44 / 46
終章 果てなき研鑽
壱
しおりを挟む
ギガスの学園襲撃から始まり、黒幕ルキフグスとの激闘に勝利した俺たちは、平穏な日々を取り戻していた。
あの戦いから三日が明け、俺はいつも通りに学園で講義を受ける。
隣にはアイリアの姿があった。
「今日はここまでだ。各自復習しておくように」
講義が終わり、担当教員が退出する。
生徒たちがまばらに席を立ち、ぞろぞろと教室から出ていく。
「俺たちも出るか」
「うん!」
俺とアイリアも教室を出る。
その後は次の講義を受けるために廊下を二人で歩いていた。
するとアイリアが唐突に口を開く。
「怪我はもう平気なの?」
「ん? ああ、背中の傷か。もうすっかり治ったよ」
「そっか! よかった」
本当に嬉しそうな笑顔をアイリアは見せる。
ルキフグスとの戦闘で受けた背中の傷は、思ったよりも深手だった。
傷がわずかに左肺に届いていて、切り口から灰の中に血液が流れ込んでいたらしい。
戦闘中はハイになっていて気付かなかったけど、終わった途端に胸が苦しくなって倒れたそうだ。
自分でもあまり記憶がない。
気が付いた時には、学園の寮のベッドで横になっていた。
あとで聞いた話だと、グリムとヴィルが急いで魔王城に連れ帰ってくれたらしい。
魔王は治癒系の術式も所持しているから、その力で傷を完治させたとか。
深い傷の治療には生命力を消費する。
その関係で丸一日眠っていたらしい。
俺が眠っている間の口裏合わせは、事情を知っている王女様が上手くやってくれたようだ。
「本当に心配したんだよ? 学園を襲った人と一人で戦ったって聞いて、怪我をして寝込んでるって聞かされた時には心臓が止まるかと思った」
「大袈裟だな。別に死にはしないよ」
「そんなのわからないよ! 私はとっても心配したんだから」
アイリアはぷんぷん怒りながら顔を近づけてくる。
こんなに怒る彼女は初めてみた。
よほど心配させたのだろう。
「次からは無傷で倒すようにするか」
「そういう問題じゃないよ……」
彼女は小さくため息をこぼす。
ギガス相手の時は傷一つ追わなかったんだけど……と、心の中で言い訳を口にする。
「でも、凄いねリイン君! 学園を襲った悪い人を一人でやっつけちゃうなんて」
「そうか?」
「うん! みんな噂してたよ!」
「噂ねぇ……」
確かに今も、周囲の視線はビンビン感じている。
ギガスは学園の結界に難なく侵入し、かけつけた教員や生徒を含む数十人をわずか数秒で壊滅させた。
しかもきっちり、戦った相手は全員あの世に送られている。
奴と戦い、唯一生き残ったのは勝利した俺だけだった。
あのまま奴を放置すれば、学園内にいた人間はもれなく全員殺され、王女様も攫われていただろう。
辺境伯爵の次男が巨悪に一人で立ち向かい、勝利して学園を救った。
この一大ニュースは学園はもちろん、王都中に広まっている。
別に褒められたくて戦ったわけじゃないし、注目されて自由が制限されるのはちょっと困る。
「ったく、もっと誤魔化して報告してほしかったな」
本件を報告したのは事実を全て知っている王女様だ。
もちろん、ルキフグスの件は伝えていないだろう。
彼女が真実をそのまま話せば、王国中を巻き込んだ大事件に発展してしまうからな。
ついでに悪魔と繋がりがある俺も、功労者から犯罪者にジョブチェンジだ。
そうなっていない現状を見ると、王女様は魔界の件を省いて伝えているのだろう。
王城様とはルキフグスとの戦い以降会っていない。
学園に来ていないようだ。
さすがに王族で、狙われたのが彼女だったわけだし、忙しいのだろう。
もしかすると彼女は、このまま学園から去ることも……。
「あ、王女様!」
「こんにちは、アイリア」
彼女はいつも通り笑顔を見せる。
目が合う。
どうやら、俺が考えていたことにはならないらしい。
廊下の真ん中で、俺たちは再会する。
「こんにちは、リイン。元気そうね」
「おかげさまで。そっちは大変そうか?」
「ええ。事後処理がとても面倒よ。いろいろと手続きもあったし……でも、ようやくそれも終わったわ」
「そうか。じゃあ俺たちは講義があるから」
立ち去ろうとした俺の手を、王女様は握って止める。
俺は振り返る。
「なんだ?」
「あなたに嬉しいお知らせがあるわ」
彼女はニコリと笑みをこぼす。
なぜだろう?
