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7.君はもう誰も殺せない
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「うん! 今日も美味いな」
「……」
服を着替えたブラムは、ニコニコしながら夕食を頬張っている。
数分前に爆散したとは思えない光景だ。
扉一つ開ければ、廊下にはまだ血が飛び散っていて悲惨な現場が残っているというのに……
「もうすぐ半日だが、どうだ? 殺せそうか?」
「っ、ここからだ」
「そうかそうか。まぁ精々頑張ってくれたまえ。あと夜はちゃんと寝ておくんだぞ?」
「うるさいな」
何度も殺されかけている相手の心配?
こんなの屈辱以外の何物でもない。
でも……
「くそっ」
殺せるイメージがまったく湧かない。
いろんな手段を試したけど、どれも効果はなかった。
本当に無敵なんじゃないかと思いつつある。
こうも連続で心配すると、今まで自分がどうやって暗殺者をしていたのかも、薄れてきてしまいそうだ。
「違う! 私は暗殺者だ」
首をぶんぶんと振り、自分に言い聞かせる。
何とかしてあいつを殺す方法を考えて……考えて、考えて……。
浮かばないまま時間が過ぎ、ブラムも仕事を終えて寝室に入ってしまう。
私は方法もわからないままナイフを持ち、彼の寝室に入り込んだ。
「……」
ナイフを構え、斬りかかる態勢のまま止まる。
無意味だとわかっていながら、何かしなくてはとここまで来たけど、途中で身体が言うことを聞かなくなった。
私は一体……何をしているのだろう。
「まだやるつもりか?」
気付かれていたのか。
隠れていた私は、堂々と彼の前に姿を現す。
すると彼は、私のほうへ振り向いて、悲し気な視線を向ける。
「もうわかっただろう? 君に俺は殺せない」
「……まだ一日経ってないだろ」
「時間の問題ではない。今の君では、どんな手段を用いたとしても俺には届かない。それどろか、もう誰も殺せない」
「っ……どういう意味だよ」
「言葉通りだ。君はもう誰も殺せない。俺以外であろうと、誰一人として殺せない」
彼の言葉に私は苛立ちを感じる。
自分が死なないことを良いことに、言いたい放題言われていると思って不機嫌になる。
それでも彼を殺せていない事実があるから、私にできることは負け惜しみを言うくらいだ。
「ふんっ、お前が例外なだけだろ」
「……」
そう言うと、彼は私をじーっと見つめて黙り込んだ。
何か嫌味とか、煽りの言葉を言われると身構えていたのに、何も帰って来ない。
ただ悲しそうに、私のことを見つめている。
「何だよその目は」
「……どうやら、本当にまだ気づいていないようだな」
「は?」
「ふぅ、仕方ない。俺は優しいから教えてやろう」
彼はもったいぶるように間を空け、ゆっくりと右腕を上げる。
人差し指で私を指しながら言う。
「今の君には、これっぽっちも殺意がこもっていないよ」
「なっ……」
何を言っているんだこいつ……
「どんな手段を用いようとも、本気で殺す気がない時点で無駄なことだ。それでも誰も、赤子すら殺せない」
「ふ、ふざけるな! そんなはずないだろ? 私はお前を殺すつもりだった! 今までだって、普通なら殺せる方法を試したんだぞ!」
あれだけやって殺す気がなかった?
そんなわけないだろ!
「いいや、殺す気はなかった。そもそも君は最初から、俺が死なないことを知っている。何をやっても死なないから、安心して殺しに来れる。動物がじゃれ合うのと同じだ」
「お、同じなもんか!」
「同じさ。君は本気で殺そうとはしていない。むしろ逆に、俺が本当に殺せないかを確かめていたに過ぎない。そして死なないと確信が持てて、今の君は安堵しているのではないか?」
「安……堵?」
ブラムの言葉に、私の心は大きく揺さぶられる。
「毒を盛る、首を絞める、爆殺する……どの殺害方法を試した後も、君は悔しがってなどいない。表情はホッとしていたよ」
私は自分の頬に手を当てる。
ホッとしていた?
暗殺に失敗した私は、無意識にそんな顔をしていたのか?
「一人を殺そうとするだけで一喜一憂する。そんな君が、暗殺者に向いているとは思えないよ」
「違う……私は暗殺者の赤猫だ! 何十人、何百人と殺して、身も心も血の染まった人殺しだ! それで今さら……誰かを殺すのに尻込むわけないだろ」
命乞いをされても、殺した。
対価を差し出されても、殺した。
男であろうと、女だあろうと、子供であろうと、老人であろうと。
依頼があれば殺す。
それをずっと繰り返してきたんだ。
今さら何を考える必要がある。
そんなことを考える資格なんて、もうとっくに失っているのに。
「私は必ずお前を殺す!」
「……そうか」
彼は残念そうに目を伏せる。
「ならば好きなように試すと良い。君の気が済むまで、俺は何度でも殺されよう」
「馬鹿に……するな」
私は暗殺者だ。
そう言い聞かせている自分が、偽物のように感じてしまう。
今の私には、暗殺者として活動していた自分が、遠い過去の存在に思える。
駄目だとわかっているのに、罪が薄れていく感覚に、私はずっと苦しむのだろう。
「……」
服を着替えたブラムは、ニコニコしながら夕食を頬張っている。
数分前に爆散したとは思えない光景だ。
扉一つ開ければ、廊下にはまだ血が飛び散っていて悲惨な現場が残っているというのに……
「もうすぐ半日だが、どうだ? 殺せそうか?」
「っ、ここからだ」
「そうかそうか。まぁ精々頑張ってくれたまえ。あと夜はちゃんと寝ておくんだぞ?」
「うるさいな」
何度も殺されかけている相手の心配?
