襲ってきた暗殺者が可愛かったのでメイドとして雇うことにしました

日之影ソラ

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10.神祖

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 コトン、コトン、コトン。
 廊下を歩く音が響く。
 全員の視線が、暗い廊下の奥へと向けられる。
 そして、暗闇の中で光る二つの赤い瞳が、ギロっと男たちを睨む。

「お前は……ブラム・ストローク?」

 名前が聞こえて、私は目を頑張って開こうとする。
 少し遠くて、霞んでしかみえないけど、彼の姿は見えた。

「なぜここにいる? お前は王城にいるはずだろう?」
「ああ、さっきまでいたさ」

 帰りは遅くなると言っていた。
 それを見越して、セブンスたちも忍び込んできたのだろう。
 予想以上に早い帰りに驚く彼らに、ブラムは続けて言う。

「彼女が付けている首輪」
「首輪?」

 ブラムが指をさし、リーダーの男がそれをチラ見して確認する。

「それは俺の力で作った物だ。彼女に何かがあれば、すぐに俺へ伝わるように細工がしてある。嫌な予感もしていたのでな……早めに戻ってきて正解だった」

 この首輪にはそんな機能もついていたの?
 でもそれって、最初から私を守ろうとして……

 ブラムはコキコキ首を鳴らしながら近づく。

「さてお前たち、覚悟は出来ているのだろうな?」
「はっ! それはこっちのセリフだ」

 セブンスが武器をとる。

「当初の依頼はお前の暗殺なんだよ! ブラム・ストローク!」
「だろうな。大方、彼女が生きていると知って、先に殺すよう指示を受けたのだろう」
「そこまでわかってて戻ってきたのか? それも一人で? とんだ間抜けだな」
「間抜けは――」

 刹那。
 私を含む全員の視界から彼の姿が消える。

「お前たちのことを言うのだぞ」
「ぐおっ……」

 リーダーより後方、もっとも後ろにいた一人の胸を、ブラムは後ろから手で貫いていた。
 驚き振りむく彼らの前で、心臓を掴み取り取り出す。
 さらに潰し、飛び散った血が剣のような形に変化していく。

「血液操作だと? まさかお前……吸血鬼なのか!?」
「惜しいな。少し違う」
「違う? だったらお前は何なんだ!」

 リーダーの男が叫んだ。
 ブラムは哀れなものを見る目をして、ゆっくりと口を開く。

「俺は神祖。吸血鬼の王、始まりの存在、その力を持つ者だよ」
「神祖……だと?」

 今から数百年前、世界には人類以外にも多くの種族が存在していた。
 エルフ族、ドワーフ族、獣人族……
 吸血鬼もそのうちの一つだったが、時代と共に消えていき、現代では人類種のみとなっている。
 私の先祖返りも、獣人族の血をわずかに持っていて、それが容姿に影響した結果だ。

 それよりもさらに昔。
 千年……いや、万年前の世界で、最初に誕生した生命。
 それこそが神祖であり、後に眷属である吸血鬼を生み出した存在だ。
 
「ふ、ふざけるな! 神祖だと? あんなものただのおとぎ話だろう!」
「そうだな。俺自身も以前はそう思っていた。この力を手に入れてしまうまでは」
「ハッタリだ! 神祖がなんているはずがない! どうせお前も、そこで死にかけてるの一緒で、吸血鬼の先祖返りなんだろ!」
「やれやれ、信じてもらえないとは悲しいな」

 ブラムは血液を操作し、手に持っていた血の剣を枝分かれさせ、リーダー以外の五人を貫いた。

「く、くそっ!」

 咄嗟にリーダーの男が魔術を発動する。
 方陣の術式に魔力を込め、放たれたのは炎の渦。
 渦はブラムに届き、彼の身体を燃やす。

「お前が吸血鬼の先祖返りなら、炎の攻撃は弱点だろう? これで終わりだ」
「はぁ、何度も言わせるな」

 ふぅー。
 ブラムが小さく息を吹くと、炎が一瞬にして消えてしまう。

「なっ……馬鹿な」
「馬鹿はお前だ。神祖にとっての脅威となるのは日の光のみ。炎など、効くはずがない。せめて狙うなら昼間にするべきだったな。まぁもっとも、日光ですら俺は殺せないが」
「くっ……くそがあああああああああああ」

 絶叫しながらナイフを振るう。
 恐怖にかられ、暗殺者らしからぬ行動を見せた彼を、ブラムは笑う。

「ふっ、所詮はこの程度か」

 血の刃が、彼の腹部を斬り裂く。
 そのままバタリと倒れてしまうが、まだ息はある様子。
 呼吸を乱し、痛みに耐えている顔が見える。

「それは代償だ。お前も苦しんで死んで行け」
「ぐっ……」

 そう言って、ブラムが私の所に近づいてくる。
 少し時間が経ってしまって、もはや私の目はほとんど見えなくなっていた。
 状況も辛うじてしか理解できない。
 そんな私にも聞こえるように、彼は耳元でささやく。

「遅くなってすまなかった。もう大丈夫だ」
「……」
「無駄だぞ……そいつは毒も飲んでるんだ。とっくに手遅れなんだよ」
「まだしゃべる元気は残ってるのか? 頑丈さは認めてやっても良いが、頭はちとお粗末だな」
「はぁ……何だと?」
「この俺がいて、助けられないなどありえないということだ」

 ブラムの声が小さく聞こえる。
 助けるとか、手遅れとかの単語も耳に入ってきた。
 頭の血もなくなってきたのだろう。
 もう今の私は、上手く考えられなくなっていた。
 呼吸も小さくなる。
 そんな私の唇に、ブラムの唇が重なる。

「んっ!」

 血の味がする。
 キスを通して、彼の血が流れ込んでくる。
 そのお陰なのか、身体が徐々に楽になってきた。
 傷の痛みも和らぎ、毒の痺れも消えていく。
 そして――

「これでもう大丈夫だ」

 私は生き延びた。
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