24 / 27
第一章
24.先生のように
しおりを挟む
寒気が治まらない。
先生の言葉も聞こえてしまって、目の前いる彼がもはや別人にしか見えない。
「魔女……?」
「気をつけてアリス。あれはもう、人じゃな――」
先生の声は最後まで聞き取れなかった。
私がいた地面が抉れている。
彼の動きに反応できなかった私は、遅れて恐怖が背筋を凍らせる。
私が無事でいるのは、帽子屋さんが私を抱えて躱してくれたお陰だ。
そうでなければ今ごろは全身潰されていただろう。
「ありがとう帽子屋さん」
「お礼は良いよ。それより目の前に集中して。今の動き、以前の彼とは全く違うようだね」
「う、うん」
私には見えなかった動きを、帽子屋さんは捉えていた。
それくらいのことは出来るはずだ。
まだ私の想像が、変貌した彼の動きに付いてきている。
ただし、帽子屋さんが驚いているということは、想像の域を越えかけている証拠。
仮に今の動きが全力じゃないのなら……
「来るよ! 集中して」
「はい!」
帽子屋さんは私を抱えながら跳ねまわり、リュートとの間合いを見計らう。
先生は翼を広げ、上から私たちを見下ろしていた。
対するリュートはだらんと両腕を下げている。
雰囲気はもちろん、立ち振る舞いからして別人のようで。
「怖い」
と、素直に思ってしまった。
私は拳をぐっと握る。
「アソぼ~」
リュートが私に笑みを浮かべる。
彼の背後には黒い小さな球体が複数出現。
黒い球体は高速で彼の周りをグルグルと回転して、そのままの勢いで私に放たれる。
「速いね! 少し揺れるよ」
帽子屋さんがステッキから剣を抜き、黒い球体を斬り払おうとする。
しかし、刃が球体に触れた途端、真っ二つに折られてしまった。
すかさず距離を取ろうとするも猛追され、帽子屋さんは私を放り投げる。
私は何とか空中で身を捻り、地面に着地した。
「帽子屋さん!」
「手荒くなってごめんね。でもこれはまずいな」
私が見た時にもう、帽子屋さんの右腕がなくなっていた。
黒い球体は高重力を帯びている。
おそらく私たちが以前に経験したものの数十倍。
触れた箇所を削り取り、粉々に粉砕してしまう。
帽子屋さんの腕も球体に削られ、光の粒子になって消えていく。
「アリス、逃げることをお勧めするよ! あれは想像を超えてしまう」
帽子屋さんの身体を、黒い球体が削っていく。
魔力の塊である帽子屋さんの身体は、本来鋼鉄よりも固く頑丈だ。
私が想像した通りなら、大岩をぶつけられたって傷一つ付かない。
その帽子屋さんの身体を、いともたやすく削ってしまう威力……つまり、それだけの魔力密度であるということ。
「想像の刷新をしなきゃ」
あれに耐えられる想像をしなくては。
そう考えた時にはもう、球体は私の目の前に迫っていて――
「あっ――」
一瞬、死を覚悟した。
回避は間に合わないと悟ったから。
そんな私の前に、格好良くて頼もしい背中が現れる。
「彼女を傷つけさせはしないよ」
「先生!?」
先生が現れると、空間が氷河への変化する。
球体とリュートごと凍らせるも、バキバキと音を立て砕ける。
「これじゃ止まらないよね。でも時間は出来た」
パチンと指を鳴らす。
そのまま私を囲むように、先生の空間が周囲に展開される。
真っ白くて何もないただの空間に私たち二人だけがいる。
「これでしばらくは隠れられる。とはいえ時間の問題だけどね」
「先生、どうして?」
「僕自身の肉体を想像したんだよ。本体じゃないから全力は出せないけど、君を失いたくなかったからね」
先生の手が私の頭を優しく撫でる。
優しさに触れたお陰で、少しだけ恐怖が和らいだ。
「先生、彼はどうしちゃったんですか? さっき言ってた因子って?」
「どうやら彼は魔女に唆されてしまったようだね。嫌な予想があたったよ……彼は今、魔女の助力を受けているんだ」
「そ、それって……魔女が生きてるってことですか?」
「さぁどうだろう。まだ確定できないけど、彼が魔女因子を取り込んでいるのは事実だ。魔女の力は強大過ぎて、普通の人間が使えば暴走する。今の彼はそういう状態なんだよ」
強大過ぎる力は自らを滅ぼす。
