上 下
8 / 50

8.深まる溝

しおりを挟む
 突然だった。
 私も、お父様も、誰一人予想していなかった。
 ユーレアスの時とは違うお別れ。
 また会おうが言えなくて、永遠にさようならを言わなくちゃいけなかったのに……

 翌日。
 葬儀は国を挙げて盛大に執り行われた。
 担当医の話によれば、お母様の体力は徐々に落ちていたらしい。
 一日経過するたびに体重は減り、やせ細っていく身体。
 それでも何とか生き長らえてきたのは、私の力があったからこそ。
 だけど、それも限界に来ていた。
 お母様は平然と接していたけど、相当な無理をしたいたのだと思う。

「お母様……うぅ……」
「泣くなユイノア。皆の前だ」
「う……はい」

 お父様の厳しい言葉が胸に刺さる。
 何より悲しいのは、そう言っているお父様の瞳も、いっぱいの涙で潤んでいたこと。
 辛くないはずがないんだ。
 私よりも、お父様のほうがずっとつらい。
 だって、二人はずっと一緒に生きてきたのだから。
 私が生まれるより前から、二人で支え合って生きてきたんだ。
 お父様にとって、そんなお母様の死は、片翼を失ったような気分だっただろう。
 
 そして、十歳の私には到底受け入れられない事実だった。
 数日前までの楽しい時間が嘘のようだ。
 再び熱をもった冒険への憧れが、一瞬にして消えてしまうほどの喪失感に苛まれる。
 その日から一週間、私は聖女の仕事を休んだ。
 自分の部屋から一歩も出ずに引き籠り、誰とも接することなく一日が終わる。
 そうでもしないと、涙が止まらないから。
 でも、そんな風に出来るのは、子供の私だけだった。

「陛下、次の会議の資料です」
「後で目を通す」

 国王であるお父様は、お母様の死を悲しんでいる暇もない。
 私の部屋を通り過ぎるときも、仕事の話をしているばかりだった。
 本当はお父様だって、私と同じように落ち着く時間がほしいはずなのに。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 お母様が亡くなってから三週間が経過した。
 私も少しずつ気力を取り戻し、聖女の役割を全うしている。
 お父様は相変わらず忙しそうで、話をする時間もめっきり減ってしまった。
 私ばかりが休んでいるわけにもいかない。
 頑張っているお父様に迷惑をかけないように、私は自分の出来ることを頑張ろうと思っていた。

「陛下! 今一度軍事強化についてお考えを」
「またその話か。何度も言っているだろう? 国民から兵を募るなど」
「ならば亜人種を集めれば良い! 元々彼らはこの国の住人ではない」
「ふざけたことを抜かすな! 彼らも立派な我が国の民だ。そのような差別は断じて許さん」
 
 ある日の会議に私も参加した。
 お父様は貴族たちと意見が割れ、あまり空気がよくない。
 軍事強化についての話は、以前から何度も聞いている。
 最近になって強くなっているのは、西の情勢がさらに悪化したからだ。
 ユーレアスが去って以降、三つの国が滅ぼされている。
 その情報を知ってから、貴族たちは何度もお父様に訴えかけてきた。

 彼らの意見も間違いではない。
 国を守るためには、戦うための力も必要だと思う。
 だけど、彼らの胸の内にあるのは、国を守りたいという愛国心ではない。
 自分たちが生き残り、権力を増やしたいという欲。
 子供の私にですら、彼らの欲が見えている。
 お父様にはもっと明確に映っていたに違いない。

