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「……ふぅ、やっと終わった」

 誰もいなくなったことを確認して、ようやく肩の荷が下りる。
 やりがいのある仕事だ。
 多くの人から感謝されるし、求められていることも心地いい。
 けれどその分、一人が背負うには重すぎる期待が常にのしかかっていた。
 加えて聖女は、この国で私一人だけだ。
 皆が聖女を求めて私の元を訪ねてくる。
 毎日毎日、迷える人の数は減るどころか、増え続けていた。
 人生は一度きりで、不安を抱えることは仕方がない。
 聖女の力に頼りたくなる気持ちも理解できる。
 できるのだけど……。

「鍵をなくしたとか。そういうのくらいは自分でなんとかしてほしいわね……」

 どう考えても、聖女の力に頼らなくても解決できる悩みも多い。
 国民の一部は、聖女のことを便利屋か何かと勘違いしているのではないだろうか。
 私だって一人の人間で、彼らと同じように不安や不満を抱えていることに、誰か気づいてくれないだろうか。
 私は小さくため息をこぼす。
 すると、大聖堂の扉が開く音がした。
 私は扉のほうへと視線を向ける。

「こんばんは、イリアスさん」
「マリィさん……」
「随分と疲れているみたいじゃない。聖女とあろう者が情けないわね」
「……いえ、すみません」

 彼女の名前はマリィ・ノーマン。
 ノーマン公爵家の長女であり、立場的には私の姉に当たる人だ。
 ただし血縁関係はなく、他人だけど。
 彼女はニヤリと笑みを浮かべる。

「そんなに大変そうなら辞めてしまってもいいのよ。あなたみたいな田舎娘には、聖女の地位は不釣り合いだもの」
「……」

 彼女はいつものように悪態をつく。
 そう、いつものことだった。
 彼女が私のことが嫌いなのだ。
 その理由はシンプル。
 私が彼女から……聖女の地位を奪ってしまったから。

「失礼するよ」
「――! ライゼン様、いらっしゃったのですね」
「ああ、こんばんは、イリアス」

 少し遅れて大聖堂にもう一人、今度は男性がやってくる。
 彼はライゼン・スパークロン様。
 私が聖女として活動するこの国……スパーク王国の第一王子にして、私の婚約者でもある。

「マリィもこんばんは。君も来ていたんだね?」
「はい。不甲斐ない妹が、しっかり聖女としての務めを果たしているか見守っていました」
「そうか。優しいんだね、君は」
「そんなことありません」

 二人はにこやかに会話している。
 婚約者のライゼン様が、意地悪を言われている私を助けにきてくれた?
 そんなことはまったくない。
 婚約者などというのは名ばかりで、聖女だから勝手に決められたことに過ぎない。
 そのことを、ライゼン様自身が認めていないのだ。
 
「本当なら、君が聖女に選ばれるはずだったのだけどね……どうしてこんなことになってしまったのか」
「申し訳ありません、ライゼン様……」
「君が悪い訳じゃないよ。神様も意地悪だね? それとも……イリアスの性格が、とても悪かったりするのかな?」
「……」

 彼もマリィと同じく、私のことを快く思っていない。
 理由は彼女と似ている。
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