とても面倒なことになりそうな予感がするのは……。
「今回の一件、功労者があなたであることは私から伝えてあるわ」
「別に適当でよかったのに」
「いいわけないじゃない。あなたがこの学園を救ったのよ? お父様も、学園側も、今回の件を重くとらえているわ。学園の警備は一新されることになるわね」
「へぇ、大変そうだな」
正直あまり興味はなかった。
学園が狙わるなら、その時は戦うだけだ。
もちろん、強い相手に限るけど。
俺のスタンスは変わらない。
「私が狙われたことも、お父様は問題視しているわ。だから学園内でも正式に、私の専属の護衛を付けることになったの」
「そうなのか。じゃあ俺の役目も終わりだな」
「何言ってるの? あなたがそうよ」
「……は?」
こいつ、今なんて言ったんだ?
王女の護衛なんだから騎士団か魔術師団から配属されるだろ普通。
「護衛の任命権は私にあった。だからあなたを指名したの。お父様もその他も、満場一致で決まったわ」
「おい……何勝手に決めてるんだ? 俺の意見は――」
「それからもう一つ、今回のあなたの働きに見合った報酬について話がまとまったの」
「報酬なんていらな――」
彼女は俺の手を引き、右腕に抱き着く。
身体と身体を寄せ合い、俺の胸の中で顔を見上げる。
「あなたを私の婚約者にすることしたわ」
「――は?」
「……え?」
シャランと、左右のイヤリングが揺れる。
廊下のど真ん中。
俺たちは嫌でも注目を浴びる。
「よろしね? 未来の旦那様」
その瞬間、学園中に響き渡る驚きの声が四方から上がった。
あの戦いから三日が明け、俺はいつも通りに学園で講義を受ける。
隣にはアイリアの姿があった。
「今日はここまでだ。各自復習しておくように」
講義が終わり、担当教員が退出する。
生徒たちがまばらに席を立ち、ぞろぞろと教室から出ていく。
「俺たちも出るか」
「うん!」
俺とアイリアも教室を出る。
その後は次の講義を受けるために廊下を二人で歩いていた。
するとアイリアが唐突に口を開く。
「怪我はもう平気なの?」
「ん? ああ、背中の傷か。もうすっかり治ったよ」
「そっか! よかった」
本当に嬉しそうな笑顔をアイリアは見せる。
ルキフグスとの戦闘で受けた背中の傷は、思ったよりも深手だった。
傷がわずかに左肺に届いていて、切り口から灰の中に血液が流れ込んでいたらしい。
戦闘中はハイになっていて気付かなかったけど、終わった途端に胸が苦しくなって倒れたそうだ。
自分でもあまり記憶がない。
気が付いた時には、学園の寮のベッドで横になっていた。
あとで聞いた話だと、グリムとヴィルが急いで魔王城に連れ帰ってくれたらしい。
魔王は治癒系の術式も所持しているから、その力で傷を完治させたとか。
深い傷の治療には生命力を消費する。
その関係で丸一日眠っていたらしい。
俺が眠っている間の口裏合わせは、事情を知っている王女様が上手くやってくれたようだ。
「本当に心配したんだよ? 学園を襲った人と一人で戦ったって聞いて、怪我をして寝込んでるって聞かされた時には心臓が止まるかと思った」
「大袈裟だな。別に死にはしないよ」
「そんなのわからないよ! 私はとっても心配したんだから」
アイリアはぷんぷん怒りながら顔を近づけてくる。
こんなに怒る彼女は初めてみた。
よほど心配させたのだろう。
「次からは無傷で倒すようにするか」
「そういう問題じゃないよ……」
彼女は小さくため息をこぼす。
ギガス相手の時は傷一つ追わなかったんだけど……と、心の中で言い訳を口にする。
「でも、凄いねリイン君! 学園を襲った悪い人を一人でやっつけちゃうなんて」
「そうか?」
「うん! みんな噂してたよ!」
「噂ねぇ……」
確かに今も、周囲の視線はビンビン感じている。
ギガスは学園の結界に難なく侵入し、かけつけた教員や生徒を含む数十人をわずか数秒で壊滅させた。
しかもきっちり、戦った相手は全員あの世に送られている。
奴と戦い、唯一生き残ったのは勝利した俺だけだった。
あのまま奴を放置すれば、学園内にいた人間はもれなく全員殺され、王女様も攫われていただろう。
辺境伯爵の次男が巨悪に一人で立ち向かい、勝利して学園を救った。
この一大ニュースは学園はもちろん、王都中に広まっている。
別に褒められたくて戦ったわけじゃないし、注目されて自由が制限されるのはちょっと困る。
「ったく、もっと誤魔化して報告してほしかったな」
本件を報告したのは事実を全て知っている王女様だ。
もちろん、ルキフグスの件は伝えていないだろう。
彼女が真実をそのまま話せば、王国中を巻き込んだ大事件に発展してしまうからな。
ついでに悪魔と繋がりがある俺も、功労者から犯罪者にジョブチェンジだ。
そうなっていない現状を見ると、王女様は魔界の件を省いて伝えているのだろう。
王城様とはルキフグスとの戦い以降会っていない。
学園に来ていないようだ。
さすがに王族で、狙われたのが彼女だったわけだし、忙しいのだろう。
もしかすると彼女は、このまま学園から去ることも……。
「あ、王女様!」
「こんにちは、アイリア」
彼女はいつも通り笑顔を見せる。
目が合う。
どうやら、俺が考えていたことにはならないらしい。
廊下の真ん中で、俺たちは再会する。
「こんにちは、リイン。元気そうね」
「おかげさまで。そっちは大変そうか?」
「ええ。事後処理がとても面倒よ。いろいろと手続きもあったし……でも、ようやくそれも終わったわ」
「そうか。じゃあ俺たちは講義があるから」
立ち去ろうとした俺の手を、王女様は握って止める。
俺は振り返る。
「なんだ?」
「あなたに嬉しいお知らせがあるわ」
彼女はニコリと笑みをこぼす。
なぜだろう?
