上 下
24 / 44

10-2

しおりを挟む
「……はぁ」

 私は盛大にため息をこぼす。
 今日中に終わるかも、なんて考えは甘かった。
 二時間かけてようやく玄関と部屋二つの掃除が終わる。
 おそらく全体の二割も終わっていない。

「広すぎでしょ……」

 貴族の屋敷をなめていた。
 この別荘、田舎の小学校くらいの広さがある。
 一人で掃除するなんて何日かかるか。
 やっぱり他人の手を借りて……。

「ううん! 自分でやるって決めたんだから!」

 ここは私のお店で、私が住む場所でもある。
 自分の場所くらい自分の手で掃除して綺麗にしたい。
 そう思って始めたのだから、今さら怖気づくわけにはいかない。
 私はパンと頬を軽く叩き、気合を入れなおす。

 それから数時間。
 西の空に夕日が沈むまで、私はせっせと掃除をした。
 
「はぁ……さすがに疲れたぁ」

 大きく深呼吸をする。
 最終的に掃除が終わったのは、玄関と四部屋だけだった。
 それも床や窓の掃除が終わっただけで、部屋の中にあった小物や布団とか、カーテンなんかの掃除は終わっていない。
 布系の製品は一度洗わないといけないだろう。
 それはまた今度、一旦は全部の部屋の床と壁、窓を掃除して回る。
 細かい部分は後回しだ。
 そうしないと、グレン様も困ってしまう。

「あ、鍛冶場の場所決めてない」

 掃除に集中しすぎて忘れていた。
 この屋敷のどこかに、鍛冶場を新しく作ることになっている。
 それは私の力じゃできないから、グレン様にお願いすることになっていた。
 グレン様からどこに作るか決めておいてほしい、と言われていたのにすっかり忘れていた。

「ど、どうしよう……」

 今から場所を考える?
 グレン様は夕方に顔を見せると思っていた。
 あと何分猶予があるだろう。
 さっそく動き出す。
 
 と、そのタイミングで玄関の扉が開いた。

「ソフィア、掃除は進んでいるか?」

 タイムアップ。
 時間切れはすぐに訪れた。
 グレン様は玄関を見回し、感心しながら言う。

「玄関は中々綺麗になっているじゃないか。よく一人でここまで……ん? どうかしたか?」
「す、すみません! 掃除に夢中で、鍛冶場の場所……考えてませんでした」
「ああ、そんなことか。急ぎじゃないから気にしなくていい。業者はすぐ手配できる。お前のペースに任せるよ」
「あ、ありがとうございます」

 グレン様が優しい人で助かった。
 そう言ってくれているけど、明日には目星をつけておこう。
 待たせるのも申し訳ない。
 それに、鍛冶場は私も一番拘りたい場所だから。

「鍛冶場以外も、店舗の見た目に改造はする。要望があればまとめておいてくれ」
「はい!」

 店舗開店まではまだかかりそうだ。
 でも、今からワクワクする。
 どんなお店になるのか。
 想像するだけでも楽しい。
 
「ところで、掃除は一人で終わりそうか?」
「――が、頑張ります」
「無理はするなよ? 意地を張るのと努力は別物だ。頼れるときは頼る。厚意に素直に甘えることは、悪いことじゃないぞ」
「……はい」

 この人は本当に、魔王なんて似合わないセリフを言う。

「で、どうする?」
「明日から、お手伝いをお願いできれば嬉しいです」
「わかった。手の空いている者に声をかけよう」
「ありがとうございます」

 他人の厚意に甘える。
 それが許される環境にいることを、改めて感じる。
 
「お前はもっと素直に甘えることを覚えるべきだな」
「……そう、かもしれませんね」
「かもじゃない。もっと甘えろ。甘えた分、ちゃんと返せばいいだけだ」
「そうですね。そうします」

 中々これが難しい。
 私にできることは、鍛冶だけだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拝啓、私を追い出した皆様 いかがお過ごしですか?私はとても幸せです。

香木あかり
恋愛
拝啓、懐かしのお父様、お母様、妹のアニー 私を追い出してから、一年が経ちましたね。いかがお過ごしでしょうか。私は元気です。 治癒の能力を持つローザは、家業に全く役に立たないという理由で家族に疎まれていた。妹アニーの占いで、ローザを追い出せば家業が上手くいくという結果が出たため、家族に家から追い出されてしまう。 隣国で暮らし始めたローザは、実家の商売敵であるフランツの病気を治癒し、それがきっかけで結婚する。フランツに溺愛されながら幸せに暮らすローザは、実家にある手紙を送るのだった。 ※複数サイトにて掲載中です

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました

四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。 だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

「もう遅い!」・・・と言う気はありませんが、皆様、何がいけなかったのかちゃんと理解してますか?でないとまた同じ結果になってしまいますよ?

