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1.歯車のずれ

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「宮廷錬金術師アイリス・クレンベル! 貴女には現在、国王陛下暗殺未遂の嫌疑がかけられている」
「は……」

 それは突然のことだった。
 王宮の研究室に騎士の人たちが押し寄せたと思うと、彼らは強引に私の腕を掴んでそのまま連行した。
 連れてこられた王座の間では、ひどくお怒りの表情を浮かべる陛下がいて。
 隣に立っている補佐官から、身に覚えのない嫌疑の内容を言い渡されたんだ。

「本日の朝食に毒物が検出された。調べた結果、錬金術によって新たに生み出された毒物であると判明。さらなる調査の末、貴女の研究室から同様の毒物に関する研究資料を発見したのだ」
「そ、そんな! 私は何も――」

 いや、身に覚えはある。
 その毒物に関する資料は、確かに私の研究室にあって、つい最近まで研究していたポーションの一つだった。
 ただし作ってはいない。
 元々とある人物からの要望で作らされた毒物だった。
 しかし理論と製造方法を考案した時点で、これを他人の手に渡すべきじゃないと踏みとどまり、依頼主には丁重に断りを入れた。
 だからその毒物は、世に出ていない代物なんだ。
 存在すら本来知られていない。
 知っているのは私と、もう一人。
 その毒物を私に極秘で作るように依頼した人物――

「カイン……殿下?」

  ◇◇◇

 私が生まれたクレンベル家は、王国に属する貴族でも有名な錬金術師の家系だった。
 代々優れた錬金術師を多く輩出し、王宮に仕え国の発展に貢献してきた。
 その家の長女として生を受けた私にも、錬金術師の才能があった。
 恵まれた環境に、与えられた才能。
 準備された成功に向って突き進めば良い。

 ただ、私の場合は違っていた。

 私は長女でありながら、お父様の本妻の娘ではなかった。
 相手はお父様の不倫相手で、貴族ではない一般家庭の娘さんだった。
 そのことが発覚したのは、私が五歳になった時のこと。
 貴族の娘に、平民の血が半分も流れている。
 それは誇り高き貴族の一員として、大変不名誉なことだった。

 それがわかった日から、私は屋敷で冷遇されるようになった。
 私の二年後に生まれた妹ばかり贔屓され、姉である私のことは放置状態。
 建前もあり、無下に追い出すこともできないから、十歳を超えた日に私は別荘に追いやられた。
 悲しかったし、辛かった。
 どうして自分が、こんなにも酷い扱いを受けるのかと。
 そうして幼い私は思ったんだ。

 錬金術師として成果を残せば、みんなも認めてくれるかもしれない。

 幼さゆえの希望的観測だ。
 可能性としてはゼロではないけど、かなり低かったと思う。
 それでも私は必死に努力した。
 誰も教えてくれないから、独学で錬金術を学んだ。
 素材がなければ自分で取りに行ったし、道具がなければ拙い技術で自作した。
 何も与えられないなら、自分の手で作り上げるしかなかった。

 その努力が実を結び、数年後に私は宮廷付きの錬金術師となった。
 妹のナナに一年遅れての任命だったけど、私の努力が認められたようで嬉しかった。
 ただもちろん、その程度では周囲の目は変わらなかった。
 特に時間が経っていて、私はクレンベル家の落ちこぼれという認識が広まっていたから、王宮でも一人ぼっちだった。
 そんな私に、初めて声をかけてくれたのが――

「やぁ新人の錬金術師さん」
「カ、カイン殿下!?」

 カイン・ラトラス殿下。
 この国の第一王子で、次期王になるお方だ。
 常に優しく、誰に対しても平等に接する人格者で、人望も厚い方だと聞いていた。
 殿下は着任したばかりで勝手がわからず、困っていた私に声をかけてくださったんだ。

「わからないことは積極的に聞くと良い。君は宮廷錬金術師、つまり我が国の未来を担う貴重な人材なのだから。期待しているよ」

 期待。
 その言葉を向けられたのは、生まれて初めてのことだった。
 お前には何もしていない。
 生まれてこなければどれほど楽だったと思う?
 そんな悲しい言葉ばかりを浴びせられていた私にとって、殿下の一言は希望になった。
 その日以来、殿下はよく私の研究室に足を運ばれるようになった。
 特に用があるわけでもなく、空いた時間に様子を見に来てくださっていた。
 私は、自分を気にかけてくれる人がいる嬉しさに酔いしれて、この方のために尽力しようと思っていた。
 
 でも、私は気づいていなかった。
 彼の優しさは偽物で、隠された本心は邪悪そのものだということを。

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小説家になろうにて短編として5話分投稿しています。
もしよければそちらもご覧ください!
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