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終章 果てなき研鑽

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 ギガスの学園襲撃から始まり、黒幕ルキフグスとの激闘に勝利した俺たちは、平穏な日々を取り戻していた。
 あの戦いから三日が明け、俺はいつも通りに学園で講義を受ける。
 隣にはアイリアの姿があった。

「今日はここまでだ。各自復習しておくように」

 講義が終わり、担当教員が退出する。
 生徒たちがまばらに席を立ち、ぞろぞろと教室から出ていく。 

「俺たちも出るか」
「うん!」

 俺とアイリアも教室を出る。
 その後は次の講義を受けるために廊下を二人で歩いていた。
 するとアイリアが唐突に口を開く。

「怪我はもう平気なの?」
「ん? ああ、背中の傷か。もうすっかり治ったよ」
「そっか! よかった」

 本当に嬉しそうな笑顔をアイリアは見せる。
 ルキフグスとの戦闘で受けた背中の傷は、思ったよりも深手だった。
 傷がわずかに左肺に届いていて、切り口から灰の中に血液が流れ込んでいたらしい。
 戦闘中はハイになっていて気付かなかったけど、終わった途端に胸が苦しくなって倒れたそうだ。
 自分でもあまり記憶がない。
 気が付いた時には、学園の寮のベッドで横になっていた。

 あとで聞いた話だと、グリムとヴィルが急いで魔王城に連れ帰ってくれたらしい。
 魔王は治癒系の術式も所持しているから、その力で傷を完治させたとか。
 深い傷の治療には生命力を消費する。
 その関係で丸一日眠っていたらしい。
 俺が眠っている間の口裏合わせは、事情を知っている王女様が上手くやってくれたようだ。
 
「本当に心配したんだよ? 学園を襲った人と一人で戦ったって聞いて、怪我をして寝込んでるって聞かされた時には心臓が止まるかと思った」
「大袈裟だな。別に死にはしないよ」
「そんなのわからないよ! 私はとっても心配したんだから」

 アイリアはぷんぷん怒りながら顔を近づけてくる。
 こんなに怒る彼女は初めてみた。
 よほど心配させたのだろう。

「次からは無傷で倒すようにするか」
「そういう問題じゃないよ……」

 彼女は小さくため息をこぼす。
 ギガス相手の時は傷一つ追わなかったんだけど……と、心の中で言い訳を口にする。

「でも、凄いねリイン君! 学園を襲った悪い人を一人でやっつけちゃうなんて」
「そうか?」
「うん! みんな噂してたよ!」
「噂ねぇ……」

 確かに今も、周囲の視線はビンビン感じている。
 ギガスは学園の結界に難なく侵入し、かけつけた教員や生徒を含む数十人をわずか数秒で壊滅させた。
 しかもきっちり、戦った相手は全員あの世に送られている。
 奴と戦い、唯一生き残ったのは勝利した俺だけだった。
 あのまま奴を放置すれば、学園内にいた人間はもれなく全員殺され、王女様も攫われていただろう。
 辺境伯爵の次男が巨悪に一人で立ち向かい、勝利して学園を救った。
 この一大ニュースは学園はもちろん、王都中に広まっている。
 別に褒められたくて戦ったわけじゃないし、注目されて自由が制限されるのはちょっと困る。

「ったく、もっと誤魔化して報告してほしかったな」

 本件を報告したのは事実を全て知っている王女様だ。
 もちろん、ルキフグスの件は伝えていないだろう。
 彼女が真実をそのまま話せば、王国中を巻き込んだ大事件に発展してしまうからな。
 ついでに悪魔と繋がりがある俺も、功労者から犯罪者にジョブチェンジだ。
 そうなっていない現状を見ると、王女様は魔界の件を省いて伝えているのだろう。
 王城様とはルキフグスとの戦い以降会っていない。
 学園に来ていないようだ。
 さすがに王族で、狙われたのが彼女だったわけだし、忙しいのだろう。
 もしかすると彼女は、このまま学園から去ることも……。

「あ、王女様!」
「こんにちは、アイリア」
 
 彼女はいつも通り笑顔を見せる。
 目が合う。
 どうやら、俺が考えていたことにはならないらしい。
 廊下の真ん中で、俺たちは再会する。

「こんにちは、リイン。元気そうね」
「おかげさまで。そっちは大変そうか?」
「ええ。事後処理がとても面倒よ。いろいろと手続きもあったし……でも、ようやくそれも終わったわ」
「そうか。じゃあ俺たちは講義があるから」

 立ち去ろうとした俺の手を、王女様は握って止める。
 俺は振り返る。

「なんだ?」
「あなたに嬉しいお知らせがあるわ」

 彼女はニコリと笑みをこぼす。
 なぜだろう?
 とても面倒なことになりそうな予感がするのは……。

「今回の一件、功労者があなたであることは私から伝えてあるわ」
「別に適当でよかったのに」
「いいわけないじゃない。あなたがこの学園を救ったのよ? お父様も、学園側も、今回の件を重くとらえているわ。学園の警備は一新されることになるわね」
「へぇ、大変そうだな」

 正直あまり興味はなかった。
 学園が狙わるなら、その時は戦うだけだ。
 もちろん、強い相手に限るけど。
 俺のスタンスは変わらない。

「私が狙われたことも、お父様は問題視しているわ。だから学園内でも正式に、私の専属の護衛を付けることになったの」
「そうなのか。じゃあ俺の役目も終わりだな」
「何言ってるの? あなたがそうよ」
「……は?」

 こいつ、今なんて言ったんだ?
 王女の護衛なんだから騎士団か魔術師団から配属されるだろ普通。

「護衛の任命権は私にあった。だからあなたを指名したの。お父様もその他も、満場一致で決まったわ」
「おい……何勝手に決めてるんだ? 俺の意見は――」
「それからもう一つ、今回のあなたの働きに見合った報酬について話がまとまったの」
「報酬なんていらな――」

 彼女は俺の手を引き、右腕に抱き着く。
 身体と身体を寄せ合い、俺の胸の中で顔を見上げる。

「あなたを私の婚約者にすることしたわ」
「――は?」
「……え?」

 シャランと、左右のイヤリングが揺れる。
 廊下のど真ん中。
 俺たちは嫌でも注目を浴びる。

「よろしね? 未来の旦那様」

 その瞬間、学園中に響き渡る驚きの声が四方から上がった。
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