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「婚約者……? 私が、殿下の?」
「そうだ」
「どうして、ですか?」
「お前のことが気に入った。その力もそうだが、俺を相手に物怖じしない態度も面白い。俺はずっと探していたんだ。共にこの国を変えることができる存在を。きっとお前がそれだ」

 笑みを浮かべてそう言い切る殿下に、私は首を傾げる。
 私の何を評価してくれているのか。
 異能だけを必要とされるほうがまだ説得力がある。

「知っての通り、俺は王位継承権を争う立場にある。その上で、婚約者の存在は重要な要素だ。より優れた人物……立場、地位、思想……もしくは、絶対的な力を持つ者が隣にいれば、それだけ俺を支持する者が増えるだろう」

 殿下は語る。
 要するに、自分が王になるために力を貸せ、と言っているのか。
 私のことが気に入ったとか言いながら、結局力がほしいだけ。
 まぁ、わかっていたけど。

「でしたら私でなくてもいいでしょう? 私より姉のエレナのほうが、立場も力もあります」
「いいや、お前でなくてはダメだ。俺の隣に、お前以上の適任はいない」

 断固として言い切る姿勢に私は疑問を抱く。
 そこまでして私の力がほしい?
 だとしても他に方法はある。
 わざわざ目立つような婚約者に置かなくても、利用する方法なんて……。

「俺の母は無能力者だった」
「――!」

 突然語り出す。
 きっと、納得いかない私に知らせるために。
 彼は過去を、願いを語る。

「無能力者がこの国でどういう扱いを受けるのか。お前ならよく知っているだろう?」
「……」

 もちろん知っている。
 知り尽くしている。
 この身で十年以上味わってきたのだから。

「加えて母は唯一の一般女性だった。周囲の締め付けは激しく、父でさえ母のことを疎ましく思っていた。俺が異能者だったから尚更、母の存在は邪魔だったのだろう」

 まるで私たち双子の姉妹の話を聞いてるようだった。

「待遇に耐えかねた母は失踪した。俺は……優しい母が好きだった。あの人の笑っている顔が見たかった……だが、この国では、世界ではそれが叶わないと悟った。だから、俺が変える」

 彼は拳を握る。
 決意するように。
 想いを打ち明ける。

「この話を知っているのは王族と、ごく一部の貴族のみ。大半は知らないが、自然と支持率は低い。俺は八人の候補の中で一番期待されていない。俺の異能者としての資質だけでは、ついてくる者は限られている」
「……だから、私ですか?」
「ああ。お前は、持たざる者の苦しみを知り、共有できる存在だ。俺はずっと待っていた。お前のような存在が現れることを。だから、お前は俺の婚約者になれ」
「……」

 彼の思いはわかった。
 共感できる部分は多い。
 彼の願いは、異能者だけが優遇される世界を変えること。
 彼の母親が堂々と生きられる世界にすること。
 それはとても素晴らしいことだと思う。
 でも私は……。

「私は平穏に暮らしたいだけです」
「知っている。だが、断ればどうせ平穏はない。このことを俺が公表する」
「っ……」
「どうなるか想像に容易いだろう?」

 ここにきて脅し……。
 優しい人なのかと思ったけど、いい性格しているわね。

「断っても受け入れても、今まで通りの生活はできないぞ? だったら俺の婚約者になるほうが得だとは思わないか?」
「……」
「それに、俺の婚約すれば間違いなく、お前の両親や周囲の人間は驚き動揺するだろうな。なぜお前がそこにいるのかと……悔しがるかもしれない。今まで見下していた相手が自分より上にいる。さぞ気分が悪いだろう。反対にお前は――」

 気分がいい。
 想像してしまった私は、思わずニヤリと笑みを浮かべる。
 私は自分で思っていた以上にネチネチした性格なのかもしれない。
 皆が私を羨ましく思うことに、優越感を抱いてしまった。

「お前にとっても悪くない話だ。」
「……一つ、確認してもいいでしょうか」
「なんだ?」
「殿下が目指す未来で、私は平穏な暮らしができますか?」

 私の願い平穏な暮らし。
 意趣返しができようと、すっきりしようと。
 それが達成できなければ意味はない。

「俺が保証しよう。俺の目的が達成されたなら、お前は望んだ暮らしを手に入れられる」
「――わかりました」

 その一言で、私は決心した。
 どうせバレてしまったのなら、盛大にこの機会を利用しよう。
 私を見下していた人たちをギャフンと言わせて、最後には平穏な暮らしを手に入れる。
 最高の人生設計のために。
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