上 下
18 / 26

18.神の奇跡

しおりを挟む
 呪いと病の違いは、根本的には一点。
 原因が魔力にあるのかどうか。
 呪いという概念が広まったのは、神々が世界を造り、人と共に生きていた頃だ。
 人間にとって自身以外の魔力を取り込むことは、毒を飲むことに等しい。
 しかし当時の人間は、神々と近い距離で生きていた所為で、現代人より魔力が濃く異質だった。
 互いに影響し合い、相性によっては共にいるだけで毒になる。
 それが呪いの始まり。

「じゃあお母さんは、誰かの魔力に影響されて?」
「それはたぶん違う。現代でそれほどの影響力を持っているのは、たぶん僕だけじゃないかな」

 そうならないように、僕は魔術を学び力を制御している。
 僕を除けば母さんだけだが、母さんは湖から外へは出られない。
 
「答えは自分の魔力だ」
「自分の? 自分の魔力にあてられたっていうのか?」
「そう。魔力って精神や意識の影響を強く受けるんだ。疲労、負の感情、ストレス……そういう要因で、魔力の性質が変化してしまうことがある」

 異質に変化した魔力は、自分自身の身体にとって毒となる。
 全身に魔力という毒が循環し、様々な状態異常を引き起こしている。
 それが今、セラさんが置かれている状況だ。

 僕は彼女を背負い、三人を引き連れて湖の跡に向った。
 道中、異変を聞きつけた村の人たちも合流して、ほぼ全員で湖に到着する。
 人が増えてくれたのは好都合だ。
 目撃者が多いほど、母さんの力は強まるだろう。
 到着した僕は、セラさんをミラに預け空っぽになっている湖へ足を進める。

「セラさんをよろしく」
「な、何するんだよ」
「準備だよ。母さんを呼ぶには、依代となる場所が必要なんだ」

 水の女神である母さんは、水のある場所でこそ力を発揮する。
 信仰が弱まった現代で、肉体を保てるのは水の付近のみ。
 加えて水は穢れなく清らかでなくてはならない。

「大きさはうちの湖より小さいけど、僕の術式で生成した水なら一時的な依代としては十分のはず」

 僕は枯れた湖の前で力強く手を組む。
 
「水霊濡法水天――」

 上空に水の幕を生成。
 そこから大量の水を降り注ぐ。

大洪波だいこうは!」

 巨大な滝のように流れ落ちる水が、枯れた湖の地面に衝突する。
 流れは急速に渦を巻き、瞬く間に湖を潤していく。
 その光景を見る者たちは言葉を失い、ただただじっと流れる水に見入っていた。
 
 湖が水で満たされる。

「母さん……来て」
「――アクト」

 僕の声に、母さんが答える。
 湖が淡く水色の光を放ち始め、光は一点に集まり形を変える。
 眩しいほどに輝きを放ってから、目を開けた先には母さんが立っていた。
 村人たちが驚き声をあげる。

「お、女の人が現れたぞ?」
「一体何が起こっとるんじゃ!」
「……あの人が、アクトのお母さん……」

 ミラもぼそりと呟いた。
 その声に反応してか、セラさんがうっすらと目を開ける。
 僕はセラさんを確認してから、母さんに言う。

「突然呼び出してごめん、実はお願いがあって」
「大丈夫よ、わかっているから」
「ありがとう母さん」

 母さんはニコリと微笑む。
 そうして湖の水を踏みしめ、セラさんの前へと歩み寄る。

「……貴女……は……」
「わたしはウルネ。水の女神ウルネ」
「女神様……ああ、やっとお会いできました」

 セラさんは涙を流す。
 彼女は心の底から信じていた。
 神の存在を。
 どこかにいて、自分たちを見守ってくれていることを。
 今となっては数少ない、神への信仰を残す人。

「わたしも会えて嬉しい。貴女はわたしを、神を信じているのですね」
「はい……もちろんです」
「ありがとうございます」

 本当にありがとう。
 僕も心の中でそう呟く。
 彼女のように、神様を信じてくれる人がいたから母さんは存在している。
 もしもいなければ、僕は母さんを失っていただろう。
 そう思うと、感謝してもしたりないくらいだ。

「なら、私は貴方に問います。貴女はこれまで、多くの善行を成してきた。それに間違いはありませんか?」
「はい」

 彼女は答える。
 嘘偽りない言葉で。

「ならば応えましょう。貴女は報われるべき人です」

 母さんはそう言って、セラさんに右手をかざす。
 優しい光が彼女を包み込み、赤い痣がゆっくりと消えていく。
 水は流れ、消えていく。
 汚れを取り込み、綺麗にする。
 光が弱まる頃にはもう、セラさんを蝕む呪いは洗い流されていた。

「はい。これでも大丈夫です」
「ほ、本当に? お母さん?」
「身体が軽い。どこも痛くないわ」

 その瞬間、ミラが涙を流す。
 悲しみの冷たい波ではない。
 嬉しさからくる……温かくて優しい涙を。

「お母さん! お母さん!」

 泣きながら母親に抱き着く姿は子供みたいだった。
 張り詰めていた糸が緩んだのだろう。
 抑え込んでいた感情の波が、一気に押し寄せて来たとも言える。
 ミラは姉弟たちと一緒に、元気になった母親の胸で泣き続けた。
 そんな彼女たちを優しくあやしながら微笑むセラさんが、僕の母さんとも重なる。
 
