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「そんで、モンドの奴は元気にやってんのか?」
「あ、えっと……祖父は亡くなりました。だいぶ前に、病気で」
「――! そうか。悪いこと聞いちまったな」
「いえ」

 微妙な空気が流れる。
 私の祖父は寡黙な人で、自分のことをあまり語らない。
 交友関係もよくわからなかった。
 鍛冶師になってからのことも、誰に教わったのかも。
 ただ一つ、鍛冶に人生をかけていたことだけは、その手つきから、背中から感じ取れた。

「まっ、しゃーないな。剣と違って人間は打ち直しがきかねーし、病気じゃあいつの頑固さも敵わねーだろうよ」
「お爺ちゃん、昔から頑固だったんですね」
「おうよ。若い頃は師匠のところで毎日喧嘩してたぜ」
「毎日ですか」

 なんとなく想像できるのが面白い。
 きっと喧嘩の内容も、鍛冶についてのことばかりだったのだろう。

「死んじまったのは残念だが、あいつも本望だろうよ。こんだけ腕のいい鍛冶師を育てられたんならな」
「そう、でしょうか」
「おう。ワシは弟子もいないしな。羨ましい限りだぜ。で、ここに来たってことはあれか? ソフィアちゃんも宮廷で働くのか? 歓迎するぜ!」
「あーえっと……そういうわけじゃないんです」
「ん? 違うのか?」

 私は誤魔化すように笑う。
 祖父の友人がいる職場なら、リヒト王国の宮廷よりずっと居心地がよさそうだ。
 ここで働くという選択肢も悪くないかもしれない。
 けれど、私はやっぱり、自分のお店を持ちたいと思った。

「俺もそうあってくれると嬉しかったんだがな」
「陛下?」
「彼女は自分の店を持ちたいそうだ」
「――! そうなのか?」
「はい」

 驚いた顔をするドンダさんに、私は小さく頷いて答えた。
 数秒の沈黙を挟み、ドンダさんが笑う。

「かっははは! そういうところもモンドの奴そっくりだな!」
「え? お爺ちゃん?」
「おうよ。若い頃、ワシとあいつは一緒に宮廷に誘われたんだよ」
「そうだったんですか!」

 お爺ちゃんも宮廷鍛冶師をしていた?
 そんな話は一言も聞いていない。
 驚く私に、ドンダさんは続けて語る。

「けどあいつ断ったんだよ。なんでだって聞いたら、俺は自分の店を作る。自分の手で、自分だけの城を作ってやるって言ってやがった」
「自分だけの城……」

 鍛冶場を自分の城と表現するのは新しい。
 でも、間違いじゃない。
 鍛冶場は鍛冶師にとっての聖域で、誰にも侵されることのない絶対の領域。
 天涯孤独でどこにも居場所がなかった私にとっても、宮廷の鍛冶場が唯一の安らげる場所だったように。
 
「そっからは別々だ。ワシは宮廷で鍛冶師を続け、あいつは旅に出た。連絡もよこさねーから、何やってるか知りもしねー……けど、充実してたんだろうぜ」

 そう言いながら、ドンダさんは優しい表情で私を見つめる。

「孫まで作りやがってよ。ったく、どんな女だろうな。あの頑固者を惚れさせる奴は」
「私も知りたいです。お祖母ちゃんは、私が生まれるより前に亡くなっているので」
「そうか」

 お爺ちゃんは自分のことを語らない。
 私が質問すると、面倒くさそうに答えてくれる。
 一度だけ、お祖母ちゃんのことを聞いた。
 悲しそうな表情で、熱した鉄を見つめながら、お爺ちゃんは一言呟いた。

「俺が認めた女だ。そう言っていました」
「ふっ、格好つけやがってよ」

 ドンダさんは呆れたように笑う。

「あいつの昔のこと、知りたくなったらいつでも聞いてくれ。ワシはあいつと違っておしゃべりなほうだからな」
「はい! ありがとうございます」

 思わぬ出会いを果たして、私はグレン様と一緒に鍛冶場を後にする。
 鍛冶場を出てすぐ、グレン様が私に尋ねる。

「よかったのか? まだ話したりないだろう?」
「はい」

 本当はもう少し話していたかった。

「でも、お仕事の邪魔をしちゃ悪いですから」
「真面目な奴だな」

 グレン様も呆れたように笑い、続けて言う。

「ドンダがあんな風に笑うところは中々珍しい。よほど嬉しかったのだろう」
「そうなんですか?」
「また、時間を見つけて話をしに行ってやってくれ。あいつは働きすぎだ。偶には息抜きをさせてやってほしい」
「はい。私も、たくさん話したいことがありますから」

 仕事一筋、鍛冶のことになると凄まじい集中力を発揮する。
 おしゃべりと言っていたけど、鍛冶をしている時は一言も声を発しない。
 その背中を思い返す。
 確かに、祖父の姿と重なって見える。

「俺が選んだ女、か」
「グレン様?」

 グレン様はぼそりと、私の祖父のセリフを口にした。
 彼は優しい横顔で呟く。

「もし叶うなら聞いてみたいものだな。何が決め手だったのか」

 お爺ちゃんがお祖母ちゃんを妻に選んだ理由。
 今まで気にしたことはなかったけど、私も知りたい気持ちが芽生えてくる。
 会えなくなってしまった今だからこそ、知りたい。
 お爺ちゃんが歩んだ道のりを。
 その道の先で、私という命は生まれたのだから。
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