とても面倒なことになりそうな予感がするのは……。
「今回の一件、功労者があなたであることは私から伝えてあるわ」
「別に適当でよかったのに」
「いいわけないじゃない。あなたがこの学園を救ったのよ? お父様も、学園側も、今回の件を重くとらえているわ。学園の警備は一新されることになるわね」
「へぇ、大変そうだな」
正直あまり興味はなかった。
学園が狙わるなら、その時は戦うだけだ。
もちろん、強い相手に限るけど。
俺のスタンスは変わらない。
「私が狙われたことも、お父様は問題視しているわ。だから学園内でも正式に、私の専属の護衛を付けることになったの」
「そうなのか。じゃあ俺の役目も終わりだな」
「何言ってるの? あなたがそうよ」
「……は?」
こいつ、今なんて言ったんだ?
王女の護衛なんだから騎士団か魔術師団から配属されるだろ普通。
「護衛の任命権は私にあった。だからあなたを指名したの。お父様もその他も、満場一致で決まったわ」
「おい……何勝手に決めてるんだ? 俺の意見は――」
「それからもう一つ、今回のあなたの働きに見合った報酬について話がまとまったの」
「報酬なんていらな――」
彼女は俺の手を引き、右腕に抱き着く。
身体と身体を寄せ合い、俺の胸の中で顔を見上げる。
「あなたを私の婚約者にすることしたわ」
「――は?」
「……え?」
シャランと、左右のイヤリングが揺れる。
廊下のど真ん中。
俺たちは嫌でも注目を浴びる。
「よろしね? 未来の旦那様」
その瞬間、学園中に響き渡る驚きの声が四方から上がった。
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-
ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。
困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。
はい、ご注文は?
調味料、それとも武器ですか?
カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。
村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。
いずれは世界へ通じる道を繋げるために。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。

三十歳、アレだと魔法使いになれるはずが、異世界転生したら"イケメンエルフ"になりました。
にのまえ
ファンタジー
フツメンの俺は誕生日を迎え三十となったとき、事故にあい、異世界に転生してエルフに生まれ変わった。
やった!
両親は美男美女!
魔法、イケメン、長寿、森の精霊と呼ばれるエルフ。
幼少期、森の中で幸せに暮らしていたのだが……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!
IXA
ファンタジー
30年ほど前、地球に突如として現れたダンジョン。
無限に湧く資源、そしてレベルアップの圧倒的な恩恵に目をつけた人類は、日々ダンジョンの研究へ傾倒していた。
一方特にそれは関係なく、生きる金に困った私、結城フォリアはバイトをするため、最低限の体力を手に入れようとダンジョンへ乗り込んだ。
甘い考えで潜ったダンジョン、しかし笑顔で寄ってきた者達による裏切り、体のいい使い捨てが私を待っていた。
しかし深い絶望の果てに、私は最強のユニークスキルである《スキル累乗》を獲得する--
これは金も境遇も、何もかもが最底辺だった少女が泥臭く苦しみながらダンジョンを探索し、知恵とスキルを駆使し、地べたを這いずり回って頂点へと登り、世界の真実を紐解く話
複数箇所での保存のため、カクヨム様とハーメルン様でも投稿しています

投擲魔導士 ~杖より投げる方が強い~
カタナヅキ
ファンタジー
魔物に襲われた時に助けてくれた祖父に憧れ、魔術師になろうと決意した主人公の「レノ」祖父は自分の孫には魔術師になってほしくないために反対したが、彼の熱意に負けて魔法の技術を授ける。しかし、魔術師になれたのにレノは自分の杖をもっていなかった。そこで彼は自分が得意とする「投石」の技術を生かして魔法を投げる。
「あれ?投げる方が杖で撃つよりも早いし、威力も大きい気がする」
魔法学園に入学した後も主人公は魔法を投げ続け、いつしか彼は「投擲魔術師」という渾名を名付けられた――
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!
武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。
亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。
さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。
南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。
ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる