魔女と首飾り 〜戦場の女神と戦野の死神の征路に咲く白百合、あるいは平凡な少女達の恋情と憂鬱〜

若宮 澪

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第1話 千年の都

総統

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 ─ある日、王女さまは外に出ました。そこにあったのは、深い深い、とっても深い世界。飛び込んだ王女さまは、その世界の神様から頂き物を授かりました。
 ─家に帰った王女さまは、国王にその頂き物を見せました。すると、その頂き物に恐れを抱いた国王は、王女さまを殺してしまったのです。
 ─その死体はばらばらに切り刻まれて、世界の四方八方にばら撒かれました。
 ─王女さまの妹は、国王に言いました。
 ─「そうです、それが正しい行いなのです」と。

◇◇◇

 リラを家まで連れ帰ったあと、突然ミヒャエラ大将から呼ばれた。あのバカときたら、なにやら吐きそうな顔をしていたが、そんな琴葉お構いなしに置いていくことにした。
 冷静に考えてみれば、酒場で「唇が良い」はないだろ、普通。酒に酔っていたとはいえ、ぜひとも反省していただきたい。

 ということで、私一人で今日二回目の親衛隊本部ビルに向かうことになった。ミヒャエラ大将からは「重要なお呼び出しを受けた」とのことだったが、さて誰からの呼び出しか。
 ミヒャエラ大将よりも上の立場にいるのは、総軍府長官のアドラー上級大将か、あるいは直接的な上下関係にはないが総督府長官のミュンヒハウゼン上級大将しかいない。流石にミュンヒハウゼン上級大将からの呼び出しはないだろうから、アドラー上級大将からか。

 そんな事を考えながら、親衛隊本部ビルの仲にある、ミヒャエラ大将の執務室でノック。向こうもさっさと応答してくれた。

 「アリサ、待っていたよ」
 「お呼び出しとのことでしたが、一体誰からでしょうか?」
 「……、付いてきてくれるか?」

 私よりも小柄なミヒャエラ大将が席から降りて、私の前に立つ。傍から見れば幼女にしか見えないが、すくなくとも目の前で言ったら命はないだろうな。

 「仰せのままに、ミヒャエラ大将」
 「そう畏まるな、いつもどおり砕けた感じで構わない」

 そういいつつも、足早に私を先導していく。どうやら、あまり気が向かない相手らしい。
 だが、確かアドラー上級大将とミヒャエル大将の仲は良好だったはず。気が付かないわけでもないだろうに、なぜ?

 「……、あれ、大将閣下?」
 「どうかしたか?」
 「こちらの方向は……」

 親衛隊の本部ビルから出る。いや、正確には本部の敷地から出る。
 渡り廊下を歩いた先、そこにあるのは─総統府だ。

 「……、まさか」
 「お呼びになられたのは総統閣下だ」
 「なぜです?」
 「私も知らんよ、そんなことは。だが、くれぐれも失礼のないように、な」

 やたら長い廊下の先に、その扉はある。
 謁見の間、つまりは総統閣下と顔を合わせる広間。余程のことがなければ入ることはできない、ましてや将官でさえない私が、なぜ?

 「私はここまでだ、あとは……」
 「ここからは私が引き継ぎます」

 扉の前に立っていたのは、シュトックハウゼン少将─保安局長官だった。こちらを蒼い目で見ながら、敬礼してくる。
 あわてて敬礼を返す。

 「暁月アリサ少佐です」
 「シュトックハウゼン少将です。扉の先で総統がお待ちになっています、どうぞこちらへ」

 扉を開けるシュトックハウゼン少将。
 荘厳な雰囲気を醸し出す広間、その先に総統閣下がいる。千年帝国の最高統治者にして、あらゆる魔女たちの「母」─ビッグシスター。

 「ご尊顔拝し奉ります。暁月アリサ少佐、総統閣下のお心に応えて参上仕うまつります」
 「固くならずともよい、楽にせよ」

 綺羅びやかに飾られた椅子から降り、総統閣下が私の方へと近づいてくる。

 「アリサ、君の活躍は聞いている」

 一歩、一歩。
 歩く音さえどこか音楽的だ。典雅な挙措で、立ち居振る舞いで、私の方へと近づいてくる。

 「この度の作戦、ご苦労だった」

 軽やかなようで重々しい、独特な歩調で私の方へと歩み寄る。傍から聞けば男か女かさえ分からないような、文字通り「総統閣下」の声で、私へと語りかけてくる。

 「顔をあげよ、アリサ」
 「……、お言葉に甘えて」

 私の直ぐ側まで来ていた総統閣下の顔が、視界に入り込んでくる。

 短く切られた金髪。
 穏やかそうなのにどこか射抜くような、冷徹な碧い目。
 そして、全体的に活動的な雰囲気を感じる、小柄ながらも均整の取れた体つき。

 「そなたの活躍がなければ、我々はまた、大きな敗戦を味わうことになっただろう。帝国臣民全員を代表して、礼を言う」
 「滅相もございません」

 どこか他人事のように、私はそう言った。
 総統閣下が目の前にいる、それ自体がどこか非現実的なフィクションを思わせる。

 別に敬語を使おうとしなくても、勝手に敬語が口から出てくる。
 畏まらないようにしようとしても、勝手に身体がかしこまってしまう。

 目の前にいるのが、総統閣下だからだ。

 「私は、そなたに頼みたいことがあってここに呼びつけた。聞いてくれるか?」
 「……、喜んで」

 安心したように、総統閣下は息を吐く。

 「此度の戦により、我々はズゥートシュタットを陥落せしめられた。これによって、連合国軍なる不逞な者共が、我らが帝都への道を開いたことになる」

 ズゥートシュタットは、大陸南方の重要拠点だ。大陸の南部と北部を分ける巨大な海峡、ダレン・バーグ大水道の出発点にあたる地点に存在している。
 今回の作戦により、私達はその出発点を敵軍に奪われた。ダレン・バーグ大水道を北上していけば、帝都はすぐそこにある。

 「……、恐れながら総統閣下。確かにズゥートシュタットを失ったのは痛手ではありますが、未だダレン・バーグ大水道の終着点たるチャネル・パレスは我らの手にあります。
  出発点を奪ったごときで、蛮族共が帝都へと押しかけられるとは思えませぬ」

 自分でも空々しいな、と思いながらそんな言葉を紡いでいた。

 帝国は既に大陸の過半を失陥し、戦力の分散を余儀なくされている。その上、さらにダレン・バーグ大水道の出発点を制圧されたとなれば、ただでさえ少ない戦力をさらに分散させられることになる。
 それに、帝都防衛戦力もほとんど残ってはいない。各地に分散した味方の支援のために、防衛戦力の大半が空洞化している。

 「わかっているだろう、アリサ。遠慮することはない」
 「……、わかりました」

 ふっ、と総統閣下が笑う。

 「連合国軍は、どうやらダレン・バーグ大水道を強行突破し、帝都を電撃的に落とすつもりのようだ。その迎撃作戦に、君も参加してほしい」

 総統閣下直々の命令だ。
 断ることは、できない。

 「……、総統閣下のご命令とあらば」

 休暇が無くなったことを察しながら、私はそう答えた。
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