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「ここを使ってくれ。あまり大きいところじゃないが」
「いえ、十分です」
人々の前で王位の継承、そして聖女のお披露目をし終わった後、私は陛下に連れられて王城の敷地内にある教会へとやってきた。
スパーク王国の大聖堂に比べたら確かに小さい。
広さは半分程度で、天井も高過ぎず、私にはこのくらいがちょうどいいと思った。
「掃除は普段からしている。主にシオンがな」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
「それが私の役割ですので」
教会の下見にはシオンさんも同行している。
彼女は小さく頷いた。
ジンさんは今頃、国王陛下をお部屋へ案内しているだろう。
「教会や聖堂は、神様に近い場所です。そこを綺麗に保っていただけて、神様もきっとお喜びになられていると思います」
「だそうだぞ? いいことがあるかもな? シオン」
「そうだと嬉しいですね」
「ありますよ、きっと。神様はいつも、私たちのことを見ていますから」
この教会は昔、儀式や王族の結婚式に使われていたそうだ。
現在は使われる機会が減ってしまい、建物も古くなっている。
掃除せずとも誰も困らない場所だが、陛下の計らいもあって毎日掃除がされていたそうだ。
これから使わせてもらう身として、綺麗に保たれていたことが嬉しかった。
神様も喜んでいらっしゃるだろう。
「イリアス、君には明日からここで、聖女として活動してもらう。具体的に何をしてもらうかは、俺より君のほうがわかっていると思う」
「はい、大丈夫です。スパーク王国の頃のように、不安を抱えた人々の声に耳を傾けます」
「ありがとう。まぁ、実際どれだけ人が来るかわからないが、明日になってからのお楽しみだな」
そう言って、陛下は肩の力を抜く。
「さて、疲れているだろう? 今日はもうゆっくり休もう」
「それはアクトール様のほうではありませんか? ずっと気を張っていらっしゃったので」
「これくらいなんてことはないさ。それと、言いそびれたが俺のことはアクトでいいよ。近しい間柄の人間は、皆そう呼ぶんだ」
「それは……」
ジンさんやシオンさん、前国王陛下もアクトという愛称で呼んでいた。
近しい間柄……家族や幼馴染が、彼を愛称で呼ぶ意味は理解できる。
「よろしいのですか?」
「ああ、そう呼んでほしい。君とは長い付き合いになる予感がしているんだ」
「……そうですね」
不思議な気分だ。
なぜだろう?
私も彼と同じことを思っていた。
彼とは、彼らとは、長い付き合いになるような……。
「では、アクト様、改めてよろしくお願いいたします」
「ああ、こちらこそ、ようこそ俺の国へ」
差し出された右手に、私も右手を重ねる。
友好の握手を交わして、私たちは視線を合わせる。
◇◇◇
翌日。
早朝から私は、教会に立った。
やっていることはスパーク王国と同じなのに、なぜか新鮮な気分になる。
たった数日離れただけで、この位置が懐かしい。
私は斜め後ろに立っているシオンさんに声をかける。
「シオンさん、今日からよろしくお願いします」
「はい。何からあれば、私にお聞きください」
「そうします。ありがとう」
「いえ、役目ですので、それから、私のことはシオンと呼び捨てにして頂いて構いません」
「努力してみます」
聖女として振る舞うように教育された影響で、他人を呼び捨てにする感覚に慣れていない。
要望にはできるだけ応えたいけど、初めはぎこちなくなりそうだ。
それはそれとして……。
私は教会の出入り口を見る。
シーンと、閉まったままだ。
「誰も来ないですね」
「まだ早朝ですので」
確かに朝は早いけど、スパーク王国の時は朝から列ができていた。
解放される時間になると、流れるように人々が大聖堂の中に入ってきて……。
それに慣れてしまったからか。
拍子抜けしている自分がいる。
