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15.正体

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 チクタク、チクタク。
 部屋に飾られた置時計の針が進む。
 静かな時間の中では、小さな音が鮮明に聞こえる。
 帰宅して一時間が経過しようという頃、今のところ視線は感じない。
 ニナのおかげもあってフレンダさんも落ち着いていた。
 精神的な疲労も溜まっている。
 今日くらいはゆっくり眠らせてあげたい。
 だからこのまま泊っていくことになった。

 寝る前に二人はシャワーを浴びに行く。
 フレンダさんを安心させるため、ニナも付き添っている。
 僕はもちろん部屋で待機していた。

「うーん……」

 どうしたものかな。
 ニナはともかく、僕も一泊していいのだろうか?
 見た目は黒猫でも男だし、あんまりよくないんじゃないかな。

「って違う。今はそうじゃない」

 論点がズレていた。
 僕は一人ツッコミを入れて頭を切り替える。
 部屋の向こうで聞こえるシャワーの音に惑わされそうになりながら、精神を集中させる。

 今考えるべきは、どうやって犯人を見つけるかだ。
 視覚では見つけられず、動物の感覚を使ってもまったくわからない。
 痕跡がない以上、『不可視』のギフトは違うだろう。
 ならやっぱり『千里眼』か?
 外部の人間で、かなり遠くから目標を視認できる誰か?
 だとしたらどうして学園では何もしないんだ?
 
「何もしない……」

 一番気になっているのはそこだ。
 家まで覗き込んで、姿も痕跡すら残さない。
 それだけ完璧に潜み近づいていて、どうして何もしないんだ?
 家の中も覗く相手が、見るだけで満足しているとは思えないんだけど……。

 正体がバレることを恐れている?
 触れることで効果が消えるギフトなのか。
 それとも……。

「こういう時、先生の眼なら見つけられるのかな」

 見えないものを見る先生の瞳。
 僕たちには見えないことも、先生には見えている。
 僕のギフトの力を見抜いていたように。
 そういえば、本の中にもいくつかあったっけ。
 見えないものを見る特別な眼が。
 たとえば――
 
「――! もしかして」

 僕は一冊の本を連想させる。
 少し古い架空の物語を。
 一筋の光、可能性が浮かび上がる。
 ちょうどその時だった。

「いやあああああああああああああ!」

 二人のほうから悲鳴が聞こえた。
 今のはフレンダさんだ。
 思わず声を出しそうになった僕はぐっとこらえ、二人の元へ駆ける。
 
「いい加減にしてよ!」

 今度はニナの声だった。
 ひどく怒っているのは明白。
 到着した僕の視界には、あられもない姿の二人が映る。
 シャワー室の扉が半分開いていて、恐怖でしゃがみ込むフレンダさんをニナが支えている。
 床に落ちたシャワーからお湯が流れ、扉から湯煙が漏れ出す。
 僕は慌てて視線を逸らす。
 女の子二人の裸なんて刺激が強すぎる。
 とか、いっていられる状況ではなかった。

「女の子を泣かせるなんて最低だよ! こそこそしてないで出てきなさい!」

 大声で怒鳴るようにニナが挑発する。
 しかし当然のように返事はなく、視線もなくならない。
 濃い湯煙は輪郭を捉えるはずが、なにもないように漂う。
 猫の五感を研ぎ澄ませても、二人の気配以外には感知できない。
 
 やっぱり掴めない。
 だけどいる!
 
 だったら試してみよう。

「二人ともごめん!」

 僕は変身を解除し元の姿に戻る。

「ブラン!?」
「すぐ見つける! だから待ってて!」
「うん!」

 ニナの信頼を感じる。
 裸を見たことはあとで謝ろう。
 今はやるべきことがある。
 変身を解除したことで、僕の存在に相手は気づいたはずだ。
 モタモタしていると逃げられる。
 ここからはスピード勝負だ。

 本を切り替える。
 僕のギフトは一度に複数の本を使えない。
 他の本を使う場合は切り替えがいる。

 僕は左手をかざす。
 呼び出すのは、悲鳴が聞こえる前に思い浮かべた一冊。
 タイトルは――

「【幽世白書かくりよはくしょ】」

 この物語の主人公は、普通の人間には見えないものが見える。
 触れることはもちろん、匂いや痕跡も残らない。
 実態のない存在……。

 幽霊。

 霊的存在を見る力『霊視』を持つ。
 さらに主人公は幽霊を見るだけでなく、触れることもできた。
 その力を活かし事件を解決していく物語。
 幽霊や霊体は視認できない。
 実態がないものを五感で捉えることはできない。
 それでも、嫌な視線というのはわかるものだ。
 現に彼女たちは感じている。
 もしも犯人が霊体になっているのなら、今の僕にはハッキリと――

「見えた!」

 二人のすぐ隣に、僕を見て驚愕している男子がいる。
 若干透けているし、足も宙に浮かんでいる。
 どうやら予想は当たっていたらしい。
 彼も僕と目が合って、咄嗟に逃げようとした。

「逃がさないよ!」

 今の僕は霊体が見れるだけじゃない。
 直接触れることができるんだ!
 壁をすり抜け逃げようとする男の腕を掴み、勢いよく引っ張り出す。
 そのまま腕を背に回し、頭を抑えてグワンと揺さぶる。

「や、やめろ!」
「こっちのセリフだよ」

 多少手荒くなってしまうけど仕方がない。
 これくらいはやっていいだろう。
 女の子を泣かせたんだ。
 フレンダさんだけじゃなくてニナの身体まで見るなんて、許されない。
 気絶するまで振り回す。
 霊体が本体に戻るまでずっと続けるつもりだった。
 
 途端、霊体に重さを感じる。
 霊体に重さはない。
 咄嗟のことで驚きながら、僕は彼を地面にたたきつけた。
 その直後にニナが叫ぶ。

「あ! こいつが犯人なの!」
「え?」

 ニナに見えている?
 視線からしてフレンダさんも見えているみたいだ。
 とはいえこれで、見えない視線の正体は露見した。
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