9 / 9
9
しおりを挟む
「私は肉眼で見た対象の心を読むことができる。だから眼鏡をかけて、直接は見ないようにしているんだ」
「……あるんですね、そんな眼が」
「ああ、おかげで他人の心は多く見てきた。だから知っている。どれほど人間が欲にまみれているのか。おそらく君以上に」
なるほど、だから人間嫌いになったのか。
人の心が見えるから、嫌な部分ばかり見せられたのだろう。
私が感じてきた悪意を、彼は目で見ることができてしまった。
「動物はいい。見ても心は読めないし、何より素直だ」
「……同じことを考えている人がいたんですね」
「君もか?」
「ええ。動物たちと一緒にいる時間が何より心地いいですから」
人間に嫌われた私と、人間を嫌いになったアイセ様。
つまるところ私たちはよく似ていた。
「怖いとは思いませんわ」
「……なぜだ?」
「知っていますから。本当に怖いのは、見えてしまうこと……悪意を悪意のまま受け取ってしまうほうがずっと怖い」
私は肌で感じてきた。
他人から向けられる悪意を。
近づかれ、拒絶され、一人になることを。
私は心を覗かれるよりも、覗いてしまうほうがずっと恐ろしいと思う。
「……そうか。初めてだな。そんな風に言われたのは」
「私も初めてです。こんな話をしたのは」
共に人間に対して憤りを感じている者同士のシンパシーがあった。
私はこの人の気持ちが理解できる。
たぶん、この人も……。
「……本心を言えば、俺は君に興味があった。君のことは話に聞いていたが、皆が口をそろえて言う。あの瞳は恐ろしい……まるで自分の話を聞いているようだった」
「だから、お父様の提案を受け入れたのですか?」
「ああ、まさか顔合わせもなしに決まるとは思っていなかったが」
「私はお父様にも嫌われていますから」
「強いな、君は」
「慣れてしまっただけです」
嫌われることに。
なんとも思わなくなってしまった。
でも……。
「嫌われてもいいとは……思っていないけど」
ふいに漏れた本音を聞かれる。
私は孤独にも、嫌われるのにも慣れた。
だけど慣れただけで、好んでそうありたいとは思わない。
誰だってそうだろう?
好きで嫌われる人間なんていないわ。
私だって本当は……。
「カフェでも開くつもりだったのか?」
「え? ああ、はい。ゆくゆくはそうしたいと思っていました。ただの夢です」
「やればいい」
「え……」
驚いた私は彼を見つめる。
「好きにしろと言ってのは俺だ。やりたければやってもいい。その代わり一つだけお願いがある」
「……なんでしょう?」
「俺が貸し切りで過ごせる時間を……設けてもらえないか?」
それはあまりにも可愛らしい理由だった。
もっと別の要求をされると思っていた私は、思わず笑ってしまう。
この人は本当に動物が好きなのだろう。
周りの動物たちがすぐに心を許したのも、彼から一かけらも敵意を感じないから。
私に対してすらも……。
「もちろんです。婚約者ですから、特別に」
「……そうか。それは嬉しいな」
まだ直感でしかない。
交わした言葉の数も少ない。
それでも私は思った。
この人となら……長く一緒にいられるかもしれない。
アイセ様は私と話している時も、目を逸らさない。
恐れられるこの瞳をまっすぐ見つめてくれる。
心が読める眼があるから、雰囲気や眼の色の不気味さにも惑わされないのだろうか。
いや、理由なんてどうでもいい。
私はただ嬉しかった。
生まれて初めて、人間として認められたような気がして。
この二日後。
動物たちと戯れながらお茶を楽しむ場所。
もふもふな感覚を一生忘れられない素敵なカフェテリアがオープンする。
果たして最初のお客さんは誰になるだろう?