王都の規模や人口の差を考えれば、これが普通なのだろうか。
「いえ、十分です」
人々の前で王位の継承、そして聖女のお披露目をし終わった後、私は陛下に連れられて王城の敷地内にある教会へとやってきた。
スパーク王国の大聖堂に比べたら確かに小さい。
広さは半分程度で、天井も高過ぎず、私にはこのくらいがちょうどいいと思った。
「掃除は普段からしている。主にシオンがな」
「そうだったんですね。ありがとうございます」
「それが私の役割ですので」
教会の下見にはシオンさんも同行している。
彼女は小さく頷いた。
ジンさんは今頃、国王陛下をお部屋へ案内しているだろう。
「教会や聖堂は、神様に近い場所です。そこを綺麗に保っていただけて、神様もきっとお喜びになられていると思います」
「だそうだぞ? いいことがあるかもな? シオン」
「そうだと嬉しいですね」
「ありますよ、きっと。神様はいつも、私たちのことを見ていますから」
この教会は昔、儀式や王族の結婚式に使われていたそうだ。
現在は使われる機会が減ってしまい、建物も古くなっている。
掃除せずとも誰も困らない場所だが、陛下の計らいもあって毎日掃除がされていたそうだ。
これから使わせてもらう身として、綺麗に保たれていたことが嬉しかった。
神様も喜んでいらっしゃるだろう。
「イリアス、君には明日からここで、聖女として活動してもらう。具体的に何をしてもらうかは、俺より君のほうがわかっていると思う」
「はい、大丈夫です。スパーク王国の頃のように、不安を抱えた人々の声に耳を傾けます」
「ありがとう。まぁ、実際どれだけ人が来るかわからないが、明日になってからのお楽しみだな」
そう言って、陛下は肩の力を抜く。
「さて、疲れているだろう? 今日はもうゆっくり休もう」
「それはアクトール様のほうではありませんか? ずっと気を張っていらっしゃったので」
「これくらいなんてことはないさ。それと、言いそびれたが俺のことはアクトでいいよ。近しい間柄の人間は、皆そう呼ぶんだ」
「それは……」
ジンさんやシオンさん、前国王陛下もアクトという愛称で呼んでいた。
近しい間柄……家族や幼馴染が、彼を愛称で呼ぶ意味は理解できる。
「よろしいのですか?」
「ああ、そう呼んでほしい。君とは長い付き合いになる予感がしているんだ」
「……そうですね」
不思議な気分だ。
なぜだろう?
私も彼と同じことを思っていた。
彼とは、彼らとは、長い付き合いになるような……。
「では、アクト様、改めてよろしくお願いいたします」
「ああ、こちらこそ、ようこそ俺の国へ」
差し出された右手に、私も右手を重ねる。
友好の握手を交わして、私たちは視線を合わせる。
◇◇◇
翌日。
早朝から私は、教会に立った。
やっていることはスパーク王国と同じなのに、なぜか新鮮な気分になる。
たった数日離れただけで、この位置が懐かしい。
私は斜め後ろに立っているシオンさんに声をかける。
「シオンさん、今日からよろしくお願いします」
「はい。何からあれば、私にお聞きください」
「そうします。ありがとう」
「いえ、役目ですので、それから、私のことはシオンと呼び捨てにして頂いて構いません」
「努力してみます」
聖女として振る舞うように教育された影響で、他人を呼び捨てにする感覚に慣れていない。
要望にはできるだけ応えたいけど、初めはぎこちなくなりそうだ。
それはそれとして……。
私は教会の出入り口を見る。
シーンと、閉まったままだ。
「誰も来ないですね」
「まだ早朝ですので」
確かに朝は早いけど、スパーク王国の時は朝から列ができていた。
解放される時間になると、流れるように人々が大聖堂の中に入ってきて……。
それに慣れてしまったからか。
拍子抜けしている自分がいる。
王都の規模や人口の差を考えれば、これが普通なのだろうか。
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