「良かったな、ミラ」

 こうして、彼女と彼女の母親は救われた。
 奇跡に等しい光景を、多くの人が目撃した。
 おそらく初めて、僕以外の人間が神の存在を認知したのも……この時だろう。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

弓使いの成り上がり~「弓なんて役に立たない」と追放された弓使いは実は最強の狙撃手でした~

平山和人
ファンタジー
弓使いのカイトはSランクパーティー【黄金の獅子王】から、弓使いなんて役立たずと追放される。 しかし、彼らは気づいてなかった。カイトの狙撃がパーティーの危機をいくつも救った来たことに、カイトの狙撃が世界最強レベルだということに。 パーティーを追放されたカイトは自らも自覚していない狙撃で魔物を倒し、美少女から惚れられ、やがて最強の狙撃手として世界中に名を轟かせていくことになる。 一方、カイトを失った【黄金の獅子王】は没落の道を歩むことになるのであった。

【完】転職ばかりしていたらパーティーを追放された私〜実は88種の職業の全スキル極めて勇者以上にチートな存在になっていたけど、もうどうでもいい

冬月光輝
ファンタジー
【勇者】のパーティーの一員であったルシアは職業を極めては転職を繰り返していたが、ある日、勇者から追放(クビ)を宣告される。 何もかもに疲れたルシアは適当に隠居先でも見つけようと旅に出たが、【天界】から追放された元(もと)【守護天使】の【堕天使】ラミアを【悪魔】の手から救ったことで新たな物語が始まる。 「わたくし達、追放仲間ですね」、「一生お慕いします」とラミアからの熱烈なアプローチに折れて仕方なくルシアは共に旅をすることにした。 その後、隣国の王女エリスに力を認められ、仕えるようになり、2人は数奇な運命に巻き込まれることに……。 追放コンビは不運な運命を逆転できるのか? (完結記念に澄石アラン様からラミアのイラストを頂きましたので、表紙に使用させてもらいました)

チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?

桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」  その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。  影響するステータスは『運』。  聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。  第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。  すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。  より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!  真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。 【簡単な流れ】 勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ 【原題】 『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』

ハズレ職業のテイマーは【強奪】スキルで無双する〜最弱の職業とバカにされたテイマーは魔物のスキルを自分のものにできる最強の職業でした〜

平山和人
ファンタジー
Sランクパーティー【黄金の獅子王】に所属するテイマーのカイトは役立たずを理由にパーティーから追放される。 途方に暮れるカイトであったが、伝説の神獣であるフェンリルと遭遇したことで、テイムした魔物の能力を自分のものに出来る力に目覚める。 さらにカイトは100年に一度しか産まれないゴッドテイマーであることが判明し、フェンリルを始めとする神獣を従える存在となる。 魔物のスキルを吸収しまくってカイトはやがて最強のテイマーとして世界中に名を轟かせていくことになる。 一方、カイトを追放した【黄金の獅子王】はカイトを失ったことで没落の道を歩み、パーティーを解散することになった。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

神様に与えられたのは≪ゴミ≫スキル。家の恥だと勘当されたけど、ゴミなら何でも再生出来て自由に使えて……ゴミ扱いされてた古代兵器に懐かれました

向原 行人
ファンタジー
 僕、カーティスは由緒正しき賢者の家系に生まれたんだけど、十六歳のスキル授与の儀で授かったスキルは、まさかのゴミスキルだった。  実の父から家の恥だと言われて勘当され、行く当ても無く、着いた先はゴミだらけの古代遺跡。  そこで打ち捨てられていたゴミが話し掛けてきて、自分は古代兵器で、助けて欲しいと言ってきた。  なるほど。僕が得たのはゴミと意思疎通が出来るスキルなんだ……って、嬉しくないっ!  そんな事を思いながらも、話し込んでしまったし、連れて行ってあげる事に。  だけど、僕はただゴミに協力しているだけなのに、どこかの国の騎士に襲われたり、変な魔法使いに絡まれたり、僕を家から追い出した父や弟が現れたり。  どうして皆、ゴミが欲しいの!? ……って、あれ? いつの間にかゴミスキルが成長して、ゴミの修理が出来る様になっていた。  一先ず、いつも一緒に居るゴミを修理してあげたら、見知らぬ銀髪美少女が居て……って、どういう事!? え、こっちが本当の姿なの!? ……とりあえず服を着てっ!  僕を命の恩人だって言うのはさておき、ご奉仕するっていうのはどういう事……え!? ちょっと待って! それくらい自分で出来るからっ!  それから、銀髪美少女の元仲間だという古代兵器と呼ばれる美少女たちに狙われ、返り討ちにして、可哀想だから修理してあげたら……僕についてくるって!?  待って! 僕に奉仕する順番でケンカするとか、訳が分かんないよっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした

コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。 クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。 召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。 理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。 ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。 これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。

処理中です...