1 / 3
1.芋くさ聖女
しおりを挟む
「聖女ヘスティア、アルカンティア国王の名のもとに、その役目を今日限りとする」
大聖堂で聖女としての役目を果たしていたある日。
突然陛下がやってきて、私を聖女の座から外すと言い放った。
ありていに言えばクビだ。
「な、なぜですか陛下! 私は今もこうして役目を果たしております」
「異論は認めん。すでに決定事項だ」
「陛下!」
「明日までに荷物をまとめて、この大聖堂から出て行くのだ」
陛下は私の話に耳を傾けてくれない。
私は失礼を承知で立ち去ろうとする陛下を呼び止める。
「お待ちください陛下! では今後の御役目はどうするのです? 私以外に聖女の資格を持つ者はいません! まだ多くの方々が、私の祈りを欲しています」
「それについては問題ない。後任が決まったのでな」
「後任……? 一体誰が」
「私ですわ」
大聖堂の扉が豪快な音を立てて開かれる。
現れたのは輝かしい金髪に青い瞳をした女性。
彼女は自慢げな笑みを浮かべている。
「アリスラ王女……どうして貴女様がここに……」
「君の後任だ」
「え?」
「そうよヘスティア。私が貴女の後を継いで、ここで聖女を務めるの」
コト、コト、コト。
靴の音を響かせながらアリステラ王女が歩み寄ってくる。
彼女が私の後任になるという話が信じられない私は、不遜にも陛下に意見する。
「お言葉ですが陛下! 聖女になるためには神に仕える資格が必要です。いかに王女様でも資格なしに聖女の務めは――」
「その資格があると言っているのだ」
「なっ、そんなことはありえません!」
私は強く否定した。
聖女とは神に仕える者。
神の声を聞き、その意向をくみ取り、世に神の力を示す役割を担う。
土地によっては神の代行者として扱われる。
聖女には誰でもなれるわけではない。
生まれながらに神とのつながりを持つ者は、身体のどこかに神印と呼ばれる紋様を描かれている。
私の場合は胸の中心に、光り輝く太陽のような形をした紋様が描かれていた。
その資格なくして、聖女は務まらない。
そしてそれは、何かをして得られるものではなく、最初から持っている物だ。
後から発言することなどありえない。
そのはずなのに……
「信じられないなら見なさいヘスティア。この私が、聖女に相応しい証拠を」
アリステラ王女が胸元を開いて見せる。
そこには確かに紋様が描かれていた。
燃え盛る炎の様に荒々しい紋様が。
「そ、そんな……どうして……」
「我が娘ながら素晴らしい。見事、神に選ばれる儀式に成功したのだからな」
「儀式? それは一体?」
「お前が知る必要のないことだ。話は終わった。言った通り、明日にはここを出て行くがよい」
陛下が歩き出し、振り返ることなく大聖堂を出て行ってしまう。
アリステラ王女はすぐには出ず、クスクスと笑いながら私のことを見て言う。
「可哀想なヘスティア。だからあれほど忠告したじゃない。ちゃんと、その力を振るう相手は選び内妻って」
「貴族や王族を優遇しろというお話でしたよね? そんなことは出来ません。聖女は神の意向をくみ取る者です。我が神は平等を望んでいます」
「ふふっ、本当かしら? 貴女が勝手にそうしているだけじゃないの? 偽善者だから」
「違います! 全ては神のご意志です!」
聖女である私が、神の言葉を偽ることはない。
何より神の身分で人間を選ぶことなどありえない。
悪人が罰を受け、善人が安らかに生きる。
それこそが、私の仕える神のご意志であり思いなのだ。
彼女はそれを……無視しろと言う。
以前からよくここを訪れ、私に忠告をしてきた。
「貴女は平等すぎるのよ。平民も貴族も差別なく力を振るう。平民ばかり喜ばせて何になるの? 力を持つ貴族の方々こそ、神の力を最も受けるべきじゃないかしら?」
そう。
何度も聞いたセリフだ。
つまり彼女は、貴族たちのほうが偉いから、一般の方々より贔屓しろと言っている。
私はそれに一貫してこう答えている。
「違います。人の命は、権利は、未来は平等です」
「……相変わらずね」
「何度忠告されようと変わりません。それこそ神のご意志に反する行為です」
「さすが田舎育ちの芋くさ聖女様。ご立派な考えをお持ちね」
明らかにけなす言葉を口にするアリステラ王女。
否定すべきところだけど、私が田舎育ちなのは事実だった。
私の生まれは辺境も辺境。
大国でも北の端にある小さな村で、道も整備されていないから王都から馬車で一月近くかかる。
そんな田舎で生まれた私は、王都にくるまで畑を耕したり、森で狩りをしたり、言い換えれば芋くさい生活を送っていた。
彼女や陛下が私をのけ者のように扱うのは、ただの田舎娘が聖女になり、民衆から支持されることが許せないからだろう。
聖女とはいえ、平民が王族より支持されるなどあってはならない。
そういう思いがあることは、ずっと前から気付いていた。