「……あるんですね、そんな眼が」
「ああ、おかげで他人の心は多く見てきた。だから知っている。どれほど人間が欲にまみれているのか。おそらく君以上に」
なるほど、だから人間嫌いになったのか。
人の心が見えるから、嫌な部分ばかり見せられたのだろう。
私が感じてきた悪意を、彼は目で見ることができてしまった。
「動物はいい。見ても心は読めないし、何より素直だ」
「……同じことを考えている人がいたんですね」
「君もか?」
「ええ。動物たちと一緒にいる時間が何より心地いいですから」
人間に嫌われた私と、人間を嫌いになったアイセ様。
つまるところ私たちはよく似ていた。
「怖いとは思いませんわ」
「……なぜだ?」
「知っていますから。本当に怖いのは、見えてしまうこと……悪意を悪意のまま受け取ってしまうほうがずっと怖い」
私は肌で感じてきた。
他人から向けられる悪意を。
近づかれ、拒絶され、一人になることを。
私は心を覗かれるよりも、覗いてしまうほうがずっと恐ろしいと思う。
「……そうか。初めてだな。そんな風に言われたのは」
「私も初めてです。こんな話をしたのは」
共に人間に対して憤りを感じている者同士のシンパシーがあった。
私はこの人の気持ちが理解できる。
たぶん、この人も……。
「……本心を言えば、俺は君に興味があった。君のことは話に聞いていたが、皆が口をそろえて言う。あの瞳は恐ろしい……まるで自分の話を聞いているようだった」
「だから、お父様の提案を受け入れたのですか?」
「ああ、まさか顔合わせもなしに決まるとは思っていなかったが」
「私はお父様にも嫌われていますから」
「強いな、君は」
「慣れてしまっただけです」
嫌われることに。
なんとも思わなくなってしまった。
でも……。
「嫌われてもいいとは……思っていないけど」
ふいに漏れた本音を聞かれる。
私は孤独にも、嫌われるのにも慣れた。
だけど慣れただけで、好んでそうありたいとは思わない。
誰だってそうだろう?
好きで嫌われる人間なんていないわ。
私だって本当は……。
「カフェでも開くつもりだったのか?」
「え? ああ、はい。ゆくゆくはそうしたいと思っていました。ただの夢です」
「やればいい」
「え……」
驚いた私は彼を見つめる。
「好きにしろと言ってのは俺だ。やりたければやってもいい。その代わり一つだけお願いがある」
「……なんでしょう?」
「俺が貸し切りで過ごせる時間を……設けてもらえないか?」
それはあまりにも可愛らしい理由だった。
もっと別の要求をされると思っていた私は、思わず笑ってしまう。
この人は本当に動物が好きなのだろう。
周りの動物たちがすぐに心を許したのも、彼から一かけらも敵意を感じないから。
私に対してすらも……。
「もちろんです。婚約者ですから、特別に」
「……そうか。それは嬉しいな」
まだ直感でしかない。
交わした言葉の数も少ない。
それでも私は思った。
この人となら……長く一緒にいられるかもしれない。
アイセ様は私と話している時も、目を逸らさない。
恐れられるこの瞳をまっすぐ見つめてくれる。
心が読める眼があるから、雰囲気や眼の色の不気味さにも惑わされないのだろうか。
いや、理由なんてどうでもいい。
私はただ嬉しかった。
生まれて初めて、人間として認められたような気がして。
この二日後。
動物たちと戯れながらお茶を楽しむ場所。
もふもふな感覚を一生忘れられない素敵なカフェテリアがオープンする。
果たして最初のお客さんは誰になるだろう?
1
お気に入りに追加
246
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

