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第二章 師弟関係
壱
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屋敷の裏手にある森の中。
木々を切り倒して、小さな小屋を建てた。
そこに簡素な修練場を作り、毎日のように剣を振るう。
「――千!」
流れる汗をぬぐった俺は、椅子に座っている先生に声をかける。
「素振り終わったよ、先生」
「おう、そうか。そんじゃ次は走り込みしとけ。いつもの山を十往復してこい」
「……なんだ?」
「あの、いつになったら魔力の扱い方を教えてくれるの?」
アガレス先生に弟子入りして一年が経過した。
この一年でやったことは、体力づくりの基礎トレーニングが七割。
剣術の訓練が三割。
一番期待していた魔力の扱い方は一度も教えてくれていない。
「忘れたのか? 魔力ってのは一朝一夜で扱えるものじゃないんだよ。まずは地道な準備が必要不可欠なんだ」
「それはもう百回くらい聞いた」
「そうだな。お前が何度も同じ質問をするからだぞ」
「だから! もう十分でしょ?」
俺は大きく両腕を開く。
この一年の訓練で、俺の身体はずっと大きくなった。
背丈の話だけじゃない。
筋肉もついたし、体力も十二分に備わった。
今の俺なら、近くの山の往復だって息切れ一つせずにこなせる。
自分と同じくらいの岩石なら、片手で持ち上げられる。
女神様がいい感じにポイントを割り振ってくれたおかげで、俺の身体は人間離れした膂力を身に着けることができた。
ただ、これじゃ足りない。
どれだけ身体を鍛えても、ドラゴンの前には無力だ。
俺はそれを知っている。
「先生のように強くなるために弟子入りしたんだ! これじゃ一人で修業してるのと何ら変わらない!」
「……はぁ、まっ、そろそろいいか」
ぼそりと呟き、先生は重い腰を上げる。
「先生?」
「そんなにやりたきゃ教えてやるよ。魔力の使い方ってやつを」
「――! 本当に?」
「ああ。下ごしらえは……まぁ十分だろ」
下ごしらえ?
料理でもしているような表現に首を傾げる。
先生について来いと言われ、その後を歩く。
案内されたのは山を流れる川だった。
「ここなら広いし問題ないだろ。よし、リイン! とりあえず魔力を使ってみろ」
「え?」
「使うんだよ。多少は扱えるんだろ? 見せてみろ」
「まぁ、わかりました」
師匠の意図はわからないけど、とりあえず従うことにした。
俺は腰の刀を抜き、晴眼の構えをとる。
先生の言う通り、俺も一応は魔力を扱える。
魔力とは内から湧き出るエネルギー。
生命力が具現化した力。
屋敷でいろいろ教えてもらったから知識は持っている。
要するに、この世界の人間の身体には、魔力というエネルギーを発生させる見えない器官が存在しているようだ。
直接触れることはできない。
ただ、ある。
場所は左胸、心臓と同じ位置。
左胸から生成された魔力は全身をめぐり、それを感じることで操る。
「すぅー」
大きく息を吸い、構えを上段へと変える。
魔力は本来、生まれ持った術式に通すことで様々な効果を発揮する。
それ単体では単なるエネルギーに過ぎない。
ただし、エネルギーもより強く、勢いよく放出すれば、激流のような衝撃を生む。
「ふんっ!」
振り下ろしの瞬間、両腕から刀にかけて魔力を流し一気に放出する。
すると斬撃の威力は増し、ただの一振りで地形が変わる。
皮を両断し、向こう岸まで続く道ができた。
この世界には魔力を用いて戦う魔剣士というものが存在するらしい。
俺が目指すべきはそれだろう。
純粋な剣技だけじゃ、この世界では強くなれないからな。
パチパチパチ、と拍手の音が聞こえる。
「おうおう、凄い魔力量だな。人間とな思えない出力だ」
「でも、あの時の先生の一撃のほうが強かった」
「ん? ああ、ドラゴン斬ったときのか」
俺はこくりと頷く。
今でも忘れない。
先生の一撃は素早く、美しく、静かだった。
今の俺のように魔力を放出せず、あの強靭なドラゴンを両断した。
「この使い方じゃダメな気がするんだ。周りの誰も先生のような使い方を知らない。だから俺は先生に弟子入りしたのに」
「わかってるよ。別に遊ばせてたわけじゃない。準備をしていたんだよ」
「準備?」
「そうだ。リイン、お前は普通の人間より魔力が多い。魔力の総量だけなら、俺たち悪魔とそん色ないレベルだ」
今しれっと自分のことを悪魔だって言ったか?
