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第二章 師弟関係
伍
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そうしてあっという間に三週間あまりが経過した。
早朝。
先生は荷造りをして、森を出発しようとしていた。
「よしっと。忘れ物は……まぁしても大丈夫か。リイン! ワシがいない間もしっかり修行しておくんだぞ」
「……嫌だ」
「は?」
予想外の否定に驚いた先生は、持ち上げようとしたカバンを手放す。
驚き目を大きくして俺を見る。
「嫌ってお前……」
「俺も先生と一緒に行く!」
「お前……何言ってるんだ? 別にそんなこと――」
「俺はまだ! 先生から学びたいことがたくさんあるんだ!」
先生の言葉を遮って、俺は高らかに吠える。
こんなにも感情を露にしたのは初めてかもしれない。
それほどの強い思いが胸にある。
「リイン……」
「先生の下で修業して俺は強くなった。まだまだ強くなれる気がしてる。けど、俺一人じゃダメなんだ! 近くに目標があってこそ、俺は強くなれる」
この一年半、先生のことを目標にしていた。
強さの象徴、明確なイメージがあることは強くなる上で重要だ。
この人を超えたい。
この人のように戦えるようになりたい。
今まで偉人たちを目標に剣術を磨いたように、この世界で目標にすべき相手は今、目の前にいる。
「先生! 俺をもっと強くしてくれ!」
「――ったく、相変わらず馬鹿だな」
(別に一旦帰るだけで、挨拶が済んだら戻ってくるつもりだったんだが……まぁいいか)
「いいぞ。けどお前は子供だ。しかも貴族のガキだろ? だったら相応の話を済ませてから――」
「もう終わってる」
「え?」
先生は驚き目を丸くする。
嘘じゃない。
本当に、この話は終わっているんだ。
◆◆◆
「お父様、お母様! 修行のために家を出る許可をください!」
俺は二人に頭を下げた。
先生がいなくなるという話を聞いてすぐ、家を出る決意をしたんだ。
だけど勝手に家を出るわけにはいかなかった。
貴族という立場もそうだが、一番は義理だ。
ここまで俺を育ててくれた人たちに、不義理を働きたくはなかった。
お母様が心配そうに尋ねてくる。
「家を出るって……どこにいくつもりなの?」
「剣術を教えてくれている先生がいます。その人のところへ行くつもりです」
「先生がいることは知っている。二度ほど挨拶はされた」
お父様と先生は面識がある。
俺に修行をつけていると聞いて、何度か挨拶に来てくれた。
たぶんお父様は、先生が人間ではないことに気付いていないけど。
「今日までお前の指導をしてくださった方だ。悪人とは思っていないが、なぜ急にそんな話をする?」
「実は先生が、一身上の都合で故郷に戻られるそうです」
「故郷はどこなのだ?」
「わかりません。そういう話はしていないので」
テキトーな場所を言ってごまかす手段もあった。
けれどやめた。
この二人は誠実だ。
誠実な人たち相手に、嘘はつきたくなかった。
たとえ交渉が不利になるとしても。
「……どこともわからない場所へは……危ないわよ」
「そうだな」
案の定、あまり理解は得られない。
それでも俺は……。
「お父様たちの心配は理解してます。けれど俺は、先生から学びたいことがたくさんあるんです!」
「……それが、お前の望みなのか?」
「あなた?」
「はい! 俺がそうしたいんです!」
今の俺にできることは一つ。
自分の思いをただまっすぐ、偽りなく伝えることだ。
前世では失敗した。
両親に夢を語っても、一度も理解してもらえなかった。
仕方がないことだ。
あの世界で武士を目指すなんて、誰が聞いても否定するだろう。
けれどこの世界なら……この二人なら。
「わかった。認めよう」
「あなた、いいの?」
「……この子自信が望んでいるなら止めることはない。私たちが思っている以上に、リインはしっかりしている」
「それはそうだけど……」
お父様は認めてくれそうだが、お母様はまだ心配している。
ここからさらなる説得を、と考えていた俺より先に、お父様が口を開く。
「リインに魔術師としての才能がないと知った時、私たちは何もできなかっただろう? 嘆くことしか」
「あなた……」