でもまさか、大聖堂を追い出される日がくるなんて……
大聖堂で聖女としての役目を果たしていたある日。
突然陛下がやってきて、私を聖女の座から外すと言い放った。
ありていに言えばクビだ。
「な、なぜですか陛下! 私は今もこうして役目を果たしております」
「異論は認めん。すでに決定事項だ」
「陛下!」
「明日までに荷物をまとめて、この大聖堂から出て行くのだ」
陛下は私の話に耳を傾けてくれない。
私は失礼を承知で立ち去ろうとする陛下を呼び止める。
「お待ちください陛下! では今後の御役目はどうするのです? 私以外に聖女の資格を持つ者はいません! まだ多くの方々が、私の祈りを欲しています」
「それについては問題ない。後任が決まったのでな」
「後任……? 一体誰が」
「私ですわ」
大聖堂の扉が豪快な音を立てて開かれる。
現れたのは輝かしい金髪に青い瞳をした女性。
彼女は自慢げな笑みを浮かべている。
「アリスラ王女……どうして貴女様がここに……」
「君の後任だ」
「え?」
「そうよヘスティア。私が貴女の後を継いで、ここで聖女を務めるの」
コト、コト、コト。
靴の音を響かせながらアリステラ王女が歩み寄ってくる。
彼女が私の後任になるという話が信じられない私は、不遜にも陛下に意見する。
「お言葉ですが陛下! 聖女になるためには神に仕える資格が必要です。いかに王女様でも資格なしに聖女の務めは――」
「その資格があると言っているのだ」
「なっ、そんなことはありえません!」
私は強く否定した。
聖女とは神に仕える者。
神の声を聞き、その意向をくみ取り、世に神の力を示す役割を担う。
土地によっては神の代行者として扱われる。
聖女には誰でもなれるわけではない。
生まれながらに神とのつながりを持つ者は、身体のどこかに神印と呼ばれる紋様を描かれている。
私の場合は胸の中心に、光り輝く太陽のような形をした紋様が描かれていた。
その資格なくして、聖女は務まらない。
そしてそれは、何かをして得られるものではなく、最初から持っている物だ。
後から発言することなどありえない。
そのはずなのに……
「信じられないなら見なさいヘスティア。この私が、聖女に相応しい証拠を」
アリステラ王女が胸元を開いて見せる。
そこには確かに紋様が描かれていた。
燃え盛る炎の様に荒々しい紋様が。
「そ、そんな……どうして……」
「我が娘ながら素晴らしい。見事、神に選ばれる儀式に成功したのだからな」
「儀式? それは一体?」
「お前が知る必要のないことだ。話は終わった。言った通り、明日にはここを出て行くがよい」
陛下が歩き出し、振り返ることなく大聖堂を出て行ってしまう。
アリステラ王女はすぐには出ず、クスクスと笑いながら私のことを見て言う。
「可哀想なヘスティア。だからあれほど忠告したじゃない。ちゃんと、その力を振るう相手は選び内妻って」
「貴族や王族を優遇しろというお話でしたよね? そんなことは出来ません。聖女は神の意向をくみ取る者です。我が神は平等を望んでいます」
「ふふっ、本当かしら? 貴女が勝手にそうしているだけじゃないの? 偽善者だから」
「違います! 全ては神のご意志です!」
聖女である私が、神の言葉を偽ることはない。
何より神の身分で人間を選ぶことなどありえない。
悪人が罰を受け、善人が安らかに生きる。
それこそが、私の仕える神のご意志であり思いなのだ。
彼女はそれを……無視しろと言う。
以前からよくここを訪れ、私に忠告をしてきた。
「貴女は平等すぎるのよ。平民も貴族も差別なく力を振るう。平民ばかり喜ばせて何になるの? 力を持つ貴族の方々こそ、神の力を最も受けるべきじゃないかしら?」
そう。
何度も聞いたセリフだ。
つまり彼女は、貴族たちのほうが偉いから、一般の方々より贔屓しろと言っている。
私はそれに一貫してこう答えている。
「違います。人の命は、権利は、未来は平等です」
「……相変わらずね」
「何度忠告されようと変わりません。それこそ神のご意志に反する行為です」
「さすが田舎育ちの芋くさ聖女様。ご立派な考えをお持ちね」
明らかにけなす言葉を口にするアリステラ王女。
否定すべきところだけど、私が田舎育ちなのは事実だった。
私の生まれは辺境も辺境。
大国でも北の端にある小さな村で、道も整備されていないから王都から馬車で一月近くかかる。
そんな田舎で生まれた私は、王都にくるまで畑を耕したり、森で狩りをしたり、言い換えれば芋くさい生活を送っていた。
彼女や陛下が私をのけ者のように扱うのは、ただの田舎娘が聖女になり、民衆から支持されることが許せないからだろう。
聖女とはいえ、平民が王族より支持されるなどあってはならない。
そういう思いがあることは、ずっと前から気付いていた。
でもまさか、大聖堂を追い出される日がくるなんて……
75
お気に入りに追加
1,593
あなたにおすすめの小説

まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?
空月
恋愛
精霊信仰の盛んなクレセント王国。
その王立学園の一大イベント・舞踏会の場で、アリシアは突然婚約破棄を言い渡された。
まったく心当たりのない理由をつらつらと言い連ねられる中、アリシアはとある理由で激しく動揺するが、そこに現れたのは──。


孤島送りになった聖女は、新生活を楽しみます
天宮有
恋愛
聖女の私ミレッサは、アールド国を聖女の力で平和にしていた。
それなのに国王は、平和なのは私が人々を生贄に力をつけているからと罪を捏造する。
公爵令嬢リノスを新しい聖女にしたいようで、私は孤島送りとなってしまう。
島から出られない呪いを受けてから、転移魔法で私は孤島に飛ばさていた。
その後――孤島で新しい生活を楽しんでいると、アールド国の惨状を知る。
私の罪が捏造だと判明して国王は苦しんでいるようだけど、戻る気はなかった。

ブラックな職場で働いていた聖女は超高待遇を提示してきた隣国に引き抜かれます
京月
恋愛
残業など当たり前のお祈り
いつも高圧的でうざい前聖女
少ない給料
もう我慢が出来ない
そう思ってた私の前に現れた隣国の使者
え!残業お祈りしなくていいの!?
嘘!上司がいないの!?
マジ!そんなに給料もらえるの!?
私今からこの国捨ててそっちに引き抜かれます

【 完 結 】言祝ぎの聖女
しずもり
ファンタジー
聖女ミーシェは断罪された。
『言祝ぎの聖女』の座を聖女ラヴィーナから不当に奪ったとして、聖女の資格を剥奪され国外追放の罰を受けたのだ。
だが、隣国との国境へ向かう馬車は、同乗していた聖騎士ウィルと共に崖から落ちた。
誤字脱字があると思います。見つけ次第、修正を入れています。
恋愛要素は完結までほぼありませんが、ハッピーエンド予定です。

とりかえばや聖女は成功しない
猫乃真鶴
ファンタジー
キステナス王国のサレバントーレ侯爵家に生まれたエクレールは、ミルクティー色の髪を持つという以外には、特別これといった特徴を持たない平凡な少女だ。
ごく普通の貴族の娘として育ったが、五歳の時、女神から神託があった事でそれが一変してしまう。
『亜麻色の乙女が、聖なる力でこの国に繁栄をもたらすでしょう』
その色を持つのは、国内ではエクレールだけ。神託にある乙女とはエクレールの事だろうと、慣れ親しんだ家を離れ、神殿での生活を強制される。
エクレールは言われるがまま厳しい教育と修行を始めるが、十六歳の成人を迎えてもエクレールに聖なる力は発現しなかった。
それどころか成人の祝いの場でエクレールと同じ特徴を持つ少女が現れる。しかもエクレールと同じエクレール・サレバントーレと名乗った少女は、聖なる力を自在に操れると言うのだ。
それを知った周囲は、その少女こそを〝エクレール〟として扱うようになり——。
※小説家になろう様にも投稿しています

聖女はただ微笑む ~聖女が嫌がらせをしていると言われたが、本物の聖女には絶対にそれができなかった~
アキナヌカ
恋愛
私はシュタルクという大神官で聖女ユエ様にお仕えしていた、だがある日聖女ユエ様は婚約者である第一王子から、本物の聖女に嫌がらせをする偽物だと言われて国外追放されることになった。私は聖女ユエ様が嫌がらせなどするお方でないと知っていた、彼女が潔白であり真の聖女であることを誰よりもよく分かっていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる