生まれてすぐ捨てられた王子の僕ですが、水神様に拾われたので結果的に幸せです。

日之影ソラ

文字の大きさ
上 下
5 / 26

5.旅立ち、そして出会い

しおりを挟む
 三か月という期間はあっという間に過ぎてしまった。
 気付けば試験まで十日と近づき、いよいよ僕も湖を出発することになる。

「よいしょっと」
「忘れ物はない? ちゃんと準備はした?」
「もちろん。昨日と今朝で確認したから問題ないよ」

 僕は黒いカバンを背負って玄関から外に出る。
 出発前の確認は念入りにしたし、忘れ物はないはずだ。
 そう何度も言っているのに、心配性な母さんは度々確認してくる。

「本当に大丈夫ね? 何かあったらすぐに連絡しなさい。水のある場所ならどこでもわたしと繋がるから」
「わかってるって。僕なら大丈夫だよ。それより母さんのほうが心配だなぁ」
「わたしは心配いらないわ。一人でいた頃のほうが永いもの。慣れているわ」
「そっか」

 あまり慣れてほしくないなと正直思う。
 
「それよりあなたが心配よ。ちゃんと他の人と話せる? 変なこと言って喧嘩になっては駄目よ?」
「大丈夫だって。心配し過ぎだよ」

 まったく呆れてしまうよ。
 この間までは出て行ったほうが良いと言っていた癖に。
 今は過保護なほど心配してくれてさ。

「……やっぱり寂しいわね。我が子が旅立つと思うと」
「何言ってるのさ。今回は試験を受けに行くだけだし、終わったらすぐ帰ってくるよ」
「そうね。じゃあ、ご馳走を作って待っているわ」
「はははっ、楽しみだなぁ~」

 僕のほうこそ、母さんの料理が食べられなくて寂しい思いをしそうだ。
 そうなる前にいち早く、この家に帰ってこよう。

「じゃあ行ってきます」
「ええ、いってらっしゃい」

 母さんに見送られ、僕は駆け出す。
 大きく美しい湖に向って、思いっきり跳びあがる。
 着水した水面に波紋は立たず、僕はそのまま術式を発動して波を操る。
 
「行くぞ」

 水霊濡法――斗波となみ
 
 僕の足元に生成された小さな波が、湖へ注ぐ川のほうへと移動する。
 その波に乗りながら、川の流れに逆らいながら進んでいく。
 この川は王都に続いているらしいから、川を遡っていけば王都にたどり着くだろう。
 普通に歩いていくより、こっちのほうが断然早いし迷わない。
 
「早くて三日後には着くかな~ 荒れてなければいいけど」

 ふと思う。
 生まれたばかりの僕は、この川を流れて湖にたどり着いたんだ。
 そして今、同じ川を反対に進んでいる。
 川の流れに逆らいながら、生まれ故郷を目指している。

「王都……か」

 どんな場所なのだろう。
 純粋な興味と一抹の不安を感じながら、僕は川をのぼる。

  ◇◇◇

 出発から二日目までは順調だった。
 問題は三日目の昼。
 予定通りに進んで、だいたい川の半分くらいまでたどり着いた頃。
 穏やかだった天候が一気に悪化して、大雨に見舞われてしまった。
 雨は広範囲に振っている様子で、川の流れも急激に荒々しくなっていった。
 水位も増して川辺だった場所も水が浸っている。
 僕は一先ず、水が届いていない陸地へ避難した。

「これはしばらく無理そうだな」

 流れは荒々しくなる一方だ。
 無理やり斗波で渡れなくもないけど、一定のリスクを伴う。
 母さんにも無理しないでと釘を刺されたばかりだし、今は安全な道を辿ろう。
 と言っても……

「陸は陸で危険なんだけどね」

 こういう悪天候は人間にとってだけで、他は違ったりするんだ。
 例えばそう、今まさに目の前で道を塞ぐ巨大ヒルの魔物……リーチのように。

「雨が降ると巨大化する性質を持った魔物……だったかな」

 リーチは水辺に多く生息する魔物で、普段は手のひらに乗るくらい小さい。
 しかし雨が降ると巨大化して、その図体は人間の三倍以上に達する。
 相手を取り込み一瞬で血を吸ってしまう凶暴さも併せ持つ。
 僕が暮らしていた湖にはいなかったから、実際に見るのは初めてだ。

「えっと、三匹か」

 冷静に数を数え、相手との距離を見計らう。
 リーチたちは徐々に、確実に僕のほうへと迫っている。
 雨で力を増し、獲物を前にして高ぶっているのだろうか。

「だけど残念。雨で力を増すのは、お前たちだけじゃないんだよ」

 僕は両手を合わせ、指先をリーチに向けて構える。

「水霊濡法――」

 背後に水が集まり、長細い槍の形に変化する。
 その数は九本。
 槍先は全て、眼前のリーチに向いている。

降槍くだやり!」

 九本の槍が放たれ、リーチの身体を貫通する。
 直撃した箇所から槍が侵入し、内部で水が弾ける。
 それによってリーチの身体は粉々に砕け散り、地面が赤い血で染まる。

「ふぅ……あまり川辺を汚したくないんだけどな」

 この川の先には母さんがいる。
 なるべく戦いは避けよう。
 そう思った矢先に、轟音が鳴り響く。

「何だ!?」

 雷の音?
 いや違う……何かの振動音だ。

 僕は急いで音のした方向にかけつけた。
 するとそこには――

「女の子?」

 傷ついた女の子が膝をついていた。
 頭から血を流している所為で、金色の髪を赤く染まっている。
 その眼前には巨大熊の魔物、ボアグリズリーが迫る。
 リーチの倍はある図体に強靭な爪で、今にも彼女に襲い掛かりそうだ。

「くそっ……こんな、こんな所で死んでたまるか」

 彼女は傷つきながら立ち上がる。
 強い目で、諦めることなく。

「私は……死ねない! お母さんを助けるまでは!」

 その時、母親の顔が浮かんだ。
 もう理由なんて考える必要もない。
 気付けば僕は駆け出していた。

「っ――」
「水刃!」

 グリズリーと彼女の間に水の刃が放たれる。
 地面が切り裂かれ、驚いたグリズリーが後ろに跳び避ける。

「……え? だ、誰?」
「ただの通りすがりだよ。まっ、しいて言えば君と同じで……母親が大好きなね」
しおりを挟む
【新作】宮廷錬成師の私は妹に成果を奪われた挙句、『給与泥棒』と罵られ王宮を追放されました ~後になって私の才能に気付いたってもう遅い!
https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/44507019
感想 8

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完】転職ばかりしていたらパーティーを追放された私〜実は88種の職業の全スキル極めて勇者以上にチートな存在になっていたけど、もうどうでもいい

冬月光輝
ファンタジー
【勇者】のパーティーの一員であったルシアは職業を極めては転職を繰り返していたが、ある日、勇者から追放(クビ)を宣告される。 何もかもに疲れたルシアは適当に隠居先でも見つけようと旅に出たが、【天界】から追放された元(もと)【守護天使】の【堕天使】ラミアを【悪魔】の手から救ったことで新たな物語が始まる。 「わたくし達、追放仲間ですね」、「一生お慕いします」とラミアからの熱烈なアプローチに折れて仕方なくルシアは共に旅をすることにした。 その後、隣国の王女エリスに力を認められ、仕えるようになり、2人は数奇な運命に巻き込まれることに……。 追放コンビは不運な運命を逆転できるのか? (完結記念に澄石アラン様からラミアのイラストを頂きましたので、表紙に使用させてもらいました)

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

処理中です...