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5.魔獣との戦い
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「お、おい正気か?」
「さすがにやり過ぎじゃないか?」
「そ、そうですよ。バレたらまずいんじゃ……」
「ふっ、問題ない」
エブリオン家本宅の地下。
鉄格子で閉ざされた場所には、赤い目玉が二つ。
人ではない。
獣でもない。
その生物の名は――魔獣。
「この魔獣を使って俺の力を証明する! そうすれば気づくはずだ。俺の魅力に……そしてあんな男に価値なんてないことに」
「い、いくらなんでもやり過ぎじゃ」
「安心しろ。こいつを捉えたのは俺の父で、その現場に俺もいた。だから強さも十分に知っている。魔獣といっても所詮は獣の延長でしかない。俺の敵じゃないさ」
魔獣の捕獲、飼育は禁止されている。
しかし貴族たちの間では、魔獣を飼いならそうとする動きは珍しくない。
理由は娯楽から武力としての利用まで様々。
金と権力を利用して、見えないところで法を犯す。
貴族の隠された一面である。
「だけど学園に持ち込むのはやめた方が良いんじゃ」
「さっきからうるさいぞ! いつから俺に意見できるほど偉くなったんだ?」
「あ、す、すみません……」
「ふんっ、どいつもこいつも……俺の偉大さをわかっていないようだな」
魔獣を飼っていること表に出してはならない。
知られれば貴族としての立場も危うくなる。
彼は冷静ではなかった。
ニナが自分に振り向かない現実に、自分のよりも劣っている男の手を放さないことに苛立ちを越えた憎しみを感じていた。
今の彼を突き動かしているのは、淀んだ支配欲。
そしてもう一つ。
「ニナ。君は俺のものなんだ。それをわからせてやる」
男の嫉妬である。
◇◇◇
翌日の放課後。
僕とニナはラスト君に呼び出されて学園の訓練室にやってきた。
ニナ一人ではなく、僕まで誘われたことに若干の驚きと不安を感じていた。
訓練室に足を運ぶと、先にラスト君と取り巻きの三人が待っていて、その後ろには大きな布で隠された四角い物体が置かれていた。
「よく来てくれたね、ニナ。それとブラン・プラトニア」
「……」
相変わらず僕を見る目は敵意で満ちている。
だけど今日はいつもと少し違うような……。
「私たちになんの用なの?」
「昨日の話の続きだよ。やはり君は俺と一緒にいるべきだ。そんな男といるべきじゃない」
「またその話? もういい加減にしてよ。何を言われても私の意見は変わらないよ」
「そうかな? きっと君は俺の魅力を酔いしれてくれるはずだよ! そのために準備したんだ」
ラスト君が取り巻き三人に目配せをした。
その後で三人は、なぞの物体から布を外す。
「こ、これって……」
「嘘でしょ?」
僕たちは思わず動揺して固まる。
最初から異様な気配は感じていた。
だけど、まさかと思った。
ここは学園の中だ。
いるはずがない。
「驚いたかい? これが魔獣だよ」
ラスト君の一言で、疑いの気持ちが消え去る。
檻の中には魔獣がいた。
四本足の獣。
ただの猛獣にしては大きすぎる。
大人の男性の五倍くらいの高さと、どす黒い毛並みに強靭な牙。
僕も初めて見る。
これが魔獣……。
「なんだい? 檻の中にいるっていうのに恐怖で震えているじゃないか」
「あ、えっ……」
「どういうこと! なんで魔獣がここにいるの?」
「もちろん俺が用意したんだ。意味に俺の凄さをわかってもらうためにね!」
彼は両腕を広げて演技がかったポーズで語る。
「今からこの場で、俺が魔獣と戦う」
「は、はい?」
「安心するといい、君たちに被害がいくことはない。ニナは俺の活躍をしっかり見ているんだ。ブラン、君はそこで情けなく震えていればいいさ」