「貴族の中でも、魔術師としての才覚は重要だ。王都の学園に通うなら尚更……リインが望まないなら、王都の学園への進学も考え直すつもりでいた。だがこの子は、前向きに日々努力していた。その姿を見て、こう思ったのだ」
「――この子は自分の力で、自分の道を作れる子」
お父様の言葉を代弁するように、お母様が続けた。
二人は頷く。
そんな風に考えてくれていたことを、今さら知ることになった。
二人は俺が知らないところで悩んでいたんだ。
貴族として、魔術師としての俺の行く末を。
無能な子供なんてと切り捨てず、俺が幸福になれる道を……。
「リイン、それがお前にとって必要なことなら止めはしない。ただ、学園には入りなさい。家の習わしもそうだが、あの場所は多くの出会いがある。きっといい出会いもあるはずだ」
「はい! その日までには必ず戻ります」
前世では仲たがいしてしまったけれど、今世は失敗しなかった。
優劣をつける気はない。
それでも、この家に生まれなおしたことは俺にとって幸福だ。
◆◆◆
「学園に入学するまでの期限付きか」
「はい! 残り一年半で、先生から学べるものをすべて身に付けます!」
「……よし、いいだろう。ただし後悔するなよ?」
「その質問にはずっと前に応えていますよ」
俺が後悔するとしたら、立派な武士になれないこと。
ここで先生と別れたらきっと、一生後悔する。
先生とも歩めるのなら、たとえ地獄だろうと突き進もう。
「覚悟はできているか。じゃあ行くぞ」
先生は懐から紫色のナイフを取り出す。
異質な気配がするナイフだ。
ただのナイフではない。
先生はナイフを手に、目の前の空気を斬る。
「空間に亀裂が?」
「移動用の魔剣だ。ここから普通に歩いたら一月かかる」
「そんなに……どこなんです?」
「――魔界」
先生が先に亀裂に入る。
俺も遅れないようにそれに続く。
開かれた景色に、俺は思わず言葉を失う。
そこはまるで別世界。
禍々しく、昼間なのに赤い月が輝く場所。
眼前には見たことがないほど大きな漆黒の城があった。
「ここが俺の家、ようこそ魔界へ! そしてここが……魔王城だ!」
「魔王……」
先生は口にした。
魔界に君臨する悪魔の王。
絶対的支配者にして、人類にとって最大最強の宿敵。
今の尚、戦い続けている相手の名を。
早朝。
先生は荷造りをして、森を出発しようとしていた。
「よしっと。忘れ物は……まぁしても大丈夫か。リイン! ワシがいない間もしっかり修行しておくんだぞ」
「……嫌だ」
「は?」
予想外の否定に驚いた先生は、持ち上げようとしたカバンを手放す。
驚き目を大きくして俺を見る。
「嫌ってお前……」
「俺も先生と一緒に行く!」
「お前……何言ってるんだ? 別にそんなこと――」
「俺はまだ! 先生から学びたいことがたくさんあるんだ!」
先生の言葉を遮って、俺は高らかに吠える。
こんなにも感情を露にしたのは初めてかもしれない。
それほどの強い思いが胸にある。
「リイン……」
「先生の下で修業して俺は強くなった。まだまだ強くなれる気がしてる。けど、俺一人じゃダメなんだ! 近くに目標があってこそ、俺は強くなれる」
この一年半、先生のことを目標にしていた。
強さの象徴、明確なイメージがあることは強くなる上で重要だ。
この人を超えたい。
この人のように戦えるようになりたい。
今まで偉人たちを目標に剣術を磨いたように、この世界で目標にすべき相手は今、目の前にいる。
「先生! 俺をもっと強くしてくれ!」
「――ったく、相変わらず馬鹿だな」
(別に一旦帰るだけで、挨拶が済んだら戻ってくるつもりだったんだが……まぁいいか)
「いいぞ。けどお前は子供だ。しかも貴族のガキだろ? だったら相応の話を済ませてから――」
「もう終わってる」
「え?」
先生は驚き目を丸くする。
嘘じゃない。
本当に、この話は終わっているんだ。
◆◆◆
「お父様、お母様! 修行のために家を出る許可をください!」
俺は二人に頭を下げた。
先生がいなくなるという話を聞いてすぐ、家を出る決意をしたんだ。
だけど勝手に家を出るわけにはいかなかった。
貴族という立場もそうだが、一番は義理だ。
ここまで俺を育ててくれた人たちに、不義理を働きたくはなかった。
お母様が心配そうに尋ねてくる。
「家を出るって……どこにいくつもりなの?」