【完結】契約結婚だったはずが、冷徹公爵が私を手放してくれません!
21時完結
恋愛
公爵家の没落を救うため、冷徹と名高い公爵ヴィンセントと契約結婚を結んだリリア。愛のない関係のはずが、次第に見せる彼の素顔に心が揺れる。しかし契約の期限が近づく中、周囲の陰謀や彼の過去が二人を引き裂こうとする。契約から始まった偽りの結婚が、やがて真実の愛へと変わる――。

婚約破棄されたので、契約不履行により、秘密を明かします
tartan321
恋愛
婚約はある種の口止めだった。
だが、その婚約が破棄されてしまった以上、効力はない。しかも、婚約者は、悪役令嬢のスーザンだったのだ。
「へへへ、全部話しちゃいますか!!!」
悪役令嬢っぷりを発揮します!!!

【完結】私が見る、空の色〜いじめられてた私が龍の娘って本当ですか?〜
近藤アリス
恋愛
家庭にも学校にも居場所がない女子高生の花梨は、ある日夢で男の子に出会う。
その日から毎晩夢で男の子と会うが、時間のペースが違うようで1ヶ月で立派な青年に?
ある日、龍の娘として治癒の力と共に、成長した青年がいる世界へ行くことに!
「ヴィラ(青年)に会いたいけど、会いに行ったら龍の娘としての責任が!なんなら言葉もわからない!」
混乱しながらも花梨が龍の娘とした覚悟を決めて、進んでいくお話。
※こちらの作品は2007年自サイトにて連載、完結した小説です。

虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~
日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。
十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。
さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。
異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。

身代わりで嫁入りした先は冷血公爵でした
日之影ソラ
恋愛
公爵家に仕える侍女サラ。彼女が仕えるリーゼお嬢様はとっても我儘で夢見がち。運命の相手と出会うことを夢見るお嬢様は、いつも侍女のサラに無理難題を押し付ける。それに何とか応えようと努力するサラ。
ある日、貴族同士の交流目的で開かれたパーティーに出席したことをきっかけに、リーゼに縁談の話が持ちかかる。親同士が勝手に盛り上がり決めてしまった縁談に、表向きは嬉しそうに従うリーゼだったが、内心は怒り心頭だった。
親が勝手に決めた相手、しかもその人物は冷血公爵とさえ呼ばれる不愛想な男。絶対に結婚したくないリーゼは、サラに思わぬ提案をする。
「ちょっとサラ! 私の代わりに冷血公爵に嫁入りしなさい」
またしても無理難題を押し付けられ、従うしかないサラは変装して嫁入りすることに。
自分をリーゼと偽り窮屈な日々が始まる……と思ったら、冷血だと思っていた公爵様の意外な優しさに触れて?

国王陛下は仮面の下で笑う ~宮廷薬師がダメなら王妃になれ、ってどういうことですか~
佐崎咲
恋愛
若くして国王となったユーティス=レリアードは、愚王と呼ばれていた。
幼少の頃に毒を盛られた後遺症でネジが飛んだのだろうともっぱらの噂だった。
そんなユーティスが幼い頃縁のあった薬師の少女リリアの元を訪ねてくる。
用件は「信頼できるリリアに宮廷薬師として王宮に来てほしい」というもの。
だがリリアは毒と陰謀にまみれた王宮なんてまっぴらごめんだった。
「嫌。」の一言で断ったところ、重ねられたユーティスの言葉にリリアはカッとなり、思い切り引っぱたいてしまう。
しかしその衝撃によりユーティスは愚王の仮面を脱ぎ、再び賢王としての顔を町の人々に向ける。
リリアは知っていた。そのどちらも彼がかぶっている仮面に過ぎないことを。
だけど知らなかった。それら全てが彼の謀略であることを。
すべては、リリアを王妃にするためだった。
張り巡らされたユーティスの罠に搦めとられたリリアは、元ののんびりした生活に戻ることはできるのか。
========
本編完結しましたが、書ければ番外編など追加していく予定です。
なろうにも掲載していますが、構成など異なります。
最終章は、こちらではじれじれ編。
なろうは、一発殴りに行っての砂糖吐く激甘仕様(アイリーン無双入り)です。
どっちも書きたくてこうなりました……。
※無断転載・複写はお断りいたします。

乙女ゲームのヒロインに生まれ変わりました!なのになぜか悪役令嬢に好かれているんです
榎夜
恋愛
櫻井るな は高校の通学途中、事故によって亡くなってしまった
......と思ったら転生して大好きな乙女ゲームのヒロインに!?
それなのに、攻略者達は私のことを全く好きになってくれないんです!
それどころか、イベント回収も全く出来ないなんて...!
ー全47話ー

お前は整形した醜い顔だと婚約破棄されたので溺愛してくれる王子に乗り換えます! 実は整形なんてしていなかったと気づいてももう遅い
朱之ユク
恋愛
美しい顔をしたスカーレットは突如それまで付き合ってくれていた彼氏にお前の顔は整形だと言われて婚約破棄を言い渡されてしまう。彼氏はそのままスカーレットのことを罵りまくるが実はスカーレットは整形なんてしてない。
正真正銘の美しい顔でいただけだ。多少メイクはしているけど、醜いと罵られる覚えはありません。
溺愛してくれる王子と新たに婚約することになったので、いまさら復縁したいと言ってももう遅い!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる