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第一章

20.初めてのキス

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 泣けるだけ泣いて、もう涙が出なくなって。
 嬉しい涙だったから名残惜しさを感じつつ、私は目を拭う。
 目の周りが赤くなっているかもしれない。
 ライカとレナに泣いたことがバレないように、私は魔術でそっと隠す。
 
「すまないねアリス。僕の所為で心配をかけてしまって」

 申し訳なさそうに謝る先生。
 私は首をぶんぶんと横に振る。

「先生が戻ってきてくれるならそれ良いです」
「……そうか。なら帰ろうか? 僕たちの家に」
「はい! 私たちの家に!」

 私たちは並んで歩く。
 歩幅の違いを感じないように、先生が私に合わせてくれている。
 私は少しだけゆっくり歩いていた。
 二人が心配しないかとも思うけど、もう少しだけ先生と二人だけの時間が続いてほしくて。

  ◇◇◇

 屋敷に戻った私たちは玄関を開ける。
 互いの顔を見合いながら、私たちは口にする。
 
「「ただいま」」

 そう言って、先生はニコリと微笑む。
 普段の笑顔と違って、何だかホッとしているように見えた。
 理由を先生自ら言葉にする。

「不思議な感覚だ……正直もう二度と、ただいまなんて言葉は使わないと思っていたから」
「これから何度だって言えますよ」
「そうだね。君のお陰だ」

 甘く囁くようにして、先生が私の頬に軽く触れる。
 先生の手が触れた途端にドキッとして、思わず固まってしまった。
 私を見つめる先生の瞳が、少しだけ潤んでいるように見える。
 静寂の中で見つめ合う。

「せ、先生?」
「アリス。僕は――」
「「あー!」」

 絶妙なタイミングで聞こえてきたのは、ライカとレナの元気な声だった。
 振り向くと、二人が私たちを指さしていた。
 二人の指先は私というより、先生の方を向いている。
 ライカが先に駆け出して、続けてレナも駆け寄ってくる。

「お兄ちゃん見つけたー」
「どこ行ってたのー?」
「ちょっとお散歩に行っていただけだよ。そしたら道に迷ってしまってね? アリスに迎えに来てもらったんだ」
「「えぇ~」」
 
 先生は二人の頭を撫でながら語る。
 二人には先生が屋敷を去ったとは伝えていない。
 いないから探してくる、くらいの説明だけだ。
 あの時は焦っていたから、ロクに話もせずに屋敷を飛び出してしまった。
 心配しているかと思っていたけど、案外二人ともけろっとしている。

「お兄ちゃん迷子になってたの?」
「そうだよ。ライカ」
「お姉ちゃんがとーっても心配してたよ!」
「うん、わかってるよ、レナ」

 先生はライカたち一人ずつにちゃんと答えながら、普段通り接する。
 何事もなかったかのように、二人に心配をさせないために。
 というより、二人は先生が去ろうとしてたなんてちっとも思っていないみたいだ。
 私だけが勝手に焦っていたみたいで、少し複雑な気持ちになる。
 それにさっき、先生が何を言いかけたのかも気になって。
 二人には悪いけど、早く二人きりになりたいという気持ちが強くなる。

「あ、あの先生」
「わかってるよ。今夜、二人で話そうか」
「はい!」

 先生も、もしかして同じ気持ちなのかな?
 そんな風に思いながら一日を過ごして。

 時間はあっという間に過ぎた。
 というわけでもなく、むしろ普段より遅く感じたくらいだ。
 早く話したい。
 続きを聞きたいという気持ちが強すぎて、時計ばかりが気になったからかな?
 ともかく夜になった。
 ライカとレナはぐっすり眠っていて、今なら誰にも邪魔はされない。
 私と先生は一緒に中庭に出た。
 今日は雲が少なくて、星空がより綺麗に見える。

「星が綺麗ですね」
「そうだね」

 私たちは横に立ち、夜空の星々を見上げていた。
 何気ない会話か始まって、先生が私の名前を呼ぶ。

「アリス」

 先生の方を向く。
 合った目は確かに、まっすぐに私を見ている。

「迎えに来てくれて本当にありがとう」
「良いんです。ただ私が先生と離れたくなかっただけだから」

 先生が去ろうとしていたのは、私たちが不幸にならないように。
 それを知った上で探して、呼び止めたのは私の我儘。
 でも先生は首を振る。

「違うよ。情けない話、去る覚悟をしておきながら、本心では引き留めてほしいと思っていたんだ。だから本当に嬉しかった。探してくれたことも、君の気持も」

 私の気持ちと、先生の口から聞こえた。
 そう、私は気持ちを伝えたんだ。
 先生のことが大好きだと。
 告白の答えは、まだ貰っていない。

「先生は……その……私のこと……」
「もちろん好きだよ。君は僕にとって特別だ」
「ほ、本当ですか?」
「うん。嘘はない。ただ、こうも年が離れすぎているとね。どうしても考えてしまうんだよ……僕なんかでいいのかと」

 先生の見た目は二十代。
 けれども実際は、信じられないくらい長い年月を生きている。
 私たちの年の差は、お爺ちゃんと孫程度では収まらないだろう。
 でも――

「私は先生が良いんです!」
「ああ、そう言ってくれる君だから、これからも一緒にいたいと思うんだ」
「へ――」
 
 それは突然ことで、驚くほど自然に。
 先生の唇が私の唇と重なっていた。
 初めてのキスはとても甘い。
 そう聞いていた通り、溶けてしまいそうになるほど甘い時間だった。
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