「剣術を教えてくれている先生がいます。その人のところへ行くつもりです」
「先生がいることは知っている。二度ほど挨拶はされた」
お父様と先生は面識がある。
俺に修行をつけていると聞いて、何度か挨拶に来てくれた。
たぶんお父様は、先生が人間ではないことに気付いていないけど。
「今日までお前の指導をしてくださった方だ。悪人とは思っていないが、なぜ急にそんな話をする?」
「実は先生が、一身上の都合で故郷に戻られるそうです」
「故郷はどこなのだ?」
「わかりません。そういう話はしていないので」
テキトーな場所を言ってごまかす手段もあった。
けれどやめた。
この二人は誠実だ。
誠実な人たち相手に、嘘はつきたくなかった。
たとえ交渉が不利になるとしても。
「……どこともわからない場所へは……危ないわよ」
「そうだな」
案の定、あまり理解は得られない。
それでも俺は……。
「お父様たちの心配は理解してます。けれど俺は、先生から学びたいことがたくさんあるんです!」
「……それが、お前の望みなのか?」
「あなた?」
「はい! 俺がそうしたいんです!」
今の俺にできることは一つ。
自分の思いをただまっすぐ、偽りなく伝えることだ。
前世では失敗した。
両親に夢を語っても、一度も理解してもらえなかった。
仕方がないことだ。
あの世界で武士を目指すなんて、誰が聞いても否定するだろう。
けれどこの世界なら……この二人なら。
「わかった。認めよう」
「あなた、いいの?」
「……この子自信が望んでいるなら止めることはない。私たちが思っている以上に、リインはしっかりしている」
「それはそうだけど……」
お父様は認めてくれそうだが、お母様はまだ心配している。
ここからさらなる説得を、と考えていた俺より先に、お父様が口を開く。
「リインに魔術師としての才能がないと知った時、私たちは何もできなかっただろう? 嘆くことしか」
「あなた……」
「貴族の中でも、魔術師としての才覚は重要だ。王都の学園に通うなら尚更……リインが望まないなら、王都の学園への進学も考え直すつもりでいた。だがこの子は、前向きに日々努力していた。その姿を見て、こう思ったのだ」
「――この子は自分の力で、自分の道を作れる子」
お父様の言葉を代弁するように、お母様が続けた。
二人は頷く。
そんな風に考えてくれていたことを、今さら知ることになった。
二人は俺が知らないところで悩んでいたんだ。
貴族として、魔術師としての俺の行く末を。
無能な子供なんてと切り捨てず、俺が幸福になれる道を……。
「リイン、それがお前にとって必要なことなら止めはしない。ただ、学園には入りなさい。家の習わしもそうだが、あの場所は多くの出会いがある。きっといい出会いもあるはずだ」
「はい! その日までには必ず戻ります」
前世では仲たがいしてしまったけれど、今世は失敗しなかった。
優劣をつける気はない。
それでも、この家に生まれなおしたことは俺にとって幸福だ。
◆◆◆
「学園に入学するまでの期限付きか」
「はい! 残り一年半で、先生から学べるものをすべて身に付けます!」
「……よし、いいだろう。ただし後悔するなよ?」
「その質問にはずっと前に応えていますよ」
俺が後悔するとしたら、立派な武士になれないこと。
ここで先生と別れたらきっと、一生後悔する。
先生とも歩めるのなら、たとえ地獄だろうと突き進もう。
「覚悟はできているか。じゃあ行くぞ」
先生は懐から紫色のナイフを取り出す。
異質な気配がするナイフだ。
ただのナイフではない。
先生はナイフを手に、目の前の空気を斬る。
「空間に亀裂が?」
「移動用の魔剣だ。ここから普通に歩いたら一月かかる」
「そんなに……どこなんです?」
「――魔界」
先生が先に亀裂に入る。
俺も遅れないようにそれに続く。
開かれた景色に、俺は思わず言葉を失う。
そこはまるで別世界。
禍々しく、昼間なのに赤い月が輝く場所。
眼前には見たことがないほど大きな漆黒の城があった。
「ここが俺の家、ようこそ魔界へ! そしてここが……魔王城だ!」
「魔王……」
先生は口にした。
魔界に君臨する悪魔の王。
絶対的支配者にして、人類にとって最大最強の宿敵。
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