300年『宮廷魔法使い』として国を支え続けた魔女ですが、腹黒王子にはめられて国外追放されました ~今さら戻れと言っても無駄です~

日之影ソラ

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7.アフタリアの王女

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 私が隠れ住んでいた場所から、目的地まで仮に陸路を使ったとしよう。
 その都度の最短ルートかつ、最も適していて速い乗り物を使ったとしても、確実に一月は要する。
 だけど、私たちは魔法使い。
 大陸の端でも、空を飛べば一瞬だ。
 陸路で一月かかる距離だって、空を高速で飛べば三日かからず到着する。
 懸念すべきは魔力の消費だけだ。
 ただしそれも、魔女である私には関係ないのだけど。

「もうすぐ到着しますよ。思ったより早く着きそうですね」
「そうね。天候も良かったし」
「はい。山岳地帯を抜ける時に安定していたのが助かりました。あそこは事前情報だとかなり厳しい場所のようでしたから。場合によっては迂回しないといけなかったので」
「……見違えたね」

 ぼそりと漏れた一言に、アレクがキョトンとした顔を見せる。
 思わず口に出てしまった。
 どうやら声は届いたけど、何を言ったのかは聞こえていなかった様子だ。
 私と並んで空を飛ぶ彼を見ながら、幼かったあの頃を比べていた。
 
「どうかしましたか?」
「感心してたんだよ。私と同じ速さで飛んでも魔力切れを起こさないし。昔より魔力の制御が上達したみたいだね」
「当然ですよ。この数年間、先生の教えを守って修行を積みましたから。これくらい出来て当然です」
「ふふっ、当然ね」

 そう言ってしまえることが凄いんだ。
 改めて、彼の魔法使いとしての才能に感服する。
 人間でありながら並外れた魔力量を持ち、魔法に対する貪欲で直向きな関心を持っていた。
 身体に見合わない魔力量の所為で制御こそ苦手にしていたけど、それも克服してしまったようだ。
 今の帝国の内情は知らないけど、彼は間違いなく帝国魔法使いでもトップの実力を身に着けたに違いない。
 帝国も惜しい人を失ったな。
 自業自得とは言え、私と関係しているなら多少はスカッとするか。

「我ながら器が小さいなー」
「先生、まだ身長が伸びないこと気にして――」
「気にしてないから! 私の身長はまだ成長期が来てないだけなの!」
「……五百年も経って?」
「うっ……ま、魔女は長生きだから仕方がないの」

 アレクが呆れ顔をしている。
 昔はもっと純粋な笑顔で励ましてくれたのに。
 こんなところで成長の弊害が現れてるの?

「先生はそのままでいいんですよ。小さいほうが先生って感じがしますから」
「ちょっ、それ馬鹿にしてない?」
「してませんよ。本心で言ってますから」
「それはそれで酷くない? 身長がコンプレックスだってことは前から教えて……」

 クスリと、風を切る音は別で、彼が笑った声がした。
 そっぽを向いているけど、口元が緩んでいるのが丸わかりだ。

「やっぱり馬鹿にしてるよね? あんなに素直だったアレクがイジワル言うようになるなんて……」
「違いますよ。笑ったのは嬉しかったからです」
「自分のほうが背が高くなったことが?」
「違いますって。どれだけ身長のこと気にしてるんですか」

 またまた呆れ顔を見せるアレク。
 それだけじゃなくて、まだ口角が少し上がってる。
 私だって馬鹿じゃないし、それが私をからかっている笑いじゃないことくらわかる。
 じゃあ何で笑っているの?
 と、尋ねる前に、アレクが答えを口にする。

「嬉しかったのは、先生の気が緩んでくれたことですよ」
「あ……」
「ついさっきまで落ち込んでいたのが、今は少しでも笑顔が見れて嬉しかったんです」
「……そっか」
 
 私、気づかないうちに笑っていたんだ。
 あの頃みたいに、穏やかな気持ちで。
 
「アレクのお陰だよ。話してたら、なんだか気が楽になった」
「それは良かったです」
「私より身長が高くなったことは怒ってるけどね?」
「勘弁してくださいよ……」
「ふふっ、冗談よ」

 そう、冗談だ。
 冗談を軽口で言えるくらいには、私の心の重みは解消されたらしい。
 一人きりじゃない。
 誰かが一緒にいてくれることが、孤独を解消してくれたことが、心にとって薬になったみたいだ。
 鎖みたいに絡まっていた物が解きほぐされた感覚。
 身体の軽さを感じながら、私はほんの少しだけ飛ぶ速度を上げた。
 それにも容易についてくる彼と共に、王都の空へたどり着く。

「ここがアフタリアの王都?」
「はい。目的地は中央にある城です」

 王都の土地は丸い。
 中心の王城から外へと街並みが広がっていて、高い壁が街をぐるっと覆っている。
 壁の高さはそこそこで、壁が届かない場所は結界に覆われている。

「外敵を拒む結界だよね? 私たちは通っても平気かな」
「はい。敵意さえなければ通れます。あとは王城だけもう一層の結界がありますが、あれも僕が一緒なら問題ありません」

 そう言って彼は私に手を差し伸べてくる。

「手?」
「はい。結界を通る時は僕と手を握っていましょう。一人だと魔力感知で侵入者だと思われますから」
「そういう仕組みなのね。わかったわ」

 言われた通りに手を握る。
 男の子らしくなった手にひかれ、私たちは王城へと舞い降りる。
 降りようとしているのは広間みたいな場所だった。
 噴水もあって、綺麗な庭とも言えそう。
 空からの登場なんて目立つのに、警備が集まってきたりしないだろうか?
 そんな心配は不要だとすぐにわかった。

「やっときたわね!」

 一人だけ、高貴な雰囲気を漂わせる女性が待っていた。
 黄金の髪を左右で束ねたツインテールに、青い瞳と勝ち誇ったような表情。
 腕を組む姿の堂々たるや。
 加えて僅かに感じる同族の気配で、彼女の正体に察しが付く。

「遅くなって申し訳ありません。フレンダ姫」
「全くよアレクシス。この私を一年も待たせるなんて悪い男ね! 責任取って私の恋人になりなさい」
「あ、すみません。それはちょっと困ります」
「うっ……そういうと思ったわ」

 軽快なリズムで会話が進む。
 呆気にとられているのは私だけのようだった。
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