「な、なにを言ってるの? さっきから意味がわからいよ」
焦りながら疑問を浮かべるニナ。
僕も同じ気持ちだった。
彼がなんのために魔獣を学園に入れたのか、さっぱりわからない。
すると、彼はやれやれと首を振る。
「言っただろう? 俺の凄さを見せつけるためさ。そこらの動物相手じゃわからないからね」
「い、いやだから」
「いいから見ていてくれ。きっと君も見惚れるはずだ。お前たち檻を空けろ!」
「ちょっと待って! 本気で――」
危険すぎる。
ニナも引き留めようとした。
だけど彼らは止めない。
言われた通り檻を開けてしまう。
そして――
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
魔獣が解放される。
囚われていた時の怒りを発露するように、魔獣はいかつく吠える。
同じ生き物の迫力じゃない。
ただ吠えただけで空気が軋むようだ。
「さぁかかってくるといい! といっても、お前には何もさせないがな!」
ラスト君に向って魔獣が襲い掛かる。
彼は動じず右手をかざす。
「風よ斬り裂け」
彼の手のひらから放たれたのは風の刃。
鋼鉄をも斬り裂く刃が魔獣を斬る。
『気流使い』。
彼が持つギフトの一つで、大気を操ることができる。
極めて強力なギフトであり、大気はどこにでも存在するため場所を選ばない。
「はーはっは! どうだ見たか!」
高笑いをしながら風の刃を放ち続ける。
魔獣は彼の勢いに押されて攻めあぐねていた。
確かに凄い。
魔獣は手も足も出ず身体中から血を流している。
これなら本当に倒してしまえそうだと……。
「おかしいよ」
最初に気付いたのはニナだった。
魔獣はすでに何十という攻撃を受けている。
出血の量も尋常じゃない。
訓練室の床に血のプールができるほどだ。
「どうして倒れないの?」
この時、僕たちは気づいていなかった。
魔獣の恐ろしさを。
かつて世界を恐怖に満たした存在が、この程度ではないことを。
「さすがにやり過ぎじゃないか?」
「そ、そうですよ。バレたらまずいんじゃ……」
「ふっ、問題ない」
エブリオン家本宅の地下。
鉄格子で閉ざされた場所には、赤い目玉が二つ。
人ではない。
獣でもない。
その生物の名は――魔獣。
「この魔獣を使って俺の力を証明する! そうすれば気づくはずだ。俺の魅力に……そしてあんな男に価値なんてないことに」
「い、いくらなんでもやり過ぎじゃ」
「安心しろ。こいつを捉えたのは俺の父で、その現場に俺もいた。だから強さも十分に知っている。魔獣といっても所詮は獣の延長でしかない。俺の敵じゃないさ」
魔獣の捕獲、飼育は禁止されている。
しかし貴族たちの間では、魔獣を飼いならそうとする動きは珍しくない。
理由は娯楽から武力としての利用まで様々。
金と権力を利用して、見えないところで法を犯す。
貴族の隠された一面である。
「だけど学園に持ち込むのはやめた方が良いんじゃ」
「さっきからうるさいぞ! いつから俺に意見できるほど偉くなったんだ?」
「あ、す、すみません……」
「ふんっ、どいつもこいつも……俺の偉大さをわかっていないようだな」
魔獣を飼っていること表に出してはならない。
知られれば貴族としての立場も危うくなる。
彼は冷静ではなかった。
ニナが自分に振り向かない現実に、自分のよりも劣っている男の手を放さないことに苛立ちを越えた憎しみを感じていた。
今の彼を突き動かしているのは、淀んだ支配欲。
そしてもう一つ。
「ニナ。君は俺のものなんだ。それをわからせてやる」
男の嫉妬である。
◇◇◇
翌日の放課後。
僕とニナはラスト君に呼び出されて学園の訓練室にやってきた。
ニナ一人ではなく、僕まで誘われたことに若干の驚きと不安を感じていた。
