300年『宮廷魔法使い』として国を支え続けた魔女ですが、腹黒王子にはめられて国外追放されました ~今さら戻れと言っても無駄です~

日之影ソラ

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1.魔女の宮廷魔法使い

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 魔女――
 圧倒的な魔法、無尽蔵な魔力。
 美しい女性の姿をもつ彼女たちを、人々は畏れ敬った。
 彼女たちは人々の暮らしに寄り添い、時に英知を与え、時に試練を与えた。
 故に、人々は魔女をこの世で最も強き者だと認めた。

 世界が誕生して数千年。
 命は増え、新たな国が生まれ、暮らしは進化していく。
 その進化の根本には、魔女たちの協力が不可欠だっただろう。
 人々は感謝するべきだ。
 もっと敬い、尊び、慈しむべきだ。
 幸福な今があるのも、彼女たちの存在があってこそなのだから。

 それでも、彼女たちは強すぎた。
 強大過ぎた。
 姿形は美しい人間の女性であっても、その中身は天と地ほどの差がある。
 多少の恐怖を抱いたとしても、誰も責めることなんてできないだろう。

  ◇◇◇

「先生! 僕、大きくなったら先生みたいな立派な魔法使いになります!」

 銀色の髪と瞳の少年。
 教え子の一人、今年で十歳になったばかりのアレクシスは、よく私にそう宣言していた。
 私はそれをにこやかに聞きながら、彼の頭を撫でる。

「君ならなれるわ、アレク。なんたって最年少で私の教え子になったんだから」
「本当ですか? 僕も先生と同じ魔女になれますか?」
「ふふっ、魔女にはなれないわよ。貴方は男の子でしょ?」
「そう……なんですか……」

 ショボンと落ち込むアレク。
 可愛らしい悩みを微笑ましく思いながら、私はいつものセリフを口にする。

「魔女にはなれないけど、君はそれ以外の何にだってなれる。立派な魔法使いにも、強くて格好良い魔法騎士にもね? 君は剣も得意だし、きっとたくさんの人から慕われる。帝王様も期待しているわよ」
「魔法騎士……騎士になったら、先生を守れますか?」
「私を?」

 思わぬ一言に驚いてしまう。
 それは初めて言われた言葉だったから。

「僕は先生みたいな魔法使いになって、先生のことを守ってあげたいんです」
「……」
「先生?」
「あ、ううん、ありがとう。アレクは優しいわね」

 子供の無邪気な言葉で、たぶん他意はない。
 それでも私には嬉しかった。
 魔女である私を守りたいなんて言ってくれる人は、これまで一人もいなかったから。
 たとえ相手が子供だとしても、その言葉には活力を貰えた。 

「だったら私も頑張らないとね。アレクが立派な魔法使いになるためにも、これからもっと厳しくいくわよ?」
「はいリザリー先生! 僕頑張ります!」

 アレクは元気にハッキリと、私の声に応えてくれた。
 そんな彼が可愛くて、私は彼の頭を撫でる。
 魔法騎士になれるのは十五歳からで、最低でもあと五年はかかる。
 私にとって五年なんてあっという間だ。
 今からその日が待ち遠しく思う。

「それじゃ、私は行くわね」
「先生? どこに行かれるんですか? 僕も一緒に」
「駄目よ。今から帝王様とお話なの。君はお勉強の時間でしょ?」
「はい……」

 私と離れることが嫌なのか、彼はあからさまにしょぼくれてしまう。
 子供というのは本当に素直で可愛らしい。
 まぁ時折、子供らしくない子供もいるから、彼のような純粋な子ほど可愛く見えるのかもしれない。

 彼と別れた後、私は王城の廊下を歩いた。
 この廊下も随分見慣れた。
 三百年も帝国に仕えていると、何度も代替わりや建て替えもあって、元の景色から変わっている。
 それでも同じ廊下だと思えるのは、根本が変わっていないから。
 
 私は魔女だ。
 五百年前にこの世に生まれ、三百年前にこの国の王と出会った。
 彼はとても優しくて人徳が溢れていて、誰よりも臆病だった。
 一国の王としては気が弱くて、他国からも嘗められていたし、国民からも不安がられていた。
 真面目な彼は、国民の不安を解消できるように毎日毎晩働いていた。
 成果が実らなくても懸命に、直向きに。
 そんな彼が心配で、放っておけなくて、手を差し伸べたのが始まり。
 あの日以来、私は帝国に仕える魔法使いとなった。
 肩書きは『宮廷魔法使い』ということになっていて、魔法や魔導技術の発展に貢献しながら、魔法の才能を持つ者たちの先生をしている。
 アレクもその一人で、私の教え子の中で一番の才能の持ち主だ。
 三百年の間、多くの生徒を送り出してきたけど、彼ほど魔法の才能に恵まれ、心が綺麗な子供はいなかったな。
 長い年月を生きていると、本当にいろいろ感じるものがある。

「それにしても……」

 私は廊下の途中にあった大きな鏡、みたいに姿を反射する窓ガラスに目を向ける。
 ピカピカに磨かれているからか、綺麗に私の全身が映っていた。

「……身長、伸びないなぁ」

 百年くらい前からずっと容姿が変わっていない。
 魔女は長命で老化も遅いから、長く若い姿が続くけど、私の場合は少々幼さが残る。
 見た目だけなら、人間でいうところの十六歳前後と言った所か。
 
「はぁ、こんなんだから威厳も何も抱かれないのよね」

 今さら嘆いたところで仕方がない。
 いつか変わるだろうと諦めて、私は歩みを再開する。

 王座の間にたどり着く。
 仰々しい扉は何度見てもやり過ぎだと思える。
 金ぴかの装飾なんて必要ないのに。
 なんて思いながらノックして、入室の許可を得てから扉を開ける。 

「お呼びでしょうか? 帝王陛下」
「よく来てくれた。宮廷魔法使い……いや、魔女リザリー殿」
 
 中に入ると、玉座に座った髭の男性が野太い声で私の名前を呼んだ。
 彼こそがソルシエール帝国十七代目帝王、ガレス・ソルシエール。
 私は彼に呼び出しを受けてやってきた。 

「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「うむ、実は魔女殿にやってもらいたい仕事があるのだが、引き受けてもらえるだろうか? 内容は――」

 陛下は淡々と話を進める。
 こんな風に遜って用件を言い出すときは、大抵が無理難題だ。
 なんとなく予想がついていて、聞いてみれば案の定、魔女の力を頼り切ったお願いだった。
 よくあることだし慣れっこだ。

「どうだね? やれそうか?」
「はい。お任せください」
「そうかそうか! さすがは魔女殿だ! 本当に貴女がいてくれた幸運に感謝しなくてはならないな」

 幸運……確かにそうかもしれない。
 三百年前の出会いも偶然だった。
 彼と出会っていなければ、こうして今も国に残って働いているなんてありえなかっただろう。
 いやもっと言えば、彼との約束がなければ。
 自分がいなくなった後も、この国を支えてほしいという彼の願いを聞き、私は今日もこれからも帝国を支えるつもりでいた。
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