先生が人間じゃないことは知っていたけど、悪魔だったなんて初耳だぞ。
まぁ、別に先生が悪魔でも関係ないんだけど。
「魔力ってのは強大な力だ。お前が考えるよりずっとな。やわな器に溜め込めば、いずれ器のほうが壊れちまう。お前みたいに人間の枠を超えた魔力を持ってる奴は余計に危険なんだよ。だから先に器を強くする必要があったわけだ」
「器って、身体のこと?」
「そうだ。魔力が作るのも、ため込むのも、操るのもお前の身体だ。その身体を鍛え上げることが最優先だった。正直それに五年はかかると思ってたんだがなぁ」
「五、五年!?」
予想以上のロングスパンで考えていたんだな……。
逆に言えば、五年先まで指導してくれる気でいた、ということにもなる。
テキトーそうに見えて案外しっかりした人だ。
人じゃなくて悪魔だけど。
「魔力ってのは肉体の成長より成熟が早い。人間であれば成人の年齢までは成長し、それ以降は停滞するか緩やかに落ちる」
この世界での成人年齢は十八歳。
つまり、俺が宿す魔力量も発展途上ということになる。
「元が多いからな。これから増え続けて肉体が持たない可能性を危惧したんだが、どうやらお前は肉体のほうも普通じゃなかったらしい。その膨大な魔力に耐えうるだけの肉体が、たった一年で仕上がっちまった。これにワシも驚いた。どういう身体の作りしてるんだか」
「ああ、それはたぶん女神様がそういう身体にしてくれたんだと思う」
「女神? お前もしかして、転生者か?」
「うん。あれ? 言ってなかったでしたっけ?」
「初耳だぞ」
伝えたつもりでいたけど、言いそびれていたらしい。
けど先生だって、自分の正体を教えてくれていないし、別にいいだろう。
先生は顎に手を当て考えている。
「そういうことか。ってことはお前、なんかすごい能力でも貰っただろ?」
「あげるって言われたけど断った」
「は? なんでまた」
「だって必要ないから。俺がなりたいのは最強の剣士、最高の武士! それになれるなら特別な力なんていらないでしょ?」
俺がそう言うと、先生はしばらく無言で俺の顔を見つめて。
「ぷっ、はっはははははははははははは!」
盛大に笑った。
「お前ってやつは最高だな、リイン! 最高の馬鹿野郎だ!」
「馬鹿とは失礼な! 俺のどこが馬鹿なんですか!」
「そのわかってないところが馬鹿なんだよ。けど、そっか。断ったか」
先生は涙目になりながら、楽しそうに笑みをこぼす。
「お前の弟子にして正解だった」
「ん?」
よくわからないけど、なんだか褒められたらしい。
木々を切り倒して、小さな小屋を建てた。
そこに簡素な修練場を作り、毎日のように剣を振るう。
「――千!」
流れる汗をぬぐった俺は、椅子に座っている先生に声をかける。
「素振り終わったよ、先生」
「おう、そうか。そんじゃ次は走り込みしとけ。いつもの山を十往復してこい」
「……なんだ?」
「あの、いつになったら魔力の扱い方を教えてくれるの?」
アガレス先生に弟子入りして一年が経過した。
この一年でやったことは、体力づくりの基礎トレーニングが七割。
剣術の訓練が三割。
一番期待していた魔力の扱い方は一度も教えてくれていない。
「忘れたのか? 魔力ってのは一朝一夜で扱えるものじゃないんだよ。まずは地道な準備が必要不可欠なんだ」
「それはもう百回くらい聞いた」
「そうだな。お前が何度も同じ質問をするからだぞ」
「だから! もう十分でしょ?」
俺は大きく両腕を開く。
この一年の訓練で、俺の身体はずっと大きくなった。
背丈の話だけじゃない。
筋肉もついたし、体力も十二分に備わった。
今の俺なら、近くの山の往復だって息切れ一つせずにこなせる。
自分と同じくらいの岩石なら、片手で持ち上げられる。
女神様がいい感じにポイントを割り振ってくれたおかげで、俺の身体は人間離れした膂力を身に着けることができた。
ただ、これじゃ足りない。
どれだけ身体を鍛えても、ドラゴンの前には無力だ。
俺はそれを知っている。
「先生のように強くなるために弟子入りしたんだ! これじゃ一人で修業してるのと何ら変わらない!」
「……はぁ、まっ、そろそろいいか」
ぼそりと呟き、先生は重い腰を上げる。
「先生?」
「そんなにやりたきゃ教えてやるよ。魔力の使い方ってやつを」
「――! 本当に?」
「ああ。下ごしらえは……まぁ十分だろ」
下ごしらえ?
