上 下
5 / 26

5.魔獣との戦い

しおりを挟む
「お、おい正気か?」
「さすがにやり過ぎじゃないか?」
「そ、そうですよ。バレたらまずいんじゃ……」
「ふっ、問題ない」

 エブリオン家本宅の地下。
 鉄格子で閉ざされた場所には、赤い目玉が二つ。
 人ではない。
 獣でもない。
 その生物の名は――魔獣。

「この魔獣を使って俺の力を証明する! そうすれば気づくはずだ。俺の魅力に……そしてあんな男に価値なんてないことに」
「い、いくらなんでもやり過ぎじゃ」
「安心しろ。こいつを捉えたのは俺の父で、その現場に俺もいた。だから強さも十分に知っている。魔獣といっても所詮は獣の延長でしかない。俺の敵じゃないさ」

 魔獣の捕獲、飼育は禁止されている。
 しかし貴族たちの間では、魔獣を飼いならそうとする動きは珍しくない。
 理由は娯楽から武力としての利用まで様々。
 金と権力を利用して、見えないところで法を犯す。
 貴族の隠された一面である。

「だけど学園に持ち込むのはやめた方が良いんじゃ」
「さっきからうるさいぞ! いつから俺に意見できるほど偉くなったんだ?」
「あ、す、すみません……」
「ふんっ、どいつもこいつも……俺の偉大さをわかっていないようだな」
 
 魔獣を飼っていること表に出してはならない。
 知られれば貴族としての立場も危うくなる。
 彼は冷静ではなかった。
 ニナが自分に振り向かない現実に、自分のよりも劣っている男の手を放さないことに苛立ちを越えた憎しみを感じていた。
 今の彼を突き動かしているのは、淀んだ支配欲。
 そしてもう一つ。
 
「ニナ。君は俺のものなんだ。それをわからせてやる」

 男の嫉妬である。

  ◇◇◇

 翌日の放課後。
 僕とニナはラスト君に呼び出されて学園の訓練室にやってきた。
 ニナ一人ではなく、僕まで誘われたことに若干の驚きと不安を感じていた。
 訓練室に足を運ぶと、先にラスト君と取り巻きの三人が待っていて、その後ろには大きな布で隠された四角い物体が置かれていた。

「よく来てくれたね、ニナ。それとブラン・プラトニア」
「……」

 相変わらず僕を見る目は敵意で満ちている。
 だけど今日はいつもと少し違うような……。

「私たちになんの用なの?」
「昨日の話の続きだよ。やはり君は俺と一緒にいるべきだ。そんな男といるべきじゃない」
「またその話? もういい加減にしてよ。何を言われても私の意見は変わらないよ」
「そうかな? きっと君は俺の魅力を酔いしれてくれるはずだよ! そのために準備したんだ」

 ラスト君が取り巻き三人に目配せをした。
 その後で三人は、なぞの物体から布を外す。
 
「こ、これって……」
「嘘でしょ?」

 僕たちは思わず動揺して固まる。
 最初から異様な気配は感じていた。
 だけど、まさかと思った。
 ここは学園の中だ。
 いるはずがない。

「驚いたかい? これが魔獣だよ」

 ラスト君の一言で、疑いの気持ちが消え去る。
 檻の中には魔獣がいた。
 四本足の獣。
 ただの猛獣にしては大きすぎる。
 大人の男性の五倍くらいの高さと、どす黒い毛並みに強靭な牙。
 僕も初めて見る。
 これが魔獣……。

「なんだい? 檻の中にいるっていうのに恐怖で震えているじゃないか」
「あ、えっ……」
「どういうこと! なんで魔獣がここにいるの?」
「もちろん俺が用意したんだ。意味に俺の凄さをわかってもらうためにね!」

 彼は両腕を広げて演技がかったポーズで語る。

「今からこの場で、俺が魔獣と戦う」
「は、はい?」
「安心するといい、君たちに被害がいくことはない。ニナは俺の活躍をしっかり見ているんだ。ブラン、君はそこで情けなく震えていればいいさ」
「な、なにを言ってるの? さっきから意味がわからいよ」