先生曰く、魔女は心が弱った人間を唆し力を貸す。
その力によって暴走し、破滅する様を見ながら笑っている。
趣味の悪い女性なのだと。
「こうなってしまえば、彼自身の肉体が壊れるまで暴走は続くよ。今は君に向けられている興味も、いずれ他に移る」
「そんな! そうなる前に止めないと」
「うん。最悪殺してでもね」
殺して……
悲しい瞳で先生は先を見据える。
「殺す……以外に方法はないんですか? 彼を足する方法は」
「あるよ。でも正直危険だし、彼は君を侮辱したんだよね? そこまでする義理はないんじゃないのかな?」
「そんなの関係ありません。目の前で苦しんでいる人がいるなら……私は助けたい。お母さんならきっとそうする。私は助けられる命を見捨てたくありません」
例え相手が誰であっても。
その人が苦しんでいるなら手を差し伸べたい。
あの時、先生が私にそうしてくれたように。
「そういう所が凄いんだ。君は」
先生は笑う。
嬉しそうに、誇らしげに。
先生の言葉も聞こえてしまって、目の前いる彼がもはや別人にしか見えない。
「魔女……?」
「気をつけてアリス。あれはもう、人じゃな――」
先生の声は最後まで聞き取れなかった。
私がいた地面が抉れている。
彼の動きに反応できなかった私は、遅れて恐怖が背筋を凍らせる。
私が無事でいるのは、帽子屋さんが私を抱えて躱してくれたお陰だ。
そうでなければ今ごろは全身潰されていただろう。
「ありがとう帽子屋さん」
「お礼は良いよ。それより目の前に集中して。今の動き、以前の彼とは全く違うようだね」
「う、うん」
私には見えなかった動きを、帽子屋さんは捉えていた。
それくらいのことは出来るはずだ。
まだ私の想像が、変貌した彼の動きに付いてきている。
ただし、帽子屋さんが驚いているということは、想像の域を越えかけている証拠。
仮に今の動きが全力じゃないのなら……
「来るよ! 集中して」
「はい!」
帽子屋さんは私を抱えながら跳ねまわり、リュートとの間合いを見計らう。
先生は翼を広げ、上から私たちを見下ろしていた。
対するリュートはだらんと両腕を下げている。
雰囲気はもちろん、立ち振る舞いからして別人のようで。
「怖い」
と、素直に思ってしまった。
私は拳をぐっと握る。
「アソぼ~」
リュートが私に笑みを浮かべる。
彼の背後には黒い小さな球体が複数出現。
黒い球体は高速で彼の周りをグルグルと回転して、そのままの勢いで私に放たれる。
「速いね! 少し揺れるよ」
帽子屋さんがステッキから剣を抜き、黒い球体を斬り払おうとする。
しかし、刃が球体に触れた途端、真っ二つに折られてしまった。
すかさず距離を取ろうとするも猛追され、帽子屋さんは私を放り投げる。
私は何とか空中で身を捻り、地面に着地した。
「帽子屋さん!」
「手荒くなってごめんね。でもこれはまずいな」
私が見た時にもう、帽子屋さんの右腕がなくなっていた。
黒い球体は高重力を帯びている。
おそらく私たちが以前に経験したものの数十倍。
触れた箇所を削り取り、粉々に粉砕してしまう。
帽子屋さんの腕も球体に削られ、光の粒子になって消えていく。
「アリス、逃げることをお勧めするよ! あれは想像を超えてしまう」
帽子屋さんの身体を、黒い球体が削っていく。
魔力の塊である帽子屋さんの身体は、本来鋼鉄よりも固く頑丈だ。
私が想像した通りなら、大岩をぶつけられたって傷一つ付かない。
その帽子屋さんの身体を、いともたやすく削ってしまう威力……つまり、それだけの魔力密度であるということ。
「想像の刷新をしなきゃ」
あれに耐えられる想像をしなくては。
そう考えた時にはもう、球体は私の目の前に迫っていて――
「あっ――」
一瞬、死を覚悟した。
回避は間に合わないと悟ったから。
そんな私の前に、格好良くて頼もしい背中が現れる。
「彼女を傷つけさせはしないよ」
「先生!?」
先生が現れると、空間が氷河への変化する。
球体とリュートごと凍らせるも、バキバキと音を立て砕ける。
「これじゃ止まらないよね。でも時間は出来た」
パチンと指を鳴らす。
そのまま私を囲むように、先生の空間が周囲に展開される。
