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第八章 極限の中で

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 グリムとヴィルが戦っているのがわかる。
 何度も相手をしていると、同じ空間にいれば戦況は読み取れる。
 二人が負けるはずがない。
 だから心配せず、俺は目の前の強者に集中できる。

「燃えろ」

 ルキフグスは右手から炎を放つ。
 俺は炎を刀で両断すると、視界の先にいたルキフグスが消える。
 気配を辿る。

「上か」

 頭上にいたルキフグスから雷撃が降る。
 回避が間に合わず、刀と魔力の鎧で受けきる。

「っ……!」
 
 気づけばルキフグスが眼前に立っていた。
 その拳は風を纏い、俺の腹部に拳をぶつける。
 瞬間、風が拡散して吹き飛ばされる。

「ぐはっ!」

 吹き飛び壁にめり込んだ俺は、すぐさま壁から飛び出す。
 再び向かい合い、大きく呼吸を整える。

「これが奪った術式……」

 術の多彩さ、運用方法。
 俺に考える隙を与えてくれない。
 わずか十数秒の戦いで理解する。

 この悪魔は、今の俺より強い。

「魔王の言った通りだな」
「……なぜ笑っている?」

 ルキフグスが問いかける。
 どうやら俺はまた無意識に笑っていたらしい。
 それに苛立ったのか。
 鋭い視線で俺を睨んでいた。

「もう理解したはずだ。俺は貴様よりも強い。貴様では俺に勝てない」
「……確かに強いな。でも生憎、勝てないとは思ってない」

 実力差は理解した。
 確かに今の俺には厳しい相手だが、届かないほどの差じゃない。
 実力が離れすぎていないなら、戦い方一つで勝機はある。

「気に入らない」
「――!」

 辺り一面を赤い結界が支配する。
 これはギガスの術式。
 しかもギガスが使用した時よりも吸収速度が速い。
 対処するより早く、俺の中の魔力が半分以上持っていかれた。
 俺は魔力を固めて吸収を防ぐ。
 と、その直後に結界を破壊し、ルキフグスは俺の右側面に移動して斬りかかってくる。

「っ……」

 咄嗟に刀で受けたが、想像より重い。
 一度きりの術式を迷わず使用し、対処されたら即座に切り替える。
 しかもさすが悪魔だ。
 ギガスよりも魔力扱いに長けている。
 攻撃のタイミングに放出の方向と量を調整して、的確に威力を増していた。
 俺は吹き飛ばされ、空中で回転して衝撃を殺して着地する。

「終わりだ」

 さっきより一段速く、ルキフグスが攻め込んでくる。
 加えて斬撃は重く、頭上で受け止めた俺の両足は地面にめり込む。
 いいや、奴が加速したんじゃない。
 魔力を奪われて、俺の身体能力が落ちている。

「っ、連戦が響いてるな」

 魔力操作を会得した今の俺は、的確に魔力を運用できる。
 消費をなるべく抑える戦い方ができるが、完全になくすことはできない。
 一度放出した魔力は体内に戻らない。
 体外で運用した魔力は、戦闘後に消費してしまう。
 ギガスとの戦いで、俺は大量の魔力を外に出してしまった。
 さらに残った魔力の半分が吸われている。
 今の俺の魔力は、学園に通う一般的な生徒と大差ない。

(こいつ……なぜ潰れない?)

 それでもギリギリ耐えているのは、女神様にもらったこの肉体のおかげだ。
 けどさすがに厳しいな。
 仕方ない。
 俺はルキフグスの斬撃をうまく往なし、距離を取る。

「逃げても無駄だ」

 それを追うルキフグス。
 俺の消耗を理解し、勝利を確信して油断している。
 その隙をつくように、俺は加速しルキフグスの背後をとる。

「何だと!?」

 下からの斬り上げ。
 ルキフグスは咄嗟にのけぞるが、腰から肩にかけて斬撃は当たる。
 俺の左手には小刀が握られていた。
 それが消滅していく。

「――そうか。魔力のストック」
「正解だ」

 俺が持つ剣製術式は、魔力を消費して剣を生み出す。
 生み出した剣は、俺が破壊しない限り消えない。
 自らの意思で剣を破壊した場合に限り、消費した魔力をすべて術者に還元する。
 魔力一日分で作った小刀は三本。
 うち一本を消費したことで、俺の魔力は全回復した。
 今なら当てられる。

 巌流――

「燕返し」

 三つの斬撃がルキフグスを捉える。
 はずだった。
 ルキフグスの身体が霧のようになって消える。
 気配はふわりと移動し、背後から斬撃が俺の背中を斬り裂く。

「ぐ……幻術か」

 あの一瞬で術式を発動させ、俺の認識をずらしたのか。
 攻撃に意識を集中させた反面、防御がおろそかになった。
 
「先生に笑われるな」

 俺もまだまだ未熟だ。
 先生なら今の攻撃も通さなかっただろう。

「認めよう」
「……?」

 ルキフグスが呟き、魔力が膨れ上がる。

「貴様は強い。俺も全力を見せてやろう」
「これは……」

 魔王から聞いていたルキフグスの術式の応用。
 ストックした無数の術式を魔力へと変換することで、一時的に自身の限界を超えた魔力量を手に入れることができる。
 膨れ上がった魔力が形となって見える。
 総量だけなら俺以上……いや、魔王にも匹敵する。

「最大の一撃を持って、貴様を殺す」
「……ふぅ」

 背中から血が流れる。
 思ったよりも深手だったらしい。
 止血に魔力を回したいが、こいつ相手にそんな余裕はない。
 奴はギガスと違って魔力操作の技術もある。
 ギガス以上に膨れ上がった魔力を全て載せて、最強の一撃を放つだろう。
 魔力、力、速度も全てあちらが上。
 ならば対抗できるのは唯一、前世から磨き続けた業のみ。

 平晴眼の構え。

 この戦いに勝つには、俺は全てを捨てなければならない。
 生すらも。
 
(死に覚悟したか……)
「いいだろう。来るがいい、人間」

 膨大な魔力が剣に注ぎ込まれていく。
 考えるまでもなく、あの一撃は俺の身体を容易に貫くだろう。
 だが俺は回避を頭から捨てた。
 ほぼ同時に動き出す。
 速度はあちらが上だが、俺は全神経を攻撃に集中させたことで対抗する。
 
(こいつより深く踏み込んで――)

 回避はない。
 振り下ろされたルキフグスの攻撃を、ギリギリ見切って刀の鍔で受ける。
 ルキフグスの攻撃にひび割れるが、破壊はされない。
 俺が持つ刀は、俺の魔力を日々注ぐことで強度を増している。
 一瞬ならば受けられると信じていた。
 そのまま摺り上げて上段から相手の胴を斬る。
 
 天然理心流の信念。
 たとえ死しても相手を斬る。
 相打ち覚悟の大技。

 天然理心流――

「龍尾剣」
 
 それを体現するように、俺の刃はルキフグスを斬り裂く。

「馬鹿……な……死に望んで……」
(強くなったというのか……!)
「――ふぅ」

 倒れていくルキフグスに、俺は笑顔で礼を言う。

「ありがとう。お前と戦えてよかった」

 強者との戦いこそ、己の強さを引き上げる。
 この戦いで俺は確実に、理想へと近づいただろう。

 かくして学園、魔界を巻き込んだ大事件は終幕した。
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