「なぜわかっていただけないのです!」
「我々はこの国を想って――」

 綺麗事ばかり口にする貴族たちに、お父様は苛立っていた。
 彼らの言葉には誠実さがない。
 嘘ばかりついて、お父様を困らせている。
 何人かの貴族は……

「もうついて行けません」

 などと言い残し、王城を去っていった。
 本当に自分勝手で、国のことなんて考えてもいない。
 丁度その辺りからだったと思う。
 街でとある噂が流れ始めたのは……

「おい聞いたかよ」
「ああ、魔王軍の話だろ? 本当だったらやばいぞ」
「この国の亜人種も関わってるなら、国王様も……」
「滅多なこというなよ」

 侵略を続ける魔王軍。
 その構成メンバーには、亜人種も含まれている。
 発端はその情報で、噂には尾ひれがつく。
 どこでどう変化したのかわからない。

 リチャード国王は魔王軍と繋がっている。
 この国の亜人種たちは、魔王軍の一員で、いずれ人間を滅ぼす。

 そんな根も葉もない噂が、街中を支配していた。
 噂が広まるのは本当に早い。
 加えて、人間と亜人種では解釈の仕方も異なる。

「陛下が魔王軍と? 亜人種を追い出せ!」
「我々は関係ないぞ! 魔王軍へ協力なんてまっぴらだ!」

 共存していた彼らは、一瞬にして反発し合う。
 街では小さな小競り合いから、大きな暴動まで起こるようになった。
 それらの出来事は、お父様の心をすり減らしていく。

「暴動を鎮圧せよ。抵抗するなら容赦はいらない!」

 反国精神が見える者には容赦なく制裁を下す。
 従わない貴族たちも、王城から追い出す様になっていた。
 日に日にお父様の表情が険しくなって、私は背筋がぞっとするほど怖くなる。

「お父様、少し休まれた方が」
「休んでどうなる? 奴らは勝手な噂を広めるだけだぞ」
「で、でも……やり過ぎではありませんか?」
「何? 私が間違っているとでも?」
「そ、そんなことは……でもお母様なら――」

 後で気付く。
 その単語は、お父様にとっては禁句になっていた。
 ビクリと反応したお父様は、鬼のような表情で私に怒鳴る。

「あいつはもういない! 余計な口を挟むな!」

 もはや別人になっていた。
 優しくて格好良かったお父様は、もういない。
 お父様の笑顔を、私は思い出せなくなっていた。

 しばらくして、聖女である私にも疑いが向く。
 本当の聖女ではなく、魔王軍の手先なのではないのかと。
 理解不能な噂ですら簡単に広まってしまい、国民は信じてしまいそうだった。
 
「聖女を出せ!」
「偽物に制裁を! この国に自由を!」

 国民たちは怒り狂い、私は王城の外へ出られなくなる。
 お父様と話すのも怖くなって、私は一人で書斎に閉じこもるようになっていた。
 悲しい気持ちをなくしたくて、大好きだった本を読む。
 そんな日々が続く中、ユーレアスのことを思い出す。

「……会いたい」

 もう一度会いたい。
 彼がいれば、この国だって元通りになるかもしれない。
 世界すら救った人なら、という期待が膨らむ。
 いつかきっと、彼がこの国に戻るまで、私は耐え忍ぶしかないんだと。

 だけど――

 裂け広がった亀裂は、もう取り返しのつかない深さになっていた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

追放された公爵令嬢はモフモフ精霊と契約し、山でスローライフを満喫しようとするが、追放の真相を知り復讐を開始する

もぐすけ
恋愛
リッチモンド公爵家で発生した火災により、当主夫妻が焼死した。家督の第一継承者である長女のグレースは、失意のなか、リチャードという調査官にはめられ、火事の原因を作り出したことにされてしまった。その結果、家督を叔母に奪われ、王子との婚約も破棄され、山に追放になってしまう。 だが、山に行く前に教会で16歳の精霊儀式を行ったところ、最強の妖精がグレースに降下し、グレースの運命は上向いて行く

私は王子の婚約者にはなりたくありません。

黒蜜きな粉
恋愛
公爵令嬢との婚約を破棄し、異世界からやってきた聖女と結ばれた王子。 愛を誓い合い仲睦まじく過ごす二人。しかし、そのままハッピーエンドとはならなかった。 いつからか二人はすれ違い、愛はすっかり冷めてしまった。 そんな中、主人公のメリッサは留学先の学校の長期休暇で帰国。 父と共に招かれた夜会に顔を出すと、そこでなぜか王子に見染められてしまった。 しかも、公衆の面前で王子にキスをされ逃げられない状況になってしまう。 なんとしてもメリッサを新たな婚約者にしたい王子。 さっさと留学先に戻りたいメリッサ。 そこへ聖女があらわれて――   婚約破棄のその後に起きる物語

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

召喚から外れたら、もふもふになりました?

みん
恋愛
私の名前は望月杏子。家が隣だと言う事で幼馴染みの梶原陽真とは腐れ縁で、高校も同じ。しかも、モテる。そんな陽真と仲が良い?と言うだけで目をつけられた私。 今日も女子達に嫌味を言われながら一緒に帰る事に。 すると、帰り道の途中で、私達の足下が光り出し、慌てる陽真に名前を呼ばれたが、間に居た子に突き飛ばされて─。 気が付いたら、1人、どこかの森の中に居た。しかも──もふもふになっていた!? 他視点による話もあります。 ❋今作品も、ゆるふわ設定となっております。独自の設定もあります。 メンタルも豆腐並みなので、軽い気持ちで読んで下さい❋

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)

深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。 そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。 この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。 聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。 ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。

処理中です...