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3.憧れ

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「片付けするんだよね? 私も手伝うよ」
「いいの?」
「もちろん。だって終わらせないと帰れないでしょ? 早く片付けて一緒に帰ろうよ」
「うん。ありがとう」

 ニナが片づけを手伝ってくれる。
 いつも放課後の図書館が閉まる前にやってくる。
 図書館は学園の校舎とは建物が別で、移動には十分くらい歩く必要があった。
 帰り道の途中というわけでもないのに、わざわざ僕に会いに来てくれる。

「ねぇ、ニナこそちゃんと授業は受けてるの?」
「もちろん! なんで?」
「だってここ、校舎から離れてるし歩いて十分かかるんだよ? いつも授業が終わった三分くらいには来てるから」
「そんなの走ってきてるからに決まってるでしょ?」

 走って?
 わざわざ僕に会うために?
 どうしてそこまで……。

「僕なんかと一緒にいても……」
「ん? 何か言った?」
「……ううん、なんでもないよ。いつもありがとう」
「どういたしまして」

 今日の彼女の優しさに甘えながら時間を過ごす。
 手伝いもあって片づけはすぐ終わり、僕は帰る前にカウンターに立ち寄った。
 
「あれ? ここに一冊残ってるよ?」
「それは大丈夫。僕の本だから」
「そうなの?」
「うん。ほら」

 カウンターに置かれた本に触れると、淡い光の粒子になって消えてしまった。
 この反応は、僕が複製した本を異空間に戻すときに起こる。
 つまりは僕のギフトの効果だ。

「そうやって仕舞ってるんだ。初めて見たかも」
「あれ? 見せたことなかったかな?」
「見てないよ。だってブラン、ギフトのこと全然教えてくれないし」
「ああ……だってほら、教えるほどのギフトでもないから」

 ユニークギフトである点を除けば、僕のギフトの価値は低い。
 僕しか持っていない役に立たない能力。
 そんなものの詳細を知って、誰も得をしない。
 時間を無駄に使うだけだ。

「そんなことないよ! だって一度読んだらずっと忘れないんでしょ? それってすごいことだよ」
「別にそんことは……勉強すれば誰だって」
「できない! 普通は無理だから。ブランのギフトって覚えた本を収納できるんだよね? 今どれくらいの本を収納してるの?」
「えっと、八万七千冊くらいかな。ちょうどこの図書館にある本の半分くらいかな」

 正確にはもっと細かな冊数まで言える。
 収納した本の内容、数を把握することも僕のギフトの能力だ。
 
「ほら! 普通はそんな数の本を覚えられないから! ブランはこの学園で一番知識を持ってる人なんだよ?」
「そ、そうかな?」
「間違いないよ。ううん、もしかしたら世界で一番物知りかも」
「あははは、だとしても知ってるだけじゃ意味ないよ。それに知識っていっても、半分くらい空想だったりするから」

 本といっても色々ある。
 知識が詰め込まれた辞書や図鑑、参考書は読むだけで勉強になる。
 中には童話や英雄譚といった空想の物語もある。
 そういうお話はワクワクするし大好きだけど、残念ながら知識としては役に立たないものが多い。

「さっきの本もそうなの?」
「うん。英雄のお話だよ」
「へぇ~ ブランって昔からそういうお話が大好きだよね」
「そうだね。好きだからよく読んでるよ」

 僕が本にはまるきっかけになったのは、小さい頃に呼んだ一冊の英雄譚だった。
 昔々に起きた実話をもとにしたお話。
 人類を脅かす悪魔と、彼らを率いる魔王。
 絶望の淵にいた人々を救ったのは、七人の英雄たちだった。
 彼らは最初にギフトを授かった者たちと言われている。
 七人の英雄は悪魔を倒し、魔王を退け世界に平和をもたらした。
 そんな彼らの冒険が本となり、現代に語り継がれている。
 初めて読んだとき、僕の心は激しく震えた。
 僕もこんな風になりたい。
 世界を救う、人々を導く英雄……みんなのヒーローに。

 まぁ……現実には無理だと思い知っているけど。

「そういえば小さい頃に言ってたね! 僕は大きくなったらヒーローになるって!」
「あははは……あの頃は小さかったからね」
「今は違うの?」
「僕じゃヒーローにはなれないよ。ヒーローになれるのは、選ばれた人間だけなんだ」

 物語でも現実でも、そこは揺るがない。
 ヒーローになる者は最初からそうと決まっている。
 運命に導かれて英雄になる。
 脇役はどこまでいっても脇役のままなんだ。
 僕の場合は脇役どころか、物語に登場すら出来なさそうだけど。

「僕よりニナのほうがよっぽどヒーローになれそうだよ」
「えぇ、私はどっちかというとヒロインになりたいかな?」
「ヒロイン?」
「そうだよ! ヒーローの一番大切な人……あ、でも守られるばっかりもいやだし、一緒に頑張って悪者をやっつけるみたいな!」
「あはははっ、ニナらしいね」

 やっぱり君はヒーローに向いているよ。
 僕なんかよりずっと、空想に手が届く場所にいる。
 羨ましいな。
 僕にも力があれば、君と一緒に悪者をやっつける……そんなヒーローになれるかもしれないのに。

「なれるよ。ブランなら」
「え?」

 まるで僕の心の声に応えるように彼女は言った。
 僕は目を丸くする。
 
「ブランはヒーローになれる! 私はそう思う」
「……なんで」
「小さい頃から一緒にいるんだもん。ブランの考えてることくらいわかるよ」
「そうだけど、そうじゃなくて! 僕は……」

 君とは違う。
 才能なんてない。
 ただの落ちこぼれだ。

「理由なんてわかんない。なんとなく、かな?」
「なんとなく?」
「うん。なんでだろうね? いつかブランが私を助けてくれる……そんな気がするんだ」
「ニナ……」

 根拠もなにもない。
 ただの勘、意味のない言葉。

「だから期待してるよ! 頑張れ! ヒーロー」

 それでも嬉しかった。
 誰からも期待されない僕に、彼女は期待してくれているのだとわかって。
 願わくば、彼女の期待に応えたい。
 叶わぬ夢だとしても……そう思うことくらい許してほしい。
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