魔剣鍛冶師の魔術道

日之影ソラ

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4.四年後

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 師匠の弟子になったその日から、俺の鍛錬は始まった。
 熱せられた工房、鉄が焼ける臭い、打ち付け火花が散る。
 独特な感覚は慣れないと違和感が強く、特に暑さは日の照る日中は耐えがたいものだった。

「まずはそこで見てろ、見て学べ。お前さんに足りないもんを」
「わかりました」

 教えるのは得意じゃない。
 勝手に学んで、勝手に技を盗んでいけ。
 師匠は最初にそう言って、俺を傍らに立たせた。
 俺も懇切丁寧に教えてもらえるなんて思っていなかったから、弟子にしてもらえただけで十分だ。
 学べるだけ学んで、さっさと魔剣作りに取り掛かろう。
 とか、簡単に考えられたのは最初の数日だけだった。

 一月後――

「おいグレイス! そんな叩き方じゃ鉄が嘆くぞ!」
「鉄がしゃべるわけないじゃないですか!」
「比喩だ馬鹿野郎! 文句言ってる暇があったら叩け!」
「っ……わかりましたよ!」

 教えてるのは得意じゃないとか、見て盗めとか言っていた癖に。
 いつの日からか工房で仕事をさせられ、なってないと叱咤を受ける日々になっていた。
 鍛冶を学びに来たわけだし、悪い所を指摘してもらえるのは有難い。
 言葉遣いが乱暴なのと、人使いが荒いのはまだ耐えられるとして、作っているのはただの剣ばかり。
 そこがどうしても引っかかって、俺はぼそりと本音を漏らす。

「俺が作りたいのは魔剣なんだけどな……」
「馬鹿かお前は?」

 聞こえてたのか……

「だって師匠! こんな普通の剣ばかり作ってたって魔剣は作れないじゃないですか!」
「本当に馬鹿野郎だな。魔剣だって剣だろうが」
「そういうことじゃなくて」
「そういうことなんだよ。いいか? 魔剣ってのは魔力を宿す器なんだよ。器が弱々しいんじゃ簡単に砕けちまう。お前さんが作れる程度の剣じゃ、魔力を込めることすら出来ねーんだよ」

 俺は身体をビクッと震わせる。
 魔剣の知識は頭に入れていたし、作り方そのものは知っている。
 実を言うなら、ここに来る前から少しだけ試してみた。
 魔力を宿すだけなら出来るんじゃないかと思って。
 でも無理だった。
 何度試しても刃が砕けてしまうんだ。
 その理由こそ、師匠が口にした剣の完成度によるものか。

「わかったらさっさと叩け。一丁前に魔剣魔剣って言いてぇーなら、まずは一本でもまともな剣打てるようにしやがれ」
「……はい」

 自分の浅はかさが恥ずかしい。
 師匠はちゃんと、俺の目指す場所を知った上でやるべきことを示唆してくれていたんだ。
 それに気づかず文句を言っていたなんて、なんて我がままなんだろう。
 この日を境に、俺は師匠の言葉を信じることに決めた。
 どれだけ理不尽でも、扱いが悪くても、その先に目指す場所があるのなら。

 一年後――

 鍛冶仕事にも慣れ、ようやくまともに商品と呼べる剣が打てるようになった。
 師匠から叱咤を受ける回数は減っていないけど、内容が以前よりも濃くなっているのが成長の証だ。

「かといって、剣ばかり見ていても仕方がないんだよな」

 魔剣作りには魔術の知識が必要不可欠。
 さらには知識の応用が必須だ。
 屋敷で覚えた知識を元に、魔剣作成に必要な工程である術式の文字化を練習しておこう。
 仕事の合間を縫って、俺は鍛冶以外の鍛錬も再開した。

 それ以外にも――

 工房の裏手で木剣を手に、汗を流しながら振り下ろす。

「三百二十三、三百二十二――」

 剣術の稽古。
 指導者がいないから我流でしかないけど、剣を振るう練習も始めていた。
 目指しているのは魔術師で、剣士じゃない。
 とは言え、扱うのが剣である以上、剣術の鍛錬も怠れない。
 魔剣が使えない状況だって想定できる。
 体術、弓術、槍術など、様々な武術も治めることにした。
 やることは多い。
 休んでいる暇もなく、毎日が激動のように過ぎて行く。

 二年、三年……

 そして、四年後――

  ◇◇◇

 十五歳になった俺は、再び王都へ戻る支度を済ませ、今まさに出発する所だった。
 背負ったカバンには日用品や貴重品が入っている。
 腰には剣を二本、黒い柄の短剣を一本携えて。

「忘れ物はねーか?」
「はい」
「そうか……まぁ頑張れよ」
「はい! 師匠の方こそ、俺がいないからって変な物ばっかり食べてたら駄目ですよ? 師匠はもう若くないんだから、そのうち本当に身体を壊します」
「うるっせぇな。わーってるよそんなことは」

 師匠はポリポリと頭をかきながら、嫌そうな声で答えた。
 鍛冶に関しては細かくて誠実な人だけど、それ以外は本当に適当で、食事も睡眠もまともにとらない日があったり。
 本当に困った人だよ。
 だけど……

「ありがとうございました! 師匠のお陰で、俺はこうして前に進めます」
「……おう」
「それじゃ師匠、行ってきます」

 挨拶を済ませ、俺はクルリと半回転。
 師匠に背を向けて歩き出そうとする。
 名残惜しさは感じているけど、進むと決めたら迷わない。
 それでもやっぱり、寂しくはある。
 どうやらそれは、師匠も同じだったようで。

「グレイス」

 呼び止められて立ち止まり、振り返る。
 すると師匠は、恥ずかしそうに目を逸らしながら、らしくない小さな声でぼそりと呟く。

「なんだ、その、あれだ。ここはもうお前さんの家だ。いつでも帰って来い。愚痴ぐらい聞いてやる」
「……はい!」

 再び前を向く。
 師匠の言葉に背中を押されて、俺は再び歩き出す。
 自らが選んだ道を。

 目指すは王都。
 最終地点は……王立魔術学園ソロモン。 
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