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第一章

14.炎と風

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 魔術師の術式は魂に刻まれる。
 どれほど優れた魔術師でも、扱える術式は一つだけ。
 故にどんな術式を有しているのかは、魔術師の強さを決める上で重要な要素とされる。
 強力な術式があれば、弱い術式も存在する。
 当たり外れがあって、生まれた時点で決定している以上、自分ではどうしようもない。
 その点で言うなら、この二人の術式は当たりだ。

「左に二チーム、右にはいないけど斜め前に一チーム隠れてる。たぶんこっちに来るよ」

 イリーナの術式は『鈴風』。
 大気を操作する術式で、風を発生させる際に鈴のような音がなるのが特徴。
 索敵、効果範囲に優れていて、元から存在する大気を操ることから魔力消費も少ない。
 彼女は今、目を瞑り周囲の大気を操ることで人の気配を探っている。
 大気のある場所ならば、どこに隠れようと見つけ出せる。

「もうすぐ来る。一人だけ進む速度にムラがあるから、たぶん負傷してる」

 加えて彼女は頭も良い。
 視覚で捉えられなくとも、手に入った情報だけで相手の状況を分析する。
 そして木々の影から人チームが現れる。
 彼女の目測通り、一人は脚に負傷していた。
 加えて他二人からも疲労がうかがえる。
 すでに何戦かし終えた後のようだ。

「二人とも下がってな! オレがやる!」

 飛び出したライルは両拳に炎を灯す。
 負傷し披露している三人は対応が遅れ、ライルの豪快な動きについてこれない。
 大きく跳躍したライルは三人の背後に周り、すかさず球体を殴り壊した。

「おっしゃ!」

 彼の術式は『炎熱武闘』。
 その名の通り、炎を熱を操り戦う術式だけど、他の炎を操る術式とは明確に異なる点が一つある。
 それは身体に炎を纏って戦うこと。
 放出するのではなく、身体の周囲に留めることしか出来ない。
 イリーナの術式に比べ汎用性は低いが、攻撃と防御はどちらも優秀。
 纏うだけだから下手な精度も必要ない。
 何より近接戦闘が得意な魔術師にはピッタリだ。

 炎と風。
 二人の術式は、まるで関係性まで表しているよう。
 
「凄いですね、二人とも」
「何言ってんだよ。アリスのほうがよっぽど凄いぜ」
「本当だよ。夢幻創造、だったよね? あんなの見たことも聞いたこともないよ」
「そ、そう……ですよね」

 自慢とかではなくて、私もそう思う時がある。
 魔術は色々なことが出来て、あらゆる可能性をもつ力だけど、先生の術式は中でもとびぬけている。
 夢を現実に変えてしまえるなんて、言葉だけで聞いても信じられないだろうから。

「しっかし思ったより楽勝だな~ もっと歯ごたえのあるやついねーのか?」
「そうやってすぐ油断する! 試験はまだ終わってないんだから気を抜かないの」
「だってよ~ 実際あんま手応えねーんだもん。イリーナだって拍子抜けしてんじゃん」
「そんなこと……ないよ」

 言いよどんだイリーナを見て、ライルは嘘つくなと文句を言う。
 今のは私にも嘘だとわかった。
 イリーナの言う通り試験はまだ終わっていないし、気を抜くべきじゃないと思う。
 ただ、現実的なことを言ってしまえば、私たちはもう突破出来たも同然だろう。
 明らかにチーム数が減ってきている。
 今なら戦わずに私の術式で隠れていれば、最悪終わりまでやり過ごせる。
 ライルはそんなことするつもりはなさそうだけど、堅実に合格を目指すなら手の一つだ。
 
「はぁーあ、眠くなってきたかも」
「気を抜きすぎだって!」
「あはははっ……」

 二人を見ていると、何だか私も気が抜けてくる。
 緊張しすぎるよりはマシなのかな。

「イリーナさん、周りにチームはいますか?」
「えーっと待って」

 イリーナが目を閉じる。

「左の二チームはいなくなったみたい。後は後ろに……一人? しかも結構遠いかな?」
「ありがとうございます」

 思ったより早いペースで周囲のチームも減っている。
 後ろにいる一人も距離が離れていて、人数差もあってこちらには来ないだろう。
 本格的に終わりを実感し始める。

 油断。

「待って! 後ろの一人がもの凄い速度で――」
「なっ!」
「ぅ……これ……」

 突如全身を襲う圧迫感。
 否、高重力によって私たちは膝をつく。
 
 重力操作?
 まずい、球体を守らないと!

「お願い!」

 私は術式で木の根を生成。
 重力に押しつぶされる前に球体を根でぐるぐる巻きにして守る。
 一先ずこれで、重力で破壊されることはない。

「へぇ~ 咄嗟によく守ったね」

 パチパチパチと拍手の音が聞こえて、私たちは後ろを向く。
 重力に抗いながら、何とか身体の向きだけ変えて。

「他のチームは今ので簡単に倒せたけど、君たちは違うみたいだね」
「あ、貴方は……」

 気品あふれる立ち振る舞い。
 服装から貴族なのは明らか。
 それもかなり裕福な、名のある貴族で間違いない。
 いや、名のある……なんて言葉で表す必要もなかった。
 直接の面識はなかったけど、胸の紋章には見覚えがあったから。

「フェレス家の……」

 かつて私たちクレイスター家は、王国でも五本の指に入る名家だった。
 当時に肩を並べた他の四貴族。
 その内の一人にして、これまで多くの国家魔術師を輩出している名門貴族の嫡男。

 リュート・フェレス。
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