料理でもしているような表現に首を傾げる。
先生について来いと言われ、その後を歩く。
案内されたのは山を流れる川だった。
「ここなら広いし問題ないだろ。よし、リイン! とりあえず魔力を使ってみろ」
「え?」
「使うんだよ。多少は扱えるんだろ? 見せてみろ」
「まぁ、わかりました」
師匠の意図はわからないけど、とりあえず従うことにした。
俺は腰の刀を抜き、晴眼の構えをとる。
先生の言う通り、俺も一応は魔力を扱える。
魔力とは内から湧き出るエネルギー。
生命力が具現化した力。
屋敷でいろいろ教えてもらったから知識は持っている。
要するに、この世界の人間の身体には、魔力というエネルギーを発生させる見えない器官が存在しているようだ。
直接触れることはできない。
ただ、ある。
場所は左胸、心臓と同じ位置。
左胸から生成された魔力は全身をめぐり、それを感じることで操る。
「すぅー」
大きく息を吸い、構えを上段へと変える。
魔力は本来、生まれ持った術式に通すことで様々な効果を発揮する。
それ単体では単なるエネルギーに過ぎない。
ただし、エネルギーもより強く、勢いよく放出すれば、激流のような衝撃を生む。
「ふんっ!」
振り下ろしの瞬間、両腕から刀にかけて魔力を流し一気に放出する。
すると斬撃の威力は増し、ただの一振りで地形が変わる。
皮を両断し、向こう岸まで続く道ができた。
この世界には魔力を用いて戦う魔剣士というものが存在するらしい。
俺が目指すべきはそれだろう。
純粋な剣技だけじゃ、この世界では強くなれないからな。
パチパチパチ、と拍手の音が聞こえる。
「おうおう、凄い魔力量だな。人間とな思えない出力だ」
「でも、あの時の先生の一撃のほうが強かった」
「ん? ああ、ドラゴン斬ったときのか」
俺はこくりと頷く。
今でも忘れない。
先生の一撃は素早く、美しく、静かだった。
今の俺のように魔力を放出せず、あの強靭なドラゴンを両断した。
「この使い方じゃダメな気がするんだ。周りの誰も先生のような使い方を知らない。だから俺は先生に弟子入りしたのに」
「わかってるよ。別に遊ばせてたわけじゃない。準備をしていたんだよ」
「準備?」
「そうだ。リイン、お前は普通の人間より魔力が多い。魔力の総量だけなら、俺たち悪魔とそん色ないレベルだ」
今しれっと自分のことを悪魔だって言ったか?
先生が人間じゃないことは知っていたけど、悪魔だったなんて初耳だぞ。
まぁ、別に先生が悪魔でも関係ないんだけど。
「魔力ってのは強大な力だ。お前が考えるよりずっとな。やわな器に溜め込めば、いずれ器のほうが壊れちまう。お前みたいに人間の枠を超えた魔力を持ってる奴は余計に危険なんだよ。だから先に器を強くする必要があったわけだ」
「器って、身体のこと?」
「そうだ。魔力が作るのも、ため込むのも、操るのもお前の身体だ。その身体を鍛え上げることが最優先だった。正直それに五年はかかると思ってたんだがなぁ」
「五、五年!?」
予想以上のロングスパンで考えていたんだな……。
逆に言えば、五年先まで指導してくれる気でいた、ということにもなる。
テキトーそうに見えて案外しっかりした人だ。
人じゃなくて悪魔だけど。
「魔力ってのは肉体の成長より成熟が早い。人間であれば成人の年齢までは成長し、それ以降は停滞するか緩やかに落ちる」
この世界での成人年齢は十八歳。
つまり、俺が宿す魔力量も発展途上ということになる。
「元が多いからな。これから増え続けて肉体が持たない可能性を危惧したんだが、どうやらお前は肉体のほうも普通じゃなかったらしい。その膨大な魔力に耐えうるだけの肉体が、たった一年で仕上がっちまった。これにワシも驚いた。どういう身体の作りしてるんだか」
「ああ、それはたぶん女神様がそういう身体にしてくれたんだと思う」
「女神? お前もしかして、転生者か?」
「うん。あれ? 言ってなかったでしたっけ?」
「初耳だぞ」
伝えたつもりでいたけど、言いそびれていたらしい。
けど先生だって、自分の正体を教えてくれていないし、別にいいだろう。
先生は顎に手を当て考えている。
「そういうことか。ってことはお前、なんかすごい能力でも貰っただろ?」
「あげるって言われたけど断った」
「は? なんでまた」
「だって必要ないから。俺がなりたいのは最強の剣士、最高の武士! それになれるなら特別な力なんていらないでしょ?」
俺がそう言うと、先生はしばらく無言で俺の顔を見つめて。
「ぷっ、はっはははははははははははは!」
盛大に笑った。
「お前ってやつは最高だな、リイン! 最高の馬鹿野郎だ!」
「馬鹿とは失礼な! 俺のどこが馬鹿なんですか!」
「そのわかってないところが馬鹿なんだよ。けど、そっか。断ったか」
先生は涙目になりながら、楽しそうに笑みをこぼす。
「お前の弟子にして正解だった」
「ん?」
よくわからないけど、なんだか褒められたらしい。
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