

 警戒はされていないみたい。
 頭は私の方に向いていて、目を瞑っている。
 私はこっそり、頭に手をのばす。
 そうして触れた瞬間、ふわっとした毛並みの柔らかさが伝わった。

「フワフワだ」
「驚いたな」
「へ、あ、で、殿下!?」

 声が聞こえて、思わず手を離してしまった。
 ウルフも目を開けたけど、伏せたまま殿下と私を見つめている。
 殿下は私の隣に歩いてきて、腰を下ろしウルフを撫でる。

「彼が俺のいない所で他人に身体を委ねるなんてな。こんなことは初めてだ」
「そ、そうなのですか?」
「ああ。以前に騎士団の連中が来た時は、問答無用で襲い掛かったよ」
「え……」

 それは普通に怖い。

「だが君は大丈夫のようだ。もしかすると、波長が似ているのかもしれないな」
「に、似ている?」
「ああ。君の雰囲気が、動物に似ているのかもね」
「……」

 動物に……似ている。
 そう言われて、私には思い当たることがある。
 考えたくないし、思い出したくない。
 ただ、運命の相手が彼だということも、関係していると思える。

「ん? どうかしたか?」
「な、何でもありません。私、ちょっとお散歩に行ってきます」
「あ、いやちょっと待て」
「へ?」
「そこは草で隠れているが、水たまりが多くあるから気を付けた方が良い」

 水たまりという言葉が聞こえた時には、もう手遅れだった。
 私の片足は地面の硬さをすり抜けて、冷たい水に浸かっていく。
 バランスを崩して倒れ込み、一緒に水を被ってしまう。

 し、しまった水が!

「すまない遅かったな。次からは――なっ」

 殿下は驚いて目を丸くする。
 見られた。
 ついに見られてしまった。
 殿下は知らない様子だったから、隠し通せると思ってのに。
 
 水を被ったことで姿が変わる。
 狐の耳と尻尾が、私の頭とおしりから伸びる。

「君……」
「……」
「先祖返りだったのか?」

 遠い昔の世界では、人間以外にも多くの種族が暮らしていた。
 長い歴史の中で争い、今では人間だけになってしまったけど、稀に先祖の特徴をその身に宿した子供が生まれることがある。
 それが先祖返りだ。
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