こんなの屈辱以外の何物でもない。
でも……
「くそっ」
殺せるイメージがまったく湧かない。
いろんな手段を試したけど、どれも効果はなかった。
本当に無敵なんじゃないかと思いつつある。
こうも連続で心配すると、今まで自分がどうやって暗殺者をしていたのかも、薄れてきてしまいそうだ。
「違う! 私は暗殺者だ」
首をぶんぶんと振り、自分に言い聞かせる。
何とかしてあいつを殺す方法を考えて……考えて、考えて……。
浮かばないまま時間が過ぎ、ブラムも仕事を終えて寝室に入ってしまう。
私は方法もわからないままナイフを持ち、彼の寝室に入り込んだ。
「……」
ナイフを構え、斬りかかる態勢のまま止まる。
無意味だとわかっていながら、何かしなくてはとここまで来たけど、途中で身体が言うことを聞かなくなった。
私は一体……何をしているのだろう。
「まだやるつもりか?」
気付かれていたのか。
隠れていた私は、堂々と彼の前に姿を現す。
すると彼は、私のほうへ振り向いて、悲し気な視線を向ける。
「もうわかっただろう? 君に俺は殺せない」
「……まだ一日経ってないだろ」
「時間の問題ではない。今の君では、どんな手段を用いたとしても俺には届かない。それどろか、もう誰も殺せない」
「っ……どういう意味だよ」
「言葉通りだ。君はもう誰も殺せない。俺以外であろうと、誰一人として殺せない」
彼の言葉に私は苛立ちを感じる。
自分が死なないことを良いことに、言いたい放題言われていると思って不機嫌になる。
それでも彼を殺せていない事実があるから、私にできることは負け惜しみを言うくらいだ。
「ふんっ、お前が例外なだけだろ」
「……」
そう言うと、彼は私をじーっと見つめて黙り込んだ。
何か嫌味とか、煽りの言葉を言われると身構えていたのに、何も帰って来ない。
ただ悲しそうに、私のことを見つめている。
「何だよその目は」
「……どうやら、本当にまだ気づいていないようだな」
「は?」
「ふぅ、仕方ない。俺は優しいから教えてやろう」
彼はもったいぶるように間を空け、ゆっくりと右腕を上げる。
人差し指で私を指しながら言う。
「今の君には、これっぽっちも殺意がこもっていないよ」
「なっ……」
何を言っているんだこいつ……
「どんな手段を用いようとも、本気で殺す気がない時点で無駄なことだ。それでも誰も、赤子すら殺せない」
「ふ、ふざけるな! そんなはずないだろ? 私はお前を殺すつもりだった! 今までだって、普通なら殺せる方法を試したんだぞ!」
あれだけやって殺す気がなかった?
そんなわけないだろ!
「いいや、殺す気はなかった。そもそも君は最初から、俺が死なないことを知っている。何をやっても死なないから、安心して殺しに来れる。動物がじゃれ合うのと同じだ」
「お、同じなもんか!」
「同じさ。君は本気で殺そうとはしていない。むしろ逆に、俺が本当に殺せないかを確かめていたに過ぎない。そして死なないと確信が持てて、今の君は安堵しているのではないか?」
「安……堵?」
ブラムの言葉に、私の心は大きく揺さぶられる。
「毒を盛る、首を絞める、爆殺する……どの殺害方法を試した後も、君は悔しがってなどいない。表情はホッとしていたよ」
私は自分の頬に手を当てる。
ホッとしていた?
暗殺に失敗した私は、無意識にそんな顔をしていたのか?
「一人を殺そうとするだけで一喜一憂する。そんな君が、暗殺者に向いているとは思えないよ」
「違う……私は暗殺者の赤猫だ! 何十人、何百人と殺して、身も心も血の染まった人殺しだ! それで今さら……誰かを殺すのに尻込むわけないだろ」
命乞いをされても、殺した。
対価を差し出されても、殺した。
男であろうと、女だあろうと、子供であろうと、老人であろうと。
依頼があれば殺す。
それをずっと繰り返してきたんだ。
今さら何を考える必要がある。
そんなことを考える資格なんて、もうとっくに失っているのに。
「私は必ずお前を殺す!」
「……そうか」
彼は残念そうに目を伏せる。
「ならば好きなように試すと良い。君の気が済むまで、俺は何度でも殺されよう」
「馬鹿に……するな」
私は暗殺者だ。
そう言い聞かせている自分が、偽物のように感じてしまう。
今の私には、暗殺者として活動していた自分が、遠い過去の存在に思える。
駄目だとわかっているのに、罪が薄れていく感覚に、私はずっと苦しむのだろう。
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