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11.俺が許そう

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 ブラムに彼の血を飲まされたことで、神祖の持つ回復力が私の身体にも作用した。
 致命傷だった傷は完全に癒え、体中を蝕んでいた毒も消えている。
 薄れかけていた意識が回復し、周囲の状況も見えるようになっていた。
 この時点ですでに、最後まで生きていたセブンスのリーダーも、静かに息を引き取っている。
 ブラムは裸の私に自らが来ていたコートかけ、周囲を見渡してぼそりと言う。

「まったく盛大に汚してくれたな。まぁ大半は俺の所為だが」
「……」
「すまないが掃除を手伝ってくれ。元々は君を助けるために汚れたのだからな」
「……何で」
「ん?」
「何で助けたんだよ!」

 自分でも信じられないくらい大きな声で、私は彼に怒鳴りかかった。
 廊下に反響するほどの声には、さすがの彼も少し驚いたいる様子を見せる。

「何でだと? おかしな質問をするんだな。目の前で君が死にかけているからに決まっているだろ?」
「そうじゃない! 死にかけてたって放っておけばよかったじゃないか! 私はお前の……命を奪おうとした暗殺者だぞ」

 尻つぼみになる声。
 私の瞳は潤んでいて、ポツリポツリと涙が流れる。
 力強く涙を拭っても、新しく雫が落ちるだけだ。

「それは以前の君だろう? 今は俺のメイドだ。俺が俺のメイドを守って何が悪い」
「悪いに決まってる! 私は何百人って人を殺してきたんだ。私には守られる資格なんて……ないんだよ」

 不思議なくらい感情が湧き出てくる。
 感情を押し殺し、コントロールする鍛錬が全く活かされていない。
 そんなことも考えられないくらい、私の心はグラグラと揺れていた。

「私はここで……死ぬべきだったんだ」
「はぁ、本気でそう思うなら、さっさと奥歯の毒をつかえばいいだろう?」
「え、お前それを」
「知っていて当然だろう? 俺がこれまで、一体どれだけの暗殺者を見てきたと思っている? 奴らの最後は決まって自死だった。情報を漏らさないため、拷問を受けないために訓練していたのだろう。どうせ惨めな思いをするなら、自ら死んだほうがマシと思っていたのかもしれないな」
「……」

 その気持ちは私にもわかる。
 捕まった時、同じことを思ったから。
 でも……

「だが君は死ななかった。いや、死ねなかったのだろう?」

 そう。
 私は自死を選べなかった。
 噛みしめようとした奥歯に、力が入らなかった。

「今も同じだろう? 殺されそうになり、死を悟って涙を流していたではないか」
「ち、違う!」

 違わないとわかっているけど、私の口は否定していた。
 ブラムはそんな私の首輪を指さす。

「その首輪にはな、もう一つだけ伝えていない効果がある」
「え……」
「装備者の感情を増幅するんだよ。喜怒哀楽全て、隠そうとしても表に出てしまうほど大きくなる。君がさっき涙を流したのも、今日までの感情の起伏も、全て君が今まで押し殺していたものが表に出ていたんだ」

 彼の言葉を聞いて、一つの疑問が晴れた。
 怒ったり、戸惑ったり、照れたり、自然と感情が出ていたのは、この首輪の効果だったのか。

「流した涙も、思ったことも、君が心の奥底で抱いていた感情だ。それを隠すことは出来ない」
「……」
「別に責めているわけではない。死を恐れることは当然だ。世の中には自ら喜んで死ぬ者もいると聞くが、俺から言わせればとんだ異常者だ。普通誰でも、死は恐れるものだよ」
「……私は怖がる資格なんてない」
「またそれか」
「だってそうだろっ? 他人の命を好きなだけ奪っておいて、自分が死ぬのは怖いなんて! そんなの……そんなの我儘だ」

 我儘だ……ひどすぎる。
 首輪の影響で、心の奥底で眠っていた気持ちが、どんどん溢れ出る。

「私は……許されないことをしてきた。たくさん殺して、そのお金で生きてきた。そんな私が……普通に生きたいなんて……思っちゃダメなんだ」

 普通に生きたい。
 暗殺者としてではなく、ただの女の子として暮らしたい。
 この屋敷での生活で、そんなことを想う瞬間があった。

「普通なんて私には許されない。私はずっと……ずっと一人で……生きていけばいいのに……」

 あふれ出る涙には悲しみと困惑の感情が溶け込んでいる。

「何で……何で……私なんかを助けたんだよ。私は……」
 
 ブラムは泣き崩れる私をじっと見守っていた。
 そして、大きなため息と共に話し出す。

「はぁ……それの何が悪い」
「へっ?」
「君が普通の生活を望むことの、何が悪いと聞いているんだ」
「そ、そんなの私が」
「暗殺者だから? 多くの命を奪ってきたから? それでまた、暗殺者の続きを始めるのか? それとも捕まえてくれと身を差し出すのか? そうやって苦しみ続けた先に何がある?」

 続けてブラムは、私に顔を近づけて、真剣な表情で言う。

「いいかよく聞け! 幸福を望む権利は誰にだってあるんだ。君にだけないなんてありえない!」
「で、でも」
「確かに君の行いは褒められたことではない。世間一般で言えば罪であり、間違いだと非難されるだろう」
「……」
「だがそれは、君が生きていくために必要だったことだろう? 生きていくため、明日を掴むために、君は暗殺者を続けなければならなかった。そういうもとに生まれてしまったに過ぎない」

 幼い日の記憶が蘇ってくる。
 何もない路地で、寒さをしのごうとゴミにくるまる夜。
 親に捨てられ、友人もいない私は、いつだってギリギリで生きていた。
 ブラムはまるで、その頃の私を知っているかのように話す。

「自分を生かすために他者を犠牲にする。これでは誰もが行っていることだ。生きていくためにしてはいけないことなど、この世には存在しない。そもそも非難されるべきは、君に依頼を頼んだ奴らだ」
「え?」
「他者を殺したいと思いながら、自らの手が汚れることを嫌う。責任も、罪も、全て金と一緒に君に押し付けて、自分たちは罪悪感すらない。そういう輩を、俺は心から嫌悪する」

 ブラムは怖い表情を見せた。
 生活の中では決して見せなかった表情だ。
 本気で怒っているのだろう。

「君は言ったな? 誰も許しはしない。だから自分が普通を望むなど我儘だと」
「そう……だよ」
「ならば、その我儘は俺が許そう!」

  怖かった彼の表情が和らぎ、私に微笑みかける。

「他の誰が許さずとも、俺は君を許そう。もう散々苦しんだのだろう? 一人で悩み、悔やみ続けたのだろう? ならここからは、幸せになるべきだ」

 これも、首輪の所為なのだろうか?
 彼の言葉を聞いて、私の胸がジンと熱くなる。
 ただの言葉でしかない。
 許されるはずがないとわかっている。
 それでも……

「本当……に?」
「ああ」

 許すと言ってくれたことが、心の底から嬉しかった。
 嬉しくて、さっきまでとは違う涙がこぼれる。
 暖かくて、優しい涙を流しながら、彼は私を抱きしめてくれた。

「よく頑張ったな」

 その一言をきっかけに、全身が軽くなったように錯覚する。
 気が付けば私は、彼の胸の中で泣いていた。
 
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