魔剣鍛冶師の魔術道

日之影ソラ

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20.スタートライン

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 会議室に展開された結界は、内外の情報を遮断する効果を持っていた。
 展開時に発生した音は外に伝わらない。
 故に、激しい戦闘音を聞いていたのは、中にいる二人だけ。

「くくくっ、今頃父上に泣かされている頃だろうな」

 自室で笑みを浮かべるネハン。
 父親の強さを知る彼は、グレイスの敗北を確信していた。
 勝利の報告が聞ける瞬間を、今か今かと待ちわびていた頃――

 ガチャ。

 部屋の扉が開く音がして、彼は興奮しながら振り向く。
 父親が勝利の報告に来たのだと思ったのだろう。
 
「父う……」

 だが、そこに立っていたのは父にあらず。
 美しい剣を握り、哀れな者を見る目で自身を見つめるグレイスだった。

「こんばんは、良い夜だな」
「お、お前は……ど、どうしてここにいる!?」
「おかしな質問をするんだな? 招待状を送ってきたのはそっちだろう? いやあれは父親からか」
「ち、父上はどうした! お前は父上に――」
「倒れされるはず、か?」

 そう言おうとしたのだろう。
 図星を突かれた彼はビクッと身体を激しく震わせ、一歩後ろへ下がる。
 もはや質問するまでもない。
 グレイスが部屋に訪れた時点で、勝敗がどちらに傾いたのかは明らかだった。
 勝利したのはグレイス。
 父親の勝利を信じていた彼にとって、その事実は受け入れがたい。

「だ、誰かいないのか!」
「残念ながら叫んでも助けは来ないよ」
「なっ、なに?」
「先に屋敷の人たちには眠ってもらった。怪我はさせてないから安心してくれ。朝までには目を覚ますと思うから」

 語りながらグレイスは一歩ずつ前へと進む。
 距離を詰める。
 離そうとネハンは後ずさるが、数歩で壁に当たってしまう。

「こうなった原因はお前だ。お前が今のままでいられると、俺は安心して眠れないんだよ」
「く、来るな!」

 退路はない。
 眼前には、父すら倒す強者が迫る。
 もはや戦う意思すらない彼は、壁に背をすりつけながら怯え震える。

「安心しろ。お前より……俺のほうがたくさん失うんだ」
「な、何の話だ!」
「知らなくて良いよ。知る必要はない……だから――」

 グレイスは無慈悲に、剣を振り下ろす。

「全部忘れてくれ」

  ◇◇◇

 日の出の少し前。
 まだ人通りの少ない街を歩く。
 
「思ったより時間がかかったな」

 戦闘よりも後始末のほうが大変だった。
 でも頑張ったお陰で、今日からは安心して試験結果を待てそうだ。
 さすがに疲れたけどね。
 とぼとぼ歩いて、ようやく家の近くにたどり着く。
 すると――

「グレイス君!」

 道の先から、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
 見ると彼女が大きく手を振っている。

「ハツネ?」

 俺を見つけた彼女は急いで近くまで駆け寄ってきた。

「ずっと起きてたのか? もう朝だぞ?」
「うん。でも心配で眠れなかったから……どこも怪我してない? ちゃんと話し合えた?」

 ハツネは俺の手を取り、身体に異常がないか確かめるように、ペタペタと腕や身体に触れる。
 怪我をしていないのはわかっただろう。
 それでも心配なのか、不安げに問いかけてくる。
 
「帰ってこられたってことは、大丈夫だったんだよね?」
「……ああ、ちゃんと終わった。もう心配ないよ」
「そっかぁー、良かった」

 心から心配してくれている表情だ。
 俺のことを。

「ありがとう」

 誰かに心配してもらえるって、こんなにも嬉しいことだったんだな。
 嬉しさに浸りながら、これからは心配をかけないように頑張ろうと心に誓う。

 それから、あっという間に時間は過ぎて――

 合格発表当日。
 俺とハツネは普段より少し早く起きて、予定より前に家を出た。
 自然と急ぎ足になって、到着したのは発表時間の前。
 それでもすでに大行列が出来ていた。

「ここにいるほとんどの人が落ちるんだよね……」
「ああ」

 合格者は一握り。
 狭き門なことは誰もが承知して、魔術師を目指し試験を受ける。

「だ、大丈夫かな……」
「大丈夫。俺たちは実技でも生き残ったし、ポイントだって稼いだんだ。絶対に受かってるよ」
「相変わらず凄い自信……」

 俺はそう言いながら、僅かに手に力が入っていた。
 自分でも無意識だったから、ハツネの視線で気付かされる。

「あはははは……はぁ、緊張はするよ」
「グレイス君なら大丈夫だよ」
「それさっき俺が言ったことじゃないか? ハツネだってそうだろ?」
「……うん、そうだと良いなぁ」

 互いの合格を願いながら、運命の瞬間を待つ。
 そして、合格発表の時間になる。
 掲示板に張り出された名前は、近づかないと見られないほど小さい。
 俺たちは前の列がいなくなるのを待ちながら、徐々に波に流され前へ進む。

 名前が見える距離だ。
 自分の名前を探す。

「「あった」」

 見つけたのはほぼ同時だった。
 俺たちの名前は、合格者一覧に確かに記されていた。

「やった……やったよグレイス君!」
「……ああ」

 飛び跳ねて喜ぶハツネの隣で、俺は呆けたように立ち尽くす。
 魔術学園に入ることなんて、俺にとっては当たり前で。
 この日のために自信がつくくらい努力を重ねてきたんだ。
 受かって当然、そう思い続けていた。
 それでも嬉しくて、涙が出そうになった。

 やっと……やっとだ。
 才能のなさに打ちひしがれ、再起を決意した日から五年。
 ようやく俺は、スタートラインに立つことが出来た。

 俺は魔術師を目指す。
 自分だけのやり方で、自分が信じる道を進む。
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みんなの感想(2件)

みみにゃん出版社

拝読しました(=^x^=)
会話がリアルで世界観に入っていけます。
楽しみに読ませていただきます!

解除
スパークノークス

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解除
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