真っ白くて何もないただの空間に私たち二人だけがいる。
「これでしばらくは隠れられる。とはいえ時間の問題だけどね」
「先生、どうして?」
「僕自身の肉体を想像したんだよ。本体じゃないから全力は出せないけど、君を失いたくなかったからね」
先生の手が私の頭を優しく撫でる。
優しさに触れたお陰で、少しだけ恐怖が和らいだ。
「先生、彼はどうしちゃったんですか? さっき言ってた因子って?」
「どうやら彼は魔女に唆されてしまったようだね。嫌な予想があたったよ……彼は今、魔女の助力を受けているんだ」
「そ、それって……魔女が生きてるってことですか?」
「さぁどうだろう。まだ確定できないけど、彼が魔女因子を取り込んでいるのは事実だ。魔女の力は強大過ぎて、普通の人間が使えば暴走する。今の彼はそういう状態なんだよ」
強大過ぎる力は自らを滅ぼす。
先生曰く、魔女は心が弱った人間を唆し力を貸す。
その力によって暴走し、破滅する様を見ながら笑っている。
趣味の悪い女性なのだと。
「こうなってしまえば、彼自身の肉体が壊れるまで暴走は続くよ。今は君に向けられている興味も、いずれ他に移る」
「そんな! そうなる前に止めないと」
「うん。最悪殺してでもね」
殺して……
悲しい瞳で先生は先を見据える。
「殺す……以外に方法はないんですか? 彼を足する方法は」
「あるよ。でも正直危険だし、彼は君を侮辱したんだよね? そこまでする義理はないんじゃないのかな?」
「そんなの関係ありません。目の前で苦しんでいる人がいるなら……私は助けたい。お母さんならきっとそうする。私は助けられる命を見捨てたくありません」
例え相手が誰であっても。
その人が苦しんでいるなら手を差し伸べたい。
あの時、先生が私にそうしてくれたように。
「そういう所が凄いんだ。君は」
先生は笑う。
嬉しそうに、誇らしげに。
0
お気に入りに追加
578
あなたにおすすめの小説
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
旦那様、離縁の申し出承りますわ
ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」
大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。
領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。
旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。
その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。
離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに!
*女性軽視の言葉が一部あります(すみません)
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
借金まみれの貧乏令嬢、婚約者に捨てられ王子様に拾われる ~家を再興するため街で働いていたら、実は王子様だった常連に宮廷へスカウトされました~
日之影ソラ
恋愛
五年前に両親が病で亡くなり、由緒正しき貴族の名家ルストワール家は没落寸前に追い込まれてしまった。何とか支援を受けてギリギリ持ち超えたたものの、今までの地位や権威は失ってしまった。
両親の想いを継ぎ、没落寸前の家を建て直すため街で働くアイリス。他の貴族からは『貧乏令嬢』と呼ばれる笑われながらも必死に働いていた。
そんなある日、婚約者で幼馴染のマルクから婚約破棄を言い渡される。女好きで最低だった彼の本性を知り、さらにはその父親もいやらしい目で彼女を見てくる。
それでもめげずに頑張ろうとするアイリスに、思わぬところから救いの手が伸びる。
これはどん底に落ちた一人の少女が、努力と無自覚な才能を駆使して幸せを掴む物語だ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる