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「シエル! 今日も一本頼むぜ」
「いいよ。また私の勝ちだと思うけど」
「今日こそ勝ってやるよ! 負けても泣くなよ?」
「そっちこそ」
いつも通り、訓練の合間にフレンと手合わせをする。
彼が騎士団に入隊して二年。
毎日の日課みたいになっているけど、私にとっても良い訓練になっている。
「準備はいいか?」
「うん、いつでも――」
始めようとした時、不意に視線が釘付けになった。
訓練室の入り口から、一人の男性が顔を出す。
綺麗な顔立ち、綺麗な服、どこか神々しさすら感じる立ち振る舞い。
私だけじゃなくて、一緒の訓練室にいた騎士たちも、彼の存在に気付く。
一番遅れて、フレンも入り口に視線を向けた。
「やぁみんな、訓練中に失礼するよ」
「おはようございます! 殿下!」
騎士たちは流れるように頭を下げる。
私とフレンも、少し遅れて頭を下げた。
彼はこの国の王子、アウグスト殿下。
普段からよく騎士団の稽古の様子を覗きに来たり、時々一緒に参加したりもする。
人当たりもよく、誰に対しても礼儀正しい。
加えて顔も良いから、王城で働いている女性たちの注目の的だ。
そんな彼が――
「シエル。今日も頑張っているかい?」
「は、はい!」
私みたいな女にも、優しく声をかけて下さる。
誰にでも分け隔てなく接して下さる殿下は、まさに理想の王子そのものだと思った。
「君が護衛にいてくれると、僕も安心していられるんだ。これからも頼むよ」
「はい」
「うん。他の皆も、彼女を見習って訓練に励むように」
「……はっ!」
一瞬、間があっての返事だった。
殿下は小さくため息をこぼし、訓練室を出て行こうとする。
その途中で私にこそッと言う。
「シエル、後で話がある」
「は、はい」
そう言って、彼は訓練室を後にした。
すると、訓練室のあちこちから嫌な視線が私に向けられた。
「ちっ、またあいつかよ」
「いいよぁ~ 殿下に気に入られて」
「女だから色目使ってんじゃねぇのか?」
心無い声が聞こえてくる。
聞こえてないと思っているのか、言いたい放題だ。
言い返さない私も悪いけど、反論した所で余計にひどくなるとわかっているから、聞こえないふりをする。
「うっるせぇーなー。文句あるなら直接言えよ」
「フレン……」
そうしていると、いつもフレンが代わりに怒ってくれる。
「こいつに敵わないからってコソコソ言いやがって。それでも騎士かよ」
「な、なんだよ。お前だって勝ったことないだろ」
「そうだな。でもお前らよりは強いぞ? なんなら全員でかかってくるか?」
「っ……チッ」
盛大に舌打ちをして、他の騎士たちは部屋を出ていく。
他にも訓練室はあるから、そっちへ行ったのだろう。
「腰抜けばっかりだな」
「ありがと、フレン」
「は? 別にお前のために言ったんかねぇよ。俺が気に入らなかっただけだ」
「それでも……ありがとう」
この城で、私の味方をしてくれるのはフレンと殿下くらいだ。
他の人から向けられる視線は、いつも怖くて冷たい。
私が女だから。
女の癖に騎士をしていて、男よりも強いから。
反対に女性からは哀れまれるし、どこもかしこも敵だからけだ。
「そういや、あの王子何か言ってたか?」
「え? あー何か後で話があるって言われたよ」
「ふぅーん……」
何だか不機嫌そうに言うフレン。
よくよく思い出してみると、殿下を見ている時も同じような顔をしていた。
「前から思ってたけど、フレンって殿下のこと苦手なの?」
「別に」
「本当? いつも殿下がいらっしゃった後は不機嫌になるし」
「そうでもねぇよ」
「今も不機嫌ででしょ?」
「……嫌いとかじゃない。ただ……何となく気に入らない」
それを嫌いって言うんじゃないのかな?
と思ったけど、フレンは剣を抜いて構えだしたから、私も聞くタイミングを失った。
それからいつも通り戦って、また私が勝って。
夕方くらいに一人、殿下の元を訪れた。
「来てくれたね? シエル」
「はい。それで話というのは?」
「明後日、隣国の来賓を招いてパーティが開かれることは知っているかな?」
「はい。存じております」
かなり大きな規模で開かれるから、騎士団の護衛も多く配置される。
私とフレンは非番だから、その日は参加しないけど。
「そのパーティーに、君も参加してほしいのだ」
「え……私が、ですか?」
「ああ」
突然の申し出に、私は戸惑った。
「今回のパーティーはとても重要でね。僕も参加する予定でいる」
「殿下もですか?」
「ああ。そこでぜひ、君にも一緒にいてほしいんだ」
「私に……」
パーティーへ参加してほしいと、殿下はおっしゃった。
その日は非番だし、言い回し的にも護衛としてではないと思う。
純粋に参加してほしいと。
「わ、私なんかが参加しても……よろしいのでしょうか?」
「何を言う? 君だから良いんだよ。君にいてほしいんだ」
「殿下……」
殿下はハッキリとそうおっしゃった。
真っすぐに私のことを見つめて、真剣な表情で。
こんなにも真摯にお願いされて、断れるはずもない。
「わかりました」
私はそう答えて、翌日――
「いいよ。また私の勝ちだと思うけど」
「今日こそ勝ってやるよ! 負けても泣くなよ?」
「そっちこそ」
いつも通り、訓練の合間にフレンと手合わせをする。
彼が騎士団に入隊して二年。
毎日の日課みたいになっているけど、私にとっても良い訓練になっている。
「準備はいいか?」
「うん、いつでも――」
始めようとした時、不意に視線が釘付けになった。
訓練室の入り口から、一人の男性が顔を出す。
綺麗な顔立ち、綺麗な服、どこか神々しさすら感じる立ち振る舞い。
私だけじゃなくて、一緒の訓練室にいた騎士たちも、彼の存在に気付く。
一番遅れて、フレンも入り口に視線を向けた。
「やぁみんな、訓練中に失礼するよ」
「おはようございます! 殿下!」
騎士たちは流れるように頭を下げる。
私とフレンも、少し遅れて頭を下げた。
彼はこの国の王子、アウグスト殿下。
普段からよく騎士団の稽古の様子を覗きに来たり、時々一緒に参加したりもする。
人当たりもよく、誰に対しても礼儀正しい。
加えて顔も良いから、王城で働いている女性たちの注目の的だ。
そんな彼が――
「シエル。今日も頑張っているかい?」
「は、はい!」
私みたいな女にも、優しく声をかけて下さる。
誰にでも分け隔てなく接して下さる殿下は、まさに理想の王子そのものだと思った。
「君が護衛にいてくれると、僕も安心していられるんだ。これからも頼むよ」
「はい」
「うん。他の皆も、彼女を見習って訓練に励むように」
「……はっ!」
一瞬、間があっての返事だった。
殿下は小さくため息をこぼし、訓練室を出て行こうとする。
その途中で私にこそッと言う。
「シエル、後で話がある」
「は、はい」
そう言って、彼は訓練室を後にした。
すると、訓練室のあちこちから嫌な視線が私に向けられた。
「ちっ、またあいつかよ」
「いいよぁ~ 殿下に気に入られて」
「女だから色目使ってんじゃねぇのか?」
心無い声が聞こえてくる。
聞こえてないと思っているのか、言いたい放題だ。
言い返さない私も悪いけど、反論した所で余計にひどくなるとわかっているから、聞こえないふりをする。
「うっるせぇーなー。文句あるなら直接言えよ」
「フレン……」
そうしていると、いつもフレンが代わりに怒ってくれる。
「こいつに敵わないからってコソコソ言いやがって。それでも騎士かよ」
「な、なんだよ。お前だって勝ったことないだろ」
「そうだな。でもお前らよりは強いぞ? なんなら全員でかかってくるか?」
「っ……チッ」
盛大に舌打ちをして、他の騎士たちは部屋を出ていく。
他にも訓練室はあるから、そっちへ行ったのだろう。
「腰抜けばっかりだな」
「ありがと、フレン」
「は? 別にお前のために言ったんかねぇよ。俺が気に入らなかっただけだ」
「それでも……ありがとう」
この城で、私の味方をしてくれるのはフレンと殿下くらいだ。
他の人から向けられる視線は、いつも怖くて冷たい。
私が女だから。
女の癖に騎士をしていて、男よりも強いから。
反対に女性からは哀れまれるし、どこもかしこも敵だからけだ。
「そういや、あの王子何か言ってたか?」
「え? あー何か後で話があるって言われたよ」
「ふぅーん……」
何だか不機嫌そうに言うフレン。
よくよく思い出してみると、殿下を見ている時も同じような顔をしていた。
「前から思ってたけど、フレンって殿下のこと苦手なの?」
「別に」
「本当? いつも殿下がいらっしゃった後は不機嫌になるし」
「そうでもねぇよ」
「今も不機嫌ででしょ?」
「……嫌いとかじゃない。ただ……何となく気に入らない」
それを嫌いって言うんじゃないのかな?
と思ったけど、フレンは剣を抜いて構えだしたから、私も聞くタイミングを失った。
それからいつも通り戦って、また私が勝って。
夕方くらいに一人、殿下の元を訪れた。
「来てくれたね? シエル」
「はい。それで話というのは?」
「明後日、隣国の来賓を招いてパーティが開かれることは知っているかな?」
「はい。存じております」
かなり大きな規模で開かれるから、騎士団の護衛も多く配置される。
私とフレンは非番だから、その日は参加しないけど。
「そのパーティーに、君も参加してほしいのだ」
「え……私が、ですか?」
「ああ」
突然の申し出に、私は戸惑った。
「今回のパーティーはとても重要でね。僕も参加する予定でいる」
「殿下もですか?」
「ああ。そこでぜひ、君にも一緒にいてほしいんだ」
「私に……」
パーティーへ参加してほしいと、殿下はおっしゃった。
その日は非番だし、言い回し的にも護衛としてではないと思う。
純粋に参加してほしいと。
「わ、私なんかが参加しても……よろしいのでしょうか?」
「何を言う? 君だから良いんだよ。君にいてほしいんだ」
「殿下……」
殿下はハッキリとそうおっしゃった。
真っすぐに私のことを見つめて、真剣な表情で。
こんなにも真摯にお願いされて、断れるはずもない。
「わかりました」
私はそう答えて、翌日――
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