訓練室に足を運ぶと、先にラスト君と取り巻きの三人が待っていて、その後ろには大きな布で隠された四角い物体が置かれていた。
「よく来てくれたね、ニナ。それとブラン・プラトニア」
「……」
相変わらず僕を見る目は敵意で満ちている。
だけど今日はいつもと少し違うような……。
「私たちになんの用なの?」
「昨日の話の続きだよ。やはり君は俺と一緒にいるべきだ。そんな男といるべきじゃない」
「またその話? もういい加減にしてよ。何を言われても私の意見は変わらないよ」
「そうかな? きっと君は俺の魅力を酔いしれてくれるはずだよ! そのために準備したんだ」
ラスト君が取り巻き三人に目配せをした。
その後で三人は、なぞの物体から布を外す。
「こ、これって……」
「嘘でしょ?」
僕たちは思わず動揺して固まる。
最初から異様な気配は感じていた。
だけど、まさかと思った。
ここは学園の中だ。
いるはずがない。
「驚いたかい? これが魔獣だよ」
ラスト君の一言で、疑いの気持ちが消え去る。
檻の中には魔獣がいた。
四本足の獣。
ただの猛獣にしては大きすぎる。
大人の男性の五倍くらいの高さと、どす黒い毛並みに強靭な牙。
僕も初めて見る。
これが魔獣……。
「なんだい? 檻の中にいるっていうのに恐怖で震えているじゃないか」
「あ、えっ……」
「どういうこと! なんで魔獣がここにいるの?」
「もちろん俺が用意したんだ。意味に俺の凄さをわかってもらうためにね!」
彼は両腕を広げて演技がかったポーズで語る。
「今からこの場で、俺が魔獣と戦う」
「は、はい?」
「安心するといい、君たちに被害がいくことはない。ニナは俺の活躍をしっかり見ているんだ。ブラン、君はそこで情けなく震えていればいいさ」
「な、なにを言ってるの? さっきから意味がわからいよ」
焦りながら疑問を浮かべるニナ。
僕も同じ気持ちだった。
彼がなんのために魔獣を学園に入れたのか、さっぱりわからない。
すると、彼はやれやれと首を振る。
「言っただろう? 俺の凄さを見せつけるためさ。そこらの動物相手じゃわからないからね」
「い、いやだから」
「いいから見ていてくれ。きっと君も見惚れるはずだ。お前たち檻を空けろ!」
「ちょっと待って! 本気で――」
危険すぎる。
ニナも引き留めようとした。
だけど彼らは止めない。
言われた通り檻を開けてしまう。
そして――
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
魔獣が解放される。
囚われていた時の怒りを発露するように、魔獣はいかつく吠える。
同じ生き物の迫力じゃない。
ただ吠えただけで空気が軋むようだ。
「さぁかかってくるといい! といっても、お前には何もさせないがな!」
ラスト君に向って魔獣が襲い掛かる。
彼は動じず右手をかざす。
「風よ斬り裂け」
彼の手のひらから放たれたのは風の刃。
鋼鉄をも斬り裂く刃が魔獣を斬る。
『気流使い』。
彼が持つギフトの一つで、大気を操ることができる。
極めて強力なギフトであり、大気はどこにでも存在するため場所を選ばない。
「はーはっは! どうだ見たか!」
高笑いをしながら風の刃を放ち続ける。
魔獣は彼の勢いに押されて攻めあぐねていた。
確かに凄い。
魔獣は手も足も出ず身体中から血を流している。
これなら本当に倒してしまえそうだと……。
「おかしいよ」
最初に気付いたのはニナだった。
魔獣はすでに何十という攻撃を受けている。
出血の量も尋常じゃない。
訓練室の床に血のプールができるほどだ。
「どうして倒れないの?」
この時、僕たちは気づいていなかった。
魔獣の恐ろしさを。
かつて世界を恐怖に満たした存在が、この程度ではないことを。
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