***あかしえ
恋愛
持って生まれた異能のせいで聖女と呼ばれ、王太子殿下の婚約者となっていましたが、 真の聖女は妹だったとか、その妹を虐めていたとか、 不特定多数の男性といかがわしい関係だったとか・・・事実無根な叱責を受け、 婚約破棄の末に国外追放されたのも昔のことです。 今はもう、私は愛しのマイダーリンを見つけて幸せになっていますから! 今更ではありますが・・・きちんと自らの罪を受け入れて、 あの時どうするべきだったのか、これからどうするべきなのかを分かっているのであれば、 皆さんをお助けするのは吝かではありませんよ?

聖女の代役の私がなぜか追放宣言されました。今まで全部私に仕事を任せていたけど大丈夫なんですか?

水垣するめ
恋愛
伯爵家のオリヴィア・エバンスは『聖女』の代理をしてきた。 理由は本物の聖女であるセレナ・デブリーズ公爵令嬢が聖女の仕事を面倒臭がったためだ。 本物と言っても、家の権力をたてにして無理やり押し通した聖女だが。 無理やりセレナが押し込まれる前は、本来ならオリヴィアが聖女に選ばれるはずだった。 そういうこともあって、オリヴィアが聖女の代理として選ばれた。 セレナは最初は公務などにはきちんと出ていたが、次第に私に全て任せるようになった。 幸い、オリヴィアとセレナはそこそこ似ていたので、聖女のベールを被ってしまえば顔はあまり確認できず、バレる心配は無かった。 こうしてセレナは名誉と富だけを取り、オリヴィアには働かさせて自分は毎晩パーティーへ出席していた。 そして、ある日突然セレナからこう言われた。 「あー、あんた、もうクビにするから」 「え?」 「それと教会から追放するわ。理由はもう分かってるでしょ?」 「いえ、全くわかりませんけど……」 「私に成り代わって聖女になろうとしたでしょ?」 「いえ、してないんですけど……」 「馬鹿ねぇ。理由なんてどうでもいいのよ。私がそういう気分だからそうするのよ。私の偽物で伯爵家のあんたは大人しく聞いとけばいいの」 「……わかりました」 オリヴィアは一礼して部屋を出ようとする。 その時後ろから馬鹿にしたような笑い声が聞こえた。 「あはは! 本当に無様ね! ここまで頑張って成果も何もかも奪われるなんて! けど伯爵家のあんたは何の仕返しも出来ないのよ!」 セレナがオリヴィアを馬鹿にしている。 しかしオリヴィアは特に気にすることなく部屋出た。 (馬鹿ね、今まで聖女の仕事をしていたのは私なのよ? 後悔するのはどちらなんでしょうね?)

その聖女、娼婦につき ~何もかもが遅すぎた~

ノ木瀬 優
恋愛
 卒業パーティーにて、ライル王太子は、レイチェルに婚約破棄を突き付ける。それを受けたレイチェルは……。 「――あー、はい。もう、そういうのいいです。もうどうしようもないので」  あっけらかんとそう言い放った。実は、この国の聖女システムには、ある秘密が隠されていたのだ。  思い付きで書いてみました。全2話、本日中に完結予定です。  設定ガバガバなところもありますが、気楽に楽しんで頂けたら幸いです。    R15は保険ですので、安心してお楽しみ下さい。

婚約破棄されたので実家へ帰って編み物をしていたのですが……まさかの事件が起こりまして!? ~人生は大きく変わりました~

四季
恋愛
私ニーナは、婚約破棄されたので実家へ帰って編み物をしていたのですが……ある日のこと、まさかの事件が起こりまして!?

処理中です...