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14.お風呂タイム

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「というわけだから、一緒にお風呂入ろうか!」
「……は?」

 夕食の時間。
 突拍子もなくそんなことを言い出したブラムに呆れる。

「お風呂だよ! お・ふ・ろ!」
「それは聞こえているから」
「だったら決まりだね! いやー楽しみだなぁ~」
「ちょっ、勝手に決めないでよ! 私は良いなんて一言も言ってないから!」

 慌てて否定した私に、ブラドが答える。

「いやいやいや~ 前に約束したじゃないか? 忘れたのかい?」
「は? そんな約束した覚え――」

 と言いながら、思い当たることが一つあった。
 前にこいつの挑発に乗せられて賭けをしたときだ。
 私が負けたら、一緒にお風呂へ入ってもらうとかいう話をした記憶がある。

「ま、まさか賭けの話してるの?」
「その通り! あの賭けは俺の勝ちだった! 俺が勝った場合の条件は、一緒にお風呂に入ることだっただろう?」

 確かにそうだけど……

「い、嫌だ。なんで私があんたと」
「拒否権はないって! 大体さっき、主人である俺の目を潰しただろ? あれの罰も含まれているんだから」
「うっ……」

 それは申し訳ないと思っているから反論できない。

 だけど一緒にお風呂?
 お風呂って……

「あーもう! わかった! 一緒に入ればいいんでしょ!」

 悩みはしたが諦めることにした。
 どうせ首輪の影響で断っても従うしかない。
 こいつの言う通り、最初から私に拒否権はないんだ。
 それに……まぁ……別に嫌ではないという。

「じゃあ決まりだね! 親睦を深めるためにも裸の付き合いと行こうじゃないか!」
「し、親睦……」

 本当にそれだけだろうな?
 不安を感じながら夕食を終えた。
 片付けも済ませたら、一緒にお風呂場へ向かう。
 広々とした脱衣所で、隣り合って服を脱ぐ。
 特別変わった会話はなく、ブラムは淡々としている。
 私は横を確認しながらだったのに、これじゃまるで私だけが意識しているみたいだ。

「あっ、タオルで巻くのはなしだからね」
「うっ……わ、わかった」

 服を脱いだ私とブラムはお風呂場へ入った。
 湯が張られていて、そこから立ち昇る湯煙が濃く視界を塞ぐ。
 それでも近くにいる互いの身体は、結構ハッキリ見えてしまうのだけど。

「……」
「おや? 思ったより冷静だね? もっと騒ぐかと思ってたよ」
「ば、馬鹿にするなよ。こっちは風呂場で暗殺だってしたこともあるんだ。男の裸なんて見慣れてる」
「それは物騒だな~ でも見慣れてはちょっと嘘なんじゃないか?」
「な、何でだよ」
「だってほら、顔が赤いよ?」

 言われて気付く。
 風呂の熱気の所為ではなくて、私の頬は熱くなっていた。
 彼に気付かされて余計に意識してしまう。

「く、首輪の所為なんだから仕方がないだろ!」
「はっはっはっ! やはり残して正解だったね。今のほうが表情豊かでかわいいよ」
「ぅ……か、可愛いとか言うな」

 こいつは平気でそういうことを口にする。
 お陰で私の心は揺れっぱなしだ。

「さて! じゃあさっそく――」

 ブラムが話だし、私は身構える。
 こんな状況だ。
 肩たたきなんてぬるい命令はしてこないだろう。
 覚悟を……

「背中だけ流してもらおうかな?」
「えっ……背中だけ?」
「ああ。頼めるかい?」
「お、おう……」

 拍子抜けするお願いに戸惑いつつ、言われた通りに背中を流す。
 椅子に座った彼の背中は広くて、人の肌とは思えない程白く綺麗だった。
 そんな彼の肌に見入っていた私は、彼が私の顔をじっと見ていたことに気付く。

「な、何だよ」
「いや。何度も見ても、君の赤い髪は綺麗だなと思ってね」
「なっ……またそんなこと言って」
「事実だからね。何か特別な手入れでもしてるのかい?」
「手入れ?」
「ほら。シャンプーとかは良い物を選んで使ってたり」
「そんなのないよ。今までは風呂だって一週間に一度は入れればマシだったからさ。シャンプーもしたことなかったし」

 そもそも暗殺者に必要ないことだ。
 ここに来てからも適当に済ませている。
 そのことを伝えたら……

「それは良くないな! せっかく綺麗なんだから手入れはしないと!」
「え、そんなこと言われても……」
「ちょっと場所変わって。俺が髪を洗ってあげよう」
「い、いやそんな」
「いいから変わりなさい」
「……はい」

 なぞの圧に押し切られて、私は言われた通りに座る。
 さっきまでと逆の位置関係になり、ブラドがシャンプーを始まる。
 他人に自分の髪を洗われるなんて初めてで、妙に緊張する。

「これからはちゃんと毎日シャンプーするんだぞ?」
「う、うん」

 そう言いながら彼の手は動く。
 頭をマッサージされているみたいで気持ちいい。
 誰かにシャンプーしてもらうって、こんなにも気持ちいいものなんだな。

「どうだい? 気持ちいいかい?」
「……うん」
「それは良かった。小さい頃にやってもらった時の見様見真似だけど、案外覚えているものだね」
「小さい頃って?」
「五歳くらいのときかな」

 思った以上に前の話だった。

「な、なぁ、ここって私以外の使用人はいないの?」
「いないよ。見ての通り」
「いつから?」
「俺が神祖になってから」
「なってから?」
「俺だって最初から神祖だったわけじゃないんだよ。ほら、もう流すよ」

 流れる湯に目を瞑る。
 最初から神祖ではないという言葉がひっかかる。

「はい終わり」
「あ、ありがとう」
「どう? 気に入ってくれたかな?」
「ま、まぁ……悪くなかった」
「そうか。だったらついでに身体も洗ってあげようか?」
「なっ、なな……いらない!」
「遠慮しなくてもいいんだよ~」
「うるさい変態!」

 平手打ちの音は風呂場だと余計に響く。
 その後は一緒に浴槽へ入った。
 私はむすっとしたまま、ブラドは頬を押さえている。
 何となく気まずい空気か続き、少しだけ居心地が悪い。
 そんな静寂を破るように、ブラドが口を開く。

「ルビー」
「な、何だよ」
「君の疑問を解消してあげるよ」
「は? 疑問?」
「俺がどうして神祖になったのか。今日まで何があったのか」

 ブラドは切なげな表情を見せて続ける。

「知りたいのだろう?」
「……」

 私はこくりと頷いた。

「ちょうど良い。これから一緒にいるなら、知っておいてもらったほうが良いだろう」
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