 焦りながら疑問を浮かべるニナ。
 僕も同じ気持ちだった。
 彼がなんのために魔獣を学園に入れたのか、さっぱりわからない。
 すると、彼はやれやれと首を振る。

「言っただろう? 俺の凄さを見せつけるためさ。そこらの動物相手じゃわからないからね」
「い、いやだから」
「いいから見ていてくれ。きっと君も見惚れるはずだ。お前たち檻を空けろ!」
「ちょっと待って! 本気で――」

 危険すぎる。
 ニナも引き留めようとした。
 だけど彼らは止めない。
 言われた通り檻を開けてしまう。
 そして――

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 魔獣が解放される。
 囚われていた時の怒りを発露するように、魔獣はいかつく吠える。
 同じ生き物の迫力じゃない。
 ただ吠えただけで空気が軋むようだ。

「さぁかかってくるといい! といっても、お前には何もさせないがな!」

 ラスト君に向って魔獣が襲い掛かる。
 彼は動じず右手をかざす。

「風よ斬り裂け」

 彼の手のひらから放たれたのは風の刃。
 鋼鉄をも斬り裂く刃が魔獣を斬る。
 
 『気流使い』。
 彼が持つギフトの一つで、大気を操ることができる。
 極めて強力なギフトであり、大気はどこにでも存在するため場所を選ばない。
 
「はーはっは! どうだ見たか!」

 高笑いをしながら風の刃を放ち続ける。
 魔獣は彼の勢いに押されて攻めあぐねていた。
 確かに凄い。
 魔獣は手も足も出ず身体中から血を流している。
 これなら本当に倒してしまえそうだと……。

「おかしいよ」

 最初に気付いたのはニナだった。
 魔獣はすでに何十という攻撃を受けている。
 出血の量も尋常じゃない。
 訓練室の床に血のプールができるほどだ。

「どうして倒れないの?」

 この時、僕たちは気づいていなかった。
 魔獣の恐ろしさを。
 かつて世界を恐怖に満たした存在が、この程度ではないことを。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

聖女の姉が行方不明になりました

蓮沼ナノ
ファンタジー
8年前、姉が聖女の力に目覚め無理矢理王宮に連れて行かれた。取り残された家族は泣きながらも姉の幸せを願っていたが、8年後、王宮から姉が行方不明になったと聞かされる。妹のバリーは姉を探しに王都へと向かうが、王宮では元平民の姉は虐げられていたようで…聖女になった姉と田舎に残された家族の話し。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

貴方の愛人を屋敷に連れて来られても困ります。それより大事なお話がありますわ。

もふっとしたクリームパン
恋愛
「早速だけど、カレンに子供が出来たんだ」 隣に居る座ったままの栗色の髪と青い眼の女性を示し、ジャンは笑顔で勝手に話しだす。 「離れには子供部屋がないから、こっちの屋敷に移りたいんだ。部屋はたくさん空いてるんだろ? どうせだから、僕もカレンもこれからこの屋敷で暮らすよ」 三年間通った学園を無事に卒業して、辺境に帰ってきたディアナ・モンド。モンド辺境伯の娘である彼女の元に辺境伯の敷地内にある離れに住んでいたジャン・ボクスがやって来る。 ドレスは淑女の鎧、扇子は盾、言葉を剣にして。正々堂々と迎え入れて差し上げましょう。 妊娠した愛人を連れて私に会いに来た、無法者をね。 本編九話+オマケで完結します。*2021/06/30一部内容変更あり。カクヨム様でも投稿しています。 随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

妹の事が好きだと冗談を言った王太子殿下。妹は王太子殿下が欲しいと言っていたし、本当に冗談なの?

田太 優
恋愛
婚約者である王太子殿下から妹のことが好きだったと言われ、婚約破棄を告げられた。 受け入れた私に焦ったのか、王太子殿下は冗談だと言った。 妹は昔から王太子殿下の婚約者になりたいと望んでいた。 今でもまだその気持ちがあるようだし、王太子殿下の言葉を信じていいのだろうか。 …そもそも冗談でも言って良いことと悪いことがある。 だから私は婚約破棄を受け入れた。 それなのに必死になる王